(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年12月5日16時00分
長崎県厳原港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船更進丸 |
総トン数 |
12.0トン |
全長 |
18.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
308キロワット |
回転数 |
毎分2,100 |
3 事実の経過
更進丸は、平成元年11月に進水し、いか一本つり漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、三菱重工業株式会社が製造したS6BF−MTK−2型と呼称するディーゼル機関を装備し、操舵室に主機の遠隔操縦装置、計器盤及び警報盤を備えていた。
主機の潤滑油系統は、総量70リットルの潤滑油が、クランク室下油だめから直結の潤滑油ポンプ(以下「油ポンプ」という。)で吸引して加圧され、潤滑油こし器から同油冷却器及び調圧弁を経て入口主管に導かれ、主軸受、クランクピン軸受など各軸受部に注油されていたほか、噴油ノズルから各ピストン内面に噴射されてピストン冷却に供給されたのち、油だめに戻って循環するようになっており、入口主管の圧力が1.5キログラム毎平方センチメートル以下に低下すると警報装置が作動するようになっていた。
ところで、油ポンプは歯車式で、油だめ内後部にクランク室下面から吊り下げて取り付けられ、クランク軸後端の歯車から中間歯車及び油ポンプ駆動歯車を介して駆動され、同歯車が、油ポンプ軸にキー止めされ、つめ付き座金のつめ部を同歯車のキー溝にかけ、ナットで固定されたのち、同座金をナット側に折り曲げて緩み止めされていた。
A受審人は、進水時から船長として乗り組み、機関の保守管理にも当たり、3箇月ごとに潤滑油と同油こし器エレメントの新替えを自ら行うほか、5年ごとにピストン及びシリンダライナの抜出し、ピストンピン及びクランクピン各軸受メタルの交換など、主機の全般的な整備を業者に依頼して行っていた。
更進丸は、長崎県の志多賀漁港や厳原港を基地として、午後出港して対馬東方海域で夜間操業を行い、翌朝帰港する操業を繰り返していたところ、いつしか油ポンプ駆動歯車のつめ付き座金がつめ部で折損し、緩み止めの効果が失われてナットに緩みを生じる状況となった。
A受審人は、平成11年9月ごろシリンダライナ抜出しを含む主機の整備を業者に行わせたが、潤滑油系統に特に異状がなかったので大丈夫と思い、新造時以来約10年間整備していなかった油ポンプを点検することなく、つめ付き座金の折損による油ポンプ駆動歯車固定ナットの緩みに気付かないまま整備を終えた。
そのため、更進丸は、航海中の全速時の主機回転数を毎分1,700として運転が続けられるうち、油ポンプ駆動歯車のナットとつめ付き座金が更に緩んで脱落し、キーが同歯車キー溝でたたかれるようになり、歯車嵌合部(かんごうぶ)が緩んで抜けやすい状況となっていた。
A受審人は、12月5日15時45分ごろ機関室で主機油だめの油量点検や清水タンクの水量点検を行ったのち、操舵室において主機を始動し、アイドリング回転数の毎分約600にかけて暖機運転を行ったものの、同室計器盤の油圧計を点検しないまま出港準備にかかった。
こうして、更進丸は、A受審人が1人で乗り組み、15時55分厳原港を発し、対馬東方沖合の漁場に向け、主機を回転数毎分約1,000にかけて出港操船中、油ポンプ駆動歯車がキーから抜けて中間歯車とのかみ合いが外れて同ポンプが作動不能となり、油圧が低下し、主軸受及びクランクピン軸受の潤滑が阻害されるとともに、ピストンとシリンダライナが焼き付き始め、16時00分耶良埼灯台から真方位181度620メートルの地点において、潤滑油圧力低下警報装置が作動するとともに、主機の回転数が低下した。
当時、天候は曇で風力1の南南東風が吹き、港内は穏やかであった。
A受審人は、操舵室で操船中、主機の異状に気付いて操縦ハンドルを下げて停止し、機関室へ赴いたものの損傷箇所が分からなかったことから、航行不能と判断し、僚船に救助を要請した。
更進丸は、僚船に曳航されて長崎県佐賀漁港に引き付けられ、主機を開放した結果、複数の主軸受及びクランクピン軸受に焼損を、クランク軸にかき傷を、ピストンとシリンダライナに焼付きなどをそれぞれ生じ、油ポンプ駆動歯車固定ナットが脱落して同歯車と中間歯車とのかみ合いが外れていることが判明し、のち修理費用などの関係で新機関に換装された。
(原因)
本件機関損傷は、業者に依頼して主機のシリンダライナ抜きなどの整備を行った際、直結潤滑油ポンプの点検が不十分で、つめ付き座金の折損した同ポンプ駆動歯車固定ナットが緩み止めされず、運転中同ナットが脱落し、同歯車の嵌合部が外れてポンプが作動不能となり、各軸受などの潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、業者に依頼して主機のシリンダライナ抜きなどの整備を行った場合、新造時以来約10年間直結潤滑油ポンプの開放整備を施行していなかったのであるから、異状を早期に発見できるよう、同ポンプの点検を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、潤滑油系統に特に異状がなかったので大丈夫と思い、同ポンプの点検を行わなかった職務上の過失により、つめ付き座金の折損による同ポンプ駆動歯車固定ナットの緩みに気付かず、運転中同ナットが脱落し、同歯車の嵌合部が外れて同ポンプを作動不能に陥らせ、潤滑の阻害を招き、主軸受、クランクピン軸受、クランク軸、ピストン及びシリンダライナなどを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。