(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年8月19日10時35分
静岡県焼津港沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
遊漁船松下丸 |
プレジャーボート漁友丸 |
総トン数 |
3.9トン |
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全長 |
13.05メートル |
7.07メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
169キロワット |
84キロワット |
3 事実の経過
松下丸は、船体後部に操舵室を有するFRP製小型遊漁兼用船で、A受審人が1人で乗り組み、釣客7人を乗せ、遊漁の目的で、船首0.2メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、平成10年8月19日07時00分静岡県焼津港を発し、同港南方の栃山川河口沖合の漁場に向かった。
A受審人は、07時20分栃山川河口の東方約1,400メートル沖合の漁場に達し、魚群探知機で探索したところ、魚影がなかったことから更に南下し、同時25分藤守川河口の東南東方約2,000メートル沖合の漁場に至り、錨泊して3時間ばかり釣客に遊漁を行わせたものの、釣果が少なかったので、焼津港沖合の漁場へ移動することとし、10時20分錨を揚げて北上を開始した。
その途中、A受審人は、再び栃山川河口沖合の漁場で魚群探索を行ったが、魚影がなく、そのころ11時までに帰港したいという釣客の希望があったことから発航地へ戻ることとし、10時27分半わずか過ぎ焼津港小川外港南防波堤灯台(以下「小川南防波堤灯台」という。)から163度(真方位、以下同じ。)4,400メートルの地点にあたる同漁場を発進して帰途に就いた。
ところで、焼津港南側の和田鼻沖には定置網が敷設されており、同網の北東端と南東端を示す赤旗(以下、それぞれ「定置網北側の赤旗」、「定置網南側の赤旗」という。)が、小川南防波堤灯台から145度1,930メートル及び150度2,200メートルの各地点に1本ずつ設置されていた。
こうして、A受審人は、発進したとき針路を定置網南側の赤旗の東方に向く001度に定め、機関を全速力前進にかけ、13.5ノットの対地速力として手動操舵で進行したところ、船首が浮上し、操舵室内左舷側の操縦席に腰をかけた姿勢では、左舷船首5度から右舷船首12度ばかりに渡る範囲の見通しに死角を生じたが、ピッチングで船首が下がったときには船首方の死角を解消できる状況であったので、同席に腰をかけたままの姿勢で続航した。
A受審人は、10時33分わずか過ぎ定置網南側の赤旗の東方200メートルの地点にあたる、小川南防波堤灯台から146度2,310メートルの地点に達したとき、針路を焼津港沖南防波堤(以下「焼津南防波堤」という。)の中間付近に向く342度に転じて進行し、同時34分わずか過ぎ定置網北側の赤旗を左舷正横100メートルに見る地点に達して、ピッチングによって船首が下がったとき、右舷船首5度380メートルのところに漁友丸の船体を初めて視認し、その後同船の船尾部分、船尾端の船外機及び両舷に出ている釣竿などを視認したものの、航走波が視認できないことから、同船が自船とほぼ同じ方向を向き、漂泊して釣りをしているのを知った。
A受審人は、原針路のまま進行すれば漁友丸の左舷側を約30メートル離して無難に航過する態勢であることを認めたが、同船の釣りの対象魚種を知ろうと思い、同船を十分に航過するまで針路を保持することなく、10時34分半わずか過ぎ同船が右舷船首14度140メートルとなったとき、視線を左足元の魚群探知機に向け、右手で舵輪を持ったまま、左手で同機の深度レンジを切り換えたところ、操舵がおろそかとなって舵輪がわずかに右に回り、少し右舵をとった状態となって右回頭を始めた。
その後、A受審人は、漁友丸に向かって右転しながら進行する状況となったが、魚群探知機の表示画面を注視していて、その状況に気付かずに続航し、10時35分小川南防波堤灯台から137度1,600メートルの地点において、松下丸は、030度を向いたその船首が漁友丸の左舷後部に後方から40度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力1の南風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
また、漁友丸は、船体のほぼ中央部に操舵室を備えたFRP製プレジャーボートで、B受審人が1人で乗り組み、釣りの目的で、船首0.3メートル船尾0.4メートルの喫水をもって、同日04時00分焼津港を発し、同港沖合の釣場に向かった。
B受審人は、焼津南防波堤南端付近の東側でタチウオ釣りを行ったのち、09時00分前示衝突地点の南方100メートルばかりの釣場に移動して、機関を止めて漂泊し、折からの南風を受けて船首を北方の焼津港沖南防波堤灯台(以下「焼津南防波堤灯台」という。)の方に向け、極めてゆっくりと北方へ流されながらムツ釣りを始めた。
その後、B受審人は、船尾ベンチの中央部に腰をかけて船首方を向き、後部甲板の両舷に1本ずつ出した釣竿の様子を見たり、魚群探知機の画面を見たりしながら釣りを行い、10時34分わずか過ぎ前示衝突地点に達して船首が焼津南防波堤灯台の方向である350度を向いていたとき、松下丸が右舷船尾3度380メートルのところを、自船の左舷側を約30メートル離して無難に航過する態勢で北上していたが、同船を視認しないまま釣りを続けた。
B受審人は、10時34分半わずか過ぎ船首を350度に向けたまま漂泊していたとき、左舷船尾6度140メートルのところで松下丸が右転を始め、その後自船に向かって接近し、同時35分わずか前ふと左舷船尾方を振り向いたとき、至近に迫った松下丸を初めて視認したが、どうすることもできず、右舷側から海中へ飛び込んだ直後、漁友丸は、船首が350度を向いた状態のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、松下丸は、右舷船首部に擦過傷を生じたのみであったが、漁友丸は、左舷後部及び操舵室を大破し、のち修理費の関係から廃船処分とされ、また、B受審人が頭部外傷、左頬粘膜裂傷、左大腿打撲及び腰椎捻挫を負った。
(主張に対する判断)
B受審人は、本件について、松下丸が自船の左舷後部に後方から衝突したものであるから、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)第13条追越し船の航法を適用すべきである旨主張するので、この点について検討する。
予防法第13条は、船舶の正横後22度30分を超える後方の位置からその船舶を追い越す船舶を追越し船とし、追越し船は被追越し船の進路を避けなければならないと定めたもので、追越し船に避航義務を負わせた規定である。一方、被追越し船は、同法第17条により、針路及び速力の保持義務を負い、更に、追越し船と間近に接近して同船の動作のみでは衝突を避けることができないと認める場合は、それらの保持義務にかかわらず、衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならない。
しかし、本件は、機関を止めて釣りをしながら漂泊していた漁友丸に、航行中の松下丸が衝突したものであり、漁友丸が針路及び速力を保持できる状況ではなかったのであるから、本件に予防法第13条の適用はなく、他に適用すべき航法規定もないので、同法第38条及び第39条を適用し、船員の常務によって律するのが相当である。
(原因の考察)
本件は、航行中の松下丸が漂泊中の漁友丸に衝突したものであり、以下その原因について考察する。
本件は、A受審人が、焼津港沖合を手動操舵によって北上中、右舷船首方に釣りをしながら漂泊している漁友丸を視認し、その動静を監視して、船首を北方に向けた同船の左舷側を無難に航過する態勢であることを認めたことから、同船の釣りの対象魚種を知ろうと思って魚群探知機を操作したところ、操舵がおろそかとなって針路を保持できなくなり、漁友丸に向かってその至近のところから右転進行したことによって発生したものである。
したがって、A受審人が針路を保持しなかったことは本件発生の原因となる。
B受審人は、衝突の直前まで松下丸の接近に気付いておらず、見張りを十分に行っていなかったのであるが、たとえ同人が見張りを十分に行い、松下丸の存在を認識していたとしても、松下丸は右転を始めるまで漁友丸の左舷側を無難に航過する態勢で進行していたのであって、松下丸が右転して衝突の危険がある状況となったのは衝突のわずか前のことであり、その時点では漁友丸に衝突回避措置をとる時間的・距離的余裕がないと認められるから、B受審人の見張り不十分は本件発生の原因とならない。
(原因)
本件衝突は、焼津港沖合において、北上中の松下丸が、針路の保持が不十分で、右舷船首方で漂泊中の漁友丸に向かってその至近のところから右転進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、焼津港沖合を手動操舵によって北上中、右舷船首方に釣りをしながら漂泊している漁友丸を視認し、船首を北方に向けた同船の左舷側を無難に航過する態勢であることを認めた場合、同船を十分に航過するまで針路を保持すべき注意義務があった。しかるに、同人は、漁友丸の釣りの対象魚種を知ろうと思い、魚群探知機を操作して操舵がおろそかとなり、針路を保持しなかった職務上の過失により、漁友丸に向かってその至近のところから右転進行して同船との衝突を招き、松下丸の右舷船首部に擦過傷を生じさせ、漁友丸の左舷後部及び操舵室を大破させたほか、B受審人に頭部外傷、左頬粘膜裂傷、左大腿打撲及び腰椎捻挫を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文平成13年1月17日横審言渡
本件衝突は、松下丸が、動静監視不十分で、漂泊中の漁友丸をさけなかったことによって発生したが、漁友丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。