(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年10月7日19時10分
有明海北部沿岸
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船大秀丸 |
漁船大豪丸 |
総トン数 |
4.97トン |
4.2トン |
登録長 |
12.24メートル |
12.36メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
50 |
50 |
3 事実の経過
大秀丸は、音響信号設備のないFRP製漁船で、A受審人が妻と2人で乗り組み、海苔養殖作業の目的で、船首0.3メートル船尾0.6メートルの喫水をもって、平成10年10月7日10時30分佐賀県広江漁港を発し、同港港外の海苔養殖施設に向かった。
広江漁港は、有明海北部に流入する八田江川にある河川港で、広江漁業協同組合所属組合員と、東与賀漁業協同組合所属組合員との漁船が利用しており、その数は220から230隻であった。
広江漁港から海苔養殖施設を経て有明海に出るためには、199度(真方位、以下同じ。)方向で、長さ約6キロメートル、西側ほど深く掘り下げられた幅90メートルの水路が1本あるのみで、しかも、有明海特有の大きな潮高差のため、干潮時には航行できず、航行できるのは、干潮の2.5ないし3時間後から次の干潮の2.5ないし3時間前までの間となっていた。
A受審人は、同日10時50分自分の養殖区画に到着して作業を開始し、15時ごろ作業を終えたのち、貝の採取などを行って潮待ちをし、19時00分白色全周灯、両色灯及び船尾灯を掲げて帰途についた。
ところで、10月初旬は、海苔の種付け時期で所属の組合員が一斉に同じ作業を行うため、200隻以上の漁船が種付け作業に従事し、7日の干潮時刻は16時35分となっており、19時前後に航行可能となるため、このころから全船が一斉に帰港を始め、水路は広江漁港に向かう漁船で輻輳(ふくそう)する状況であったが、当時、水路を南下する船舶は全く存在しなかった。
A受審人は、同人の妻を操舵室の左舷側で前方の見張りに就け、自らは同室の右舷側に立って見張りと操船に当たり、19時01分水路内の広江港口灯台から194度4,260メートルの地点に達したとき、ほぼ水路中央線の延長上の陸岸に設置された、地上約9メートルの高さにある黄色不動灯の照明灯(以下「照明灯」という。)を船首目標として針路を019度に定め、機関を半速力前進にかけて7.9ノットの対地速力で、手動操舵によって進行した。
当時、可航水域が水路西側の幅約45メートルの狭い範囲となっており、A受審人は、その右側端を北上し、何隻かの漁船が自船の左舷側を追い越して行くのを認めたが、自船の係留地の水深の状況から、早く到着しても係留できないので時間調整をしてゆっくり行くこととし、7.9ノットの速力のまま、多数の漁船の船尾灯を前方に視認しながら進行した。
19時09分A受審人は、大豪丸が、白、緑及び紅3灯を掲げて正船尾355メートルに接近し、自船に向首したまま追い越す態勢で接近していることを認め得る状況であったが、追い越す船が自船を避けるものと思い、先航船や左右の海苔ひびとの間隔を測ることに気を取られ、後方に対する見張りを行っていなかったのでこの状況に気付かず、サーチライトを後方に向けて照射するなど注意喚起信号を行わないまま同一針路、速力で続航し、19時10分広江港口灯台から188度2,100メートルの地点において、大豪丸の船首が原針路、原速力のままの大秀丸の右舷船尾に後方から15度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期で、視界は良好であった。
また、大豪丸は、音響信号設備のないFRP製漁船で、B受審人が1人で乗り組み、同じ広江漁業協同組合の組合員であるC受審人を乗せ、海苔養殖作業の目的で、船首0.35メートル船尾0.60メートルの喫水をもって、同日14時15分広江漁港を発し、同港港外の海苔養殖施設に向かった。
B受審人は、14時30分自分の養殖区画に到着して作業を開始し、一方、C受審人もその隣の自分の区画で同じ作業にあたり、両人とも1時間ほど作業に従事したのち、貝の採取などを行って潮待ちをし、19時02分白色全周灯、両色灯及び船尾灯を掲げて帰途についた。
B受審人は、C受審人を操舵室右舷側で操舵と見張りに就け、自らは、C受審人の左隣に立って見張りと操船指揮に当たり、既に帰港を開始した漁船が途切れるのを待って水路の中ほどに進出し、その後、機関の回転数を徐々に上げながら水路に沿って北上したところ、5ないし6隻の漁船が自船の左右を追い越してゆくのを視認した。
C受審人は、19時07分少し前広江港口灯台から194度4,000メートルの地点に達したとき、機関を全速力前進にかけ、前方の照明灯を船首目標として針路を019度に定め、19.4ノットの対地速力で、可航水域のほぼ右側端を進行した。
定針したころC受審人は、0.125海里レンジにしたレーダーを一瞥(いちべつ)したところ、前方に多数の漁船の映像を認めたが、以後、主として肉眼による見張りを行いながら続航した。
19時09分B及びC両受審人は、船首方の漁船のうち最後部にいた大秀丸に355メートルに接近し、照明灯と先航船の灯火の中に、北上する大秀丸が掲げる白2灯を視認でき、同船を追い越す態勢で接近していることを認め得る状況であったが、左右の海苔ひびとの間隔を測ることに気を取られ、前路の見張りを十分に行っていなかったのでこの状況に気付かず、その後、機を見て同船の左舷側に出て航行するなど同船を確実に追い越し、かつ、十分に遠ざかるまでその進路を避けることなく進行し、同時10分わずか前B受審人が船首至近に迫った大秀丸の灯火を認め、とっさにC受審人が握っていた舵輪を右一杯としたものの、船首が034度を向いたとき、原速力のまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、大秀丸は船尾部を破損し、操舵室が衝撃で倒壊して海没し、大豪丸は船首部に破口を生じたが、のちいずれも修理され、A受審人が外傷性頸部症候群等を、同人の妻が海中に投げ出されて頭部、頸部打撲傷等を負った。
(原因)
本件衝突は、夜間、有明海北部沿岸海苔養殖施設内の狭い水路において、両船が同水路の右側端を同一針路で航行中、大豪丸が、見張り不十分で、大秀丸を確実に追い越し、かつ、十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったことによって発生したが、大秀丸が、見張り不十分で、サーチライトによる注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、夜間、見張りと操船指揮に当たり、有明海北部沿岸海苔養殖施設内の狭い水路を北上する場合、前路を航行中の大秀丸を見落とさないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、左右の海苔ひびとの間隔を測ることに気を取られ、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、大秀丸を追い越す態勢で接近していることに気付かず、同船の進路を避けないまま進行して衝突を招き、大秀丸の船尾部を破損させ、更に操舵室を倒壊して海没させ、大豪丸の船首部に破口を生じさせたうえ、A受審人に外傷性頸部症候群等を、同人の妻を海中に投げ出して頭部、頸部打撲傷等を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同受審人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
C受審人は、夜間、見張りと操舵に当たり、有明海北部沿岸海苔養殖施設内の狭い水路を北上する場合、前路を航行中の大秀丸を見落とさないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、左右の海苔ひびとの間隔を測ることに気を取られ、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、大秀丸を追い越す態勢で接近していることに気付かず、同船の進路を避けないまま進行して衝突を招き、前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同受審人の四級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
A受審人は、夜間、見張りと操船に当たり、有明海北部沿岸海苔養殖施設内の狭い水路を北上する場合、低速力で航行していたのであるから、後方から接近する他船を見落とさないよう、後方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、追い越す船が自船を避けるものと思い、先航船や左右の海苔ひびとの間隔を測ることに気を取られ、後方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、自船を追い越す態勢で接近する大豪丸に気付かず、サーチライトによる注意喚起信号を行わないまま進行して衝突を招き、前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文平成13年3月30日長審言渡
本件衝突は、大秀丸を追い越す大豪丸が、見張り不十分で、大秀丸の進路を避けなかったことによって発生したが、大秀丸が、見張り不十分で、注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。
受審人Bを戒告する。
受審人Cを戒告する。
受審人Aを戒告する。