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平成10年第二審第37号
件名

プレジャーボートコマンチ火災事件[原審横審]

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成13年10月4日

審判庁区分
高等海難審判庁(根岸秀幸、森田秀彦、田邉行夫、吉澤和彦、山田豊三郎)

理事官
山本哲也

受審人
A 職名:コマンチ船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
燃料タンク破裂、船体船尾部を焼損、水船となり廃船

原因
運転再開後の機関室内及び右舷機の点検不十分

二審請求者
補佐人松田英一郎

主文

 本件火災は、運転再開後に右舷機の回転が低下する状況となった際、機関室内及び同機の点検が不十分で、潤滑油の飛沫及び燃焼ガスの混じったオイルミストがシリンダブロックの破口部から漏出するとともに、ピストン及びクランクピン軸受などが著しく過熱する状況のまま運転が続けられたことによって発生したものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成9年4月8日18時10分
 京浜港川崎区扇島東方沖

2 船舶の要目
船種船名 プレジャーボートコマンチ
総トン数 9.7トン
全長 11.895メートル
3.600メートル
深さ 2.050メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 340キロワット(定格出力)
回転数 毎分3,800(定格回転数)

3 事実の経過
(1)コマンチの来歴
 コマンチは、平成5年11月英国サンシーカー・インターナショナル社で建造されて同7年国内に輸入された、COMANCHE40型と称するFRP製プレジャーボートで、翌8年3月株式会社Sが購入し、同社の社長を務めるA受審人が専ら巡航などの海洋レジャーに使用しており、千葉県浦安市に所在するL株式会社浦安マリーナ店(以下「浦安マリーナ」という。)に保管されていた。
(2)コマンチの船体構造
 コマンチの船体は、ディープV型のシングルハル構造で、船内には船首から船尾にかけて錨鎖庫、船室、寝室、倉庫及び機関室が順に配置され、寝室と倉庫の上側がオープンデッキとなっており、また、機関室の上方が水上オートバイの格納庫となっていた。
 船室は、船首甲板の下方に位置しており、その主要寸法が最大長さ3.40メートル最大幅2.60メートル最大高さ1.80メートルで、船首側にソファー及びテーブルを配置し、両外板側に戸棚及びカーテンなどを取り付けており、右舷船尾側の外板に沿って船内機器類のスイッチパネルが設置されていた。
 オープンデッキは、船首端から船尾方4.82メートルに前端が位置し、最大長さ3.29メートル最大幅3.03メートルで、その前半部がコックピットとなっていて、右舷側に操縦席を、左舷側に補助席をそれぞれ設け、操縦席の正面に舵輪、その前面に計器盤、同右側に主機操縦レバー及び警報器盤などが取り付けられており、コックピットの中央には船室へ出入りする昇降階段が設置されていた。また、オープンデッキの後半部がベンチ及びテーブルを備えたラウンジとなっていて、その中央には下方の倉庫へ通じる長さ約62センチメートル(以下「センチ」という。)幅約62センチのハッチが設けられていた。
 倉庫は、その主要寸法が最大長さ1.36メートル最大幅2.92メートル最大高さ1.05メートルで、温水器及び清水タンクなどが設置されていたほか、水上スキー及び潜水器具などのレジャー用品が格納されており、機関室との隔壁には左右両舷に1箇所ずつ縦60センチ横60センチの出入口が設けてあった。
 水上オートバイの格納庫は、オープンデッキの船尾方に一段高くしてその天井が接続されており、最大長さ3.19メートル最大幅1.18メートルで、同オートバイが1台格納できるようになっていて、油圧機構で開閉される天井がサンデッキとして利用できるようになっていた。
(3)機関室及び機器配置
 機関室は、その主要寸法が最大長さ2.44メートル最大幅3.10メートル最大高さ1.20メートルで、左右に出入口用の開口部がある前壁によって倉庫と仕切られており、両舷側の外板に設けた円形の通風孔各10個を外気の取入口とし、また、電動の排気ファン1個で同室の底部から吸引した排気をダクトに導き、船尾に設けた換気孔から排出するようになっていた。
 機関室前壁中央には、縦・横・高さの寸法がそれぞれ152センチ・66センチ・56センチのアルミニウム合金製燃料タンクが配置され、その後方の両舷側に2基の主機(以下、個別には「右舷機」及び「左舷機」といい、総称するときには「主機」という。)が据え付けられており、また、燃料タンクの右舷側には原動機直結の補助発電機が設けられていたほか、左舷外板に沿ってバッテリー5個が設置されていた。
 機関室の床上には、これらの機器類のほかにビルジポンプ及び同ポンプ自動発停用フロートスイッチ、船内空気調和装置用冷却海水ポンプ、プロペラ駆動装置チルト用油圧ポンプ、音響測深機、電磁ログなどの機器が設置されていた。
 機関室の天井は、水上オートバイ格納庫の床部を兼ねており、油圧構で開閉されるハッチ式となっていて、同オートバイが格納されていないときには、同格納庫の天井及び床部を開放して機関室に出入りしたり、機器類の運転状況などを点検することができるようになっていた。
(4)主機
 主機は、スウェーデン王国ボルボ・ペンタ社製のKAD42B/DP型と称する4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関の船内外機2基で、各シリンダには船首側から1番ないし6番の順番号が付されていて、同機の外枠が6シリンダ一体型のシリンダヘッド、シリンダブロック及びオイルパンなどで構成されていた。
 また、主機には、排気タービン式過給機のほかに増速時の加速性能を滑らかにするために主機の毎分回転数が1,700から2,600(以下、回転数は毎分のものを示す。)までの間で作動するベルト駆動のルーツ・ブロワ式過給機が付設されていた。
 主機の燃料油系統は、容量562リットルの燃料タンクに張り込まれた軽油が機付燃料供給ポンプによって吸引・加圧され、燃料油こし器及び危急停止用電磁弁を経て燃料噴射ポンプに至り、噴射圧力まで加圧されて燃料噴射弁からシリンダ内に噴射されるようになっており、同供給ポンプから燃料噴射弁までの機付配管が鋼鉄製管であったものの、同タンクから同供給ポンプ間の吸入配管及び燃料噴射弁から燃料タンクまでの戻り油配管が強化ゴム製のホースとなっていた。また、燃料タンクへの補給管及び空気抜き管もそれぞれ強化ゴム製のホースなどで配管されていた。
 主機の潤滑油系統は、約11リットル張り込まれたオイルパンの潤滑油が直結潤滑油ポンプによって吸引・加圧され、潤滑油冷却器を経由したあと2系統に分かれ、一方が軸受潤滑油として油バイパス弁付こし器から主管に至り、各シリンダ毎に分岐して主軸受、クランクピン軸受及びピストンピン軸受を順に潤滑し、他方がピストン冷却油として自動開閉弁から主管に至り、各シリンダ毎の噴射ノズルに分岐してピストン裏側を冷却し、いずれもオイルパンに落下して循環するようになっていた。
 潤滑油系統の両主管は、いずれも主機クランク軸真横のシリンダブロックの右舷壁に内蔵されて上下に設けられていて、上側をピストン冷却油用及び下側を軸受潤滑油用とし、いずれも3番と4番シリンダの中間に設けた取入口から、それぞれの主管に潤滑油が流入するようになっていた。
 ところで、潤滑油の新替えは、オイルパンにドレンプラグが取り付けられていないことから、検油棒の挿入管から古油を抜き出す方法が採られていたので、その都度同油系統内に3リットルばかりの古油が残存することになり、新替えしても早期に汚損劣化してこし器のバイパス弁が開くようになるので、燃焼生成物などの異物が同油系統内に入り込むおそれがあった。
 また、主機を長期間停止する場合などには、各軸受メタルの油膜が一時的に途絶えることから、1箇月に1回程度の油通し運転を行わないと、次回の運転時に出力を急激に増加したときなどに、主軸受、クランクピン軸受などの軸受メタルに肌荒れが生じ、やがてかき傷が発生するおそれがあった。
 一方、主機の冷却水系統は、プラスチック製の膨張タンクを備えた密閉型間接冷却方式で、循環水量約20リットルの冷却清水が直結冷却清水ポンプによって吸引・加圧され、シリンダブロック、シリンダヘッド、排気集合管及び過給機などを冷却し、温度調整弁を経て清水冷却器を経由したのち、冷却清水ポンプに戻って循環するようになっており、また、冷却海水がプロペラ駆動装置に設けた海水取入口を経由して直結冷却海水ポンプによって吸引・加圧され、こし器を経て潤滑油、空気中間及び清水の各冷却器を順次冷却し、排気管内に噴射されて同管を冷却したのち、同駆動装置水面付近の排気口から、主機の排気とともに排出されるようになっていた。
(5)船内機器類のスイッチパネル及び計器盤
 船室に設置されている船内機器類のスイッチパネルは、上下2段に配列されていて、上段には船首側から電圧及び電流の各メータ、並びに陸電切替え、蓄電池充電、温水器、電子レンジ及び船内空気調和装置の各スイッチなどが、また、下段には船首側からトリムタブ、音響測深機、機関室排気ファン、警笛、航海灯及び機関室照明などの運航に関連する各元スイッチ並びに清水ポンプ、冷蔵庫、船室照明、寝室照明、ステレオ及びテレビジョンなどの居住区設備に関連する各スイッチがそれぞれ取り付けられていた。
 また、コックピットに設置されている計器盤は、舵輪の前面に位置していて、主機の回転計、潤滑油圧力計、冷却清水温度計のほか、速力及び水深、主機運転時間の積算、燃料タンク油量などが表示されるようになっており、計器盤の右舷側に潤滑油圧力低下及び冷却清水温度上昇の警報が組み込まれた警報器盤及び2連式主機操縦レバーが、左舷側に航海灯、機関室照明灯及び同室排気ファンなどの発停用のスイッチ盤、その下にGPSなどがそれぞれ装備されていた。
(6)受審人A
 A受審人は、平成5年8月に海技免状を取得したのち、プレジャーボート3隻を順次購入して海洋レジャーに使用しており、同8年3月コマンチを運転時間20時間ばかりの新艇状態のまま会社名義として購入したもので、航行区域を限定沿海区域として登録し、6月中旬に定係地を浦安マリーナに定め、専ら自らが船長として乗り組み、主として東京湾内で3ないし4時間ほどのクルージングに友人などを同乗させて使用し、7月から9月にかけては伊豆半島の下田市周辺への航海を数回楽しんだのち、10月中旬の航海を終了してコマンチを浦安マリーナに係留していた。
 ところで、A受審人は、主機を始動する前に機関室の排気ファンを1分間ほど運転して同室内を換気し、航行中には同ファンモーターの焼損を懸念して約20分毎に1分間程度運転していて、航海終了時にもう一度同ファンを運転するようにしていた。
 また、A受審人は、主機潤滑油を浦安マリーナなどに依頼して適宜新替えしていたものの、燃焼生成物などの異物がいつしかこし器のバイパス弁を経由して同油系統内に入り込み、主機の各軸受メタルに肌荒れが生じ、やがてかき傷が発生して同メタルの摩耗が進行する状況となっていることには気付き得ないまま、コマンチの操船に当たっていた。
 翌9年3月20日A受審人は、コマンチに新たに装備した自動操舵装置の試運転を兼ねて東京湾内での5時間程度の巡航を終えたのち、4月8日神奈川県逗子マリーナまでの航海を計画した。
(7)右舷機が損傷するに至った経緯
 A受審人は、船長として乗り組んで同乗者1人を乗せ、平成9年4月8日11時30分浦安マリーナを発し、右舷機及び左舷機が同じ回転数を示していること並びに潤滑油圧力及び冷却清水温度が適正値内にあることなどを確認しながら航行し、14時35分逗子マリーナに着いて所用を済ませたのち、15時35分同マリーナを出航したところ、右舷機5番シリンダのクランクピン軸受のメタルが更に摩耗して軸受間隙が増大し、同軸受メタルが叩かれ始めて過熱し、クランクピンに溶着するとともに溶損片が同ピンの油路を閉鎖し、また、連接棒ボルトが2本とも伸張し始めたが、各計器の示度に異状を認めなかったことから、このことに気付き得なかった。
 その後、コマンチは、神奈川県三崎港に寄港して軽油約230リットルを補給したのち、16時30分同港を発し、浦安マリーナに向けて主機の回転数を3,000ばかりに整定して航行中、右舷機5番シリンダの連接棒ボルトの伸張が更に進行し、同棒大端部が大きな軌道円を描いて回転するようになり、16時40分同県剣埼東方沖合の浦賀水道において、同端部がシリンダブロックの左舷壁及び噴射ノズルに接触し、ガッツンという衝撃音とともに同壁に破口を生じた。
 操縦席に腰掛けて操船していたA受審人は、右舷船尾方から発した異音を認め、直ちに両舷機とも停止したのち、倉庫のハッチを開放して機関室左舷側の出入口に赴き、薄暗い同室内を懐中電灯で照らして点検し、左舷機の潤滑油量などを確認したが特に異状を認めず、また、右舷機の機側に行って点検しなかったので、同機のシリンダブロックの破口に気付かないまま、浮遊物がプロペラに当たったものかと思い、ウエットスーツに着替えて海中に入り、プロペラ及び同駆動装置を点検したが異状を認めなかったので、帰港を急ぐこととして17時00分ごろ主機の運転を再開した。
(8)火災発生に至る経緯
 A受審人は、航行を再開して間もなく右舷機の回転数が左舷機に比較して200回転ほど低いこと及び右舷機の排気口から白煙を生じていることに気付いたものの、機関室排気ファンを運転しないまま、右舷機に何らかの異状が生じたものと思っていたところ、間もなく左舷機も回転数が2,800以上に上昇しなくなったことを認めた。
 17時15分ごろA受審人は、不安を感じて浦安マリーナに携帯電話で連絡を取り始めたものの、計器盤の潤滑油圧力計及び冷却清水温度計の示度に顕著な異状を認めなかったことから、異音発生直後に一度は機関室内を点検したので大丈夫であろうと思い、運転再開後の機関室内及び右舷機を十分に点検することなく、右舷機5番シリンダが連接棒ボルトの伸張から著しく燃焼不良となってブローバイするようになったこと及び噴射ノズルの損傷から冷却阻害を生じてピストンが過熱し始めたこと並びに潤滑油の飛沫及び燃焼ガス混じりのオイルミストが右舷機シリンダブロックの左舷壁の破口部から漏出して機関室内に充満し始めていることなどに気付かないまま進行した。
 その後、A受審人は、浦安マリーナとの電話連絡を密にしたものの、依然として機関室へ赴いて点検しなかったので、同室内の状況を詳細に把握できず、的確な通報ができなかったことから、同マリーナから右舷機を直ちに停止して最寄りのマリーナへ寄港すべきなどの適切な指示が得られないまま、コマンチが片舷機だけでも運転可能な船であることを告げられ、主機の回転数を若干下げた状態で続航した。
 コマンチは、その後右舷機5番シリンダが激しくブローバイするようになって燃焼ガスがクランク室内に吹き抜け、また、潤滑油の飛沫などが破口部から漏出している状況で運転が続けられ、17時30分を過ぎたころ、潤滑油の飛沫及び燃焼ガス混じりのオイルミストが著しく過熱したピストン及び連接棒大端部にはねかかるなどしてくすぶり始めた。
 17時45分ごろA受審人は、主機の回転数が更に低下してきたこと及び右舷機の潤滑油圧力計の示度が3キログラム毎平方センチメートルに低下してきたことのほかに、開放のままとなっていた倉庫のハッチから煙が出始めたこと及び主機の排気が白変して船尾から白煙となって排出されていることを認め、万が一に備えて水上オートバイを海面へ引き出そうとしたが、格納庫の天井が油圧機構の不具合で開かず、切迫した事態を浦安マリーナに電話したものの、日没が迫ってきたので少しでも早く帰港しようと思い、引き続きそのままの状態で続航した。
 一方、浦安マリーナは、倉庫のハッチから煙が出始めたとのA受審人からの報告を受け、コマンチに発生している緊迫した事態に初めて気付き、日没も迫っているので救出する必要があると考え、財団法人日本海洋レジャー安全・振興協会(以下「BAN」という。)に救助を要請したのち、救命胴衣を着用するようA受審人に助言した。
 こうして、コマンチは、右舷機の潤滑油量が徐々に減少して同圧力が更に低下し、主機の回転数が2,000ばかりに低下する状況で航行中、著しく過熱した5番シリンダのピストン及びクランクピン軸受にはねかかっていた潤滑油の飛沫及び燃焼ガス混じりのオイルミストなどが発火し、18時10分川崎南防波堤灯台から真方位139度1.4海里の地点で、機関室内に充満したオイルミストなどに引火したのち、漏出していた潤滑油及び主機の塗装膜などの可燃物に延焼して機関室火災となった。
 当時、天候は曇で風力2の南風が吹き、海上にはさざ波があり、日没が18時08分であった。
 A受審人は、開放したままの倉庫のハッチから黒煙が出始めたのを認め、同乗者に救命胴衣の着用を命じて船首甲板へ移動させ、浦安マリーナから仲介されたBANに対して救助依頼などの電話連絡に当たった。
 その後間もなく、コマンチは、右舷機5番シリンダの連接棒ボルト2本が相次いで折損し、連接棒大端部がクランクピンから外れ、シリンダブロック右舷側に激突して破口を生じ、軸受潤滑油の主管の一部が寸断され、潤滑油圧力低下警報が発生したのち右舷機が停止し、また、プラスチック製の電気ターミナルボックスなどが焼損した左舷機の危急停止用電磁弁が作動して同機もやがて停止した。
(9)救助模様及び焼損模様
 A受審人は、機関室通風孔などから黒煙が一斉に噴出するようになったが、どうすることもできずに救助を待っているうち、船尾方の火勢が増してきたので身の危険を感じ、18時30分ごろ自らも救命胴衣を着用したのち、同乗者と相前後して海中に飛び込んで漂流していたところ、18時49分来援した川崎と木更津間の定期旅客船オアシスに同乗者ともども救助された。
 また、コマンチは、A受審人が同乗者とともに海中に逃れた直後にホースなどが焼損した燃料タンクに火が入って同タンクが破裂し、船体後半部が火炎に包まれていたところ、来援した巡視船及び消防艇の消火作業により、19時22分鎮火したものの、放水などで浸水して水船となり、のち引き揚げられたうえ船体船尾部の焼損状況などが確認されて廃船となった。

(主張に対する判断)
 松田補佐人は、「A受審人が右舷船尾方で異音を認めた際に、機関室に入って懐中電灯で照らしながら、潤滑油量、冷却水量及び各駆動ベルトなどを十分に点検した。運転再開後には、専門家である浦安マリーナに電話して指示を仰いだうえその指示を忠実に実行しているのであるから、A受審人には過失がない。」旨主張するので、この点について検討する。
 本件は、航行中に右舷機5番シリンダの連接棒ボルトが2本とも伸張して同機左舷側のシリンダブロックに接触して異音を発するとともに破口を生じ、運転再開後に同シリンダが燃焼不良となってブローバイが発生し、回転数及び潤滑油圧力が徐々に低下し、潤滑油の飛沫及び燃焼ガスの混じったオイルミストが破口部から機関室内に漏出するとともに同シリンダのピストン及びクランクピン軸受などが著しく過熱する状況のまま運転が続けられ、機関室内に充満した潤滑油の飛沫及びオイルミストなどが同過熱部から引火したことによって発生したものであることは、すでに事実の経過で述べたとおりである。
 ところで、A受審人は、右舷船尾方で異音の発生を認めて機関室へ点検に行った際、機関室内を十分に点検していないことは、同受審人に対する質問調書(第4回)中、「異音を認めたときには船体が激しく揺れていて機関室内はろくに見ていない。」旨の供述記載及び同受審人の原審審判調書中、「機関室内は暗いので懐中電灯で照らして点検したが、はっきりとは見えなかった。右舷機については左舷側から照らしただけで機側に行って点検していない。」旨の供述記載からも明らかであるが、同受審人がこれまでも数回経験していた海中の流木などが船底に接触して異音が発生したものと強く思い込んでおり、また、右舷機が損傷するに至った経緯を勘案すると、このときすでに発生していた右舷機シリンダブロックの左舷壁の破口に気付かなかったとしても致し方がないと判断されるところから、この時点を以って同受審人に過失があったものと認めることは相当でない。
 しかしながら、A受審人は、異音の発生原因を確認するために主機を停止したのち、運転を再開して間もなく右舷機の回転が低下する状況となった際、同機の回転低下とともに排気口からの白煙を自らも認めたのであるから、一船の安全な運航を確保すべき立場にある船長として、もう一度機関室へ赴き同室内及び右舷機を十分に点検すべき注意義務があったとするのが、経験則上からも相当と認められるところである。
 そのうえ、A受審人が、右舷機の回転が低下する状況となった際に機関室内及び右舷機を十分に点検していれば、当時機関室排気ファンの運転を行っていなかったものと推認できるから、潤滑油の飛沫及び燃焼ガスの混じったオイルミストがシリンダブロックの破口部から機関室内に漏出し、それが同室内に充満し始めていることに容易に気付くことができたものと判断される。
 しかし、A受審人は、運転再開後には操縦席に座ったまま潤滑油圧力計及び冷却清水温度計の示度を見て、顕著な異状がない旨を浦安マリーナに電話連絡するのみで、機関室内及び右舷機を十分に点検しなかった不作為の過失により、潤滑油の飛沫及び燃焼ガスの混じったオイルミストが破口部から機関室内に漏出している状況に気付かず、同マリーナに的確な通報ができなかったものである。
 一方、浦安マリーナは、I整備担当者の原審審判調書中、「A受審人から最初に電話を受けたとき主機が故障しているとは思わなかった。電話の内容では状況が分からなかったので、とりあえず潤滑油と冷却水を点検するように返事した。」旨の供述記載及びO店長に対する質問調書中、「片方の機関でも帰港することができると伝えた。」旨の供述記載から、A受審人からの状況報告では、潤滑油の飛沫及び燃焼ガスの混じったオイルミストが破口部から機関室内に漏出している状況を知り得ることができなかったものと解される。
 したがって、潤滑油の飛沫及び燃焼ガスの混じったオイルミストが破口部から機関室内に漏出している状況を、A受審人が浦安マリーナへ正確に連絡しておれば、同マリーナから、右舷機を停止して最寄りのマリーナへ寄港するよう、適切な指示が得られたものと判断するのが相当である。
 よって、A受審人は、運転再開後に機関室へ赴き同室内及び右舷機を十分に点検する注意義務があったとするのが相当であるから、前示のB補佐人の主張は受け入れられない。

(原因)
 本件火災は、浦賀水道から定係地の浦安マリーナに向けて帰港中、船尾方で異音を認めてプロペラなどを点検したのち、運転再開後に右舷機の回転が低下する状況となった際、機関室内及び同機の点検が不十分で、潤滑油の飛沫及び燃焼ガスの混じったオイルミストがシリンダブロックの破口部から漏出するとともに、ピストン及びクランクピン軸受などが著しく過熱する状況のまま運転が続けられ、機関室内に充満したオイルミストなどが同過熱部から引火したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、浦賀水道から定係地の浦安マリーナに向けて帰港中、船尾方で異音を認めてプロペラなどを点検したのち、運転再開後に右舷機の回転が低下する状況となった場合、右舷機の排気口からも白煙を認めていたのであるから、機関室内及び右舷機を十分に点検すべき注意義務があった。しかしながら、同受審人は、異音発生直後に一度は機関室内を点検したので大丈夫であろうと思い、運転再開後に機関室内及び右舷機を十分に点検しなかった職務上の過失により、潤滑油の飛沫及び燃焼ガスの混じったオイルミストがシリンダブロックの破口部から漏出していることに気付かず、ピストン及びクランクピン軸受などが著しく過熱する状況のまま運転を続け、機関室内に充満したオイルミストなどが引火する機関室火災を招き、船体に延焼して全損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して、同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成10年10月30日横審言渡
 本件火災は、主機の運転状態に異常を認めた際の点検が不十分で、漏油した潤滑油が着火したことによって発生したものである。
 受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。





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