(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年7月1日12時10分
東シナ海
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八開成丸 |
総トン数 |
69.66トン |
登録長 |
26.52メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
294キロワット |
回転数 |
毎分350 |
3 事実の経過
第八開成丸(以下「開成丸」という。)は、昭和52年11月に進水した、かつお及びまぐろ一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、株式会社松井鉄工所が製造したMS245GS型と称するディーゼル機関を装備し、船橋に主機の遠隔操縦装置を備えていた。
各シリンダに船首側を1番とする順番号が付された主機は、定格出力735キロワット同回転数毎分420(以下、回転数は毎分のものとする。)の機関を燃料制限し、連続最大出力294キロワットとしたものであったが、いつしか燃料制限装置が取り外されて全速力時の回転数を385までとして運転され、月間の運転時間が約480時間であった。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部の油だまりから直結歯車式の潤滑油ポンプ(以下、潤滑油系統の各機器については潤滑油を省略する。)で吸引・加圧され、一部がポンプ付の圧力調整弁を経てポンプ吸入側に戻ってポンプ吐出圧力を調整するようになっており、ポンプ出口からこし器、冷却器を通ったのち主管に至り、各シリンダの主軸受、カム軸受など各軸受に分岐して供給されたのち油だまりに戻って循環するようになっていて、系統内の総油量が約300リットルであった。また、直結のポンプと並列に電動の補助ポンプが装備されていて、弁操作によって単独あるいは並列で使用できるようになっていた。
潤滑油の圧力は、主管における標準圧力が2.5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)と定められており、圧力調整弁でポンプ吐出圧力を約4キロに調整したとき主管の圧力がほぼ標準圧力となり、主管の圧力が1.4キロに低下すると圧力低下警報装置が作動し、警報ランプが点灯するとともにブザーが鳴り、この状態で警報停止ボタンを押すとブザーは止まるが警報ランプは点灯のままで、同圧力が1.6キロ以上に上昇すると警報装置の作動が解除されて警報ランプも消灯するようになっていた。
A受審人は、平成5年4月機関長として乗船し、主機の取扱いにあたって、通常補助ポンプは使用せず、潤滑油総量を3箇月ごとに取り替え、冬季海水温度の低下で潤滑油圧力が上昇したときは、その都度圧力調整弁の開度を調整し、同12年1月クランクピンメタルが全数取り替えられた後同年2月末及び6月初旬に潤滑油を取り替えるなどし、圧力調整弁を開放整備せずに使用するうち、同弁のしゅう動部に潤滑油中のスラッジをかみ込んで同弁がスムーズに作動しなくなり、潤滑油圧力が始動時は平素より上昇し、整定するのも遅れるようになったが、運転中は正常値であったので、このことに気付かなかった。
開成丸は、A受審人ほか12人が乗り組み、同年6月27日21時35分宮崎県外浦港を発し、翌々29日東シナ海の漁場に至って操業に従事し、翌7月1日04時50分主機を始動して操業を始めたところ、主機排気弁箱から冷却水が漏れるのが認められ、直ちに修理が開始された。
A受審人は、同弁箱の取替え作業にあたって、冷却水管の不良などで、主機の停止、始動を繰り返し、同日10時40分3回目に停止して潤滑油圧力低下警報が作動したとき、警報停止ボタンでブザーを止めたのち、同弁箱の取替え作業を完了させた。
ところが同停止時、スラッジのかみ込みで作動不良となっていた圧力調整弁が開いた状態で固着し、そのまま主機を始動すれば全速力の回転数としても潤滑油圧力はポンプ吐出部で約2キロまでしか上昇しない状況となった。
A受審人は、同日11時45分主機を始動したが、排気弁箱修理中に停止、始動を繰り返して潤滑油関係には何事もなかったので、潤滑油圧力が上昇しないことはあるまいと思い、潤滑油圧力の上昇を確認せず、すぐに回転数を370まで上げたのち、船橋の遠隔操縦として機関室船尾側のサロンで休息した。
こうして開成丸は、潤滑油圧力不足のまま、主機回転数370で航行中、1、2、3及び4番各主軸受が焼損してメタルがクランク軸に焼き付き、シリンダライナ3個及びクランクピン軸受メタルにかき傷をそれぞれ生じ、同日12時10分北緯31度32分東経128度51分の地点において、主機が異音を発するとともに回転数が低下した。
当時、天候は晴で風力1の南風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、異音に気付いて直ちに機関室に赴いたところ、主機回転数が約250まで低下し、主管の潤滑油圧力がほぼ0キロであるのを認め、主機を停止したのち点検して主軸受が焼損していることを確認した。
損傷の結果、開成丸は航行不能となり、僚船にえい航されて外浦港に引き付けられ、のち損傷部が新替え修理された。
(原因)
本件機関損傷は、主機を始動した際、潤滑油圧力の確認が不十分で、同圧力不足のまま運転が続けられ、各しゅう動部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機を始動した場合、潤滑油圧力が正常値まで上昇することを確認すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、排気弁箱修理に伴って停止、運転を繰り返し、その間潤滑油関係については何事もなかったので、同修理後の始動時に潤滑油圧力が上昇しないことはあるまいと思い、潤滑油圧力を確認せず、潤滑油圧力不足のまま運転を続けた職務上の過失により、主軸受、クランク軸、シリンダライナ、クランクピンメタルに損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。