(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年6月23日23時00分
鹿児島県徳之島北西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
引船第十弘洋丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
17.70メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
956キロワット |
回転数 |
毎分1,000 |
3 事実の経過
第十弘洋丸(以下「弘洋丸」という。)は、平成8年5月に進水した鋼製引船で、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した6MG22HX型と称するディーゼル機関を備え、各シリンダには船首側を1番として6番までの順番号が付されていた。
主機は、使用燃料をA重油とし、就航時には年間2,200時間ほどの運転時間であったが、最近では480時間ほどに減少しており、引船航海中は回転数毎分860で、単独航海中は回転数毎分800でそれぞれ運転されていた。
主機の過給機は、同鉄工所が製造したNR20/R型と称する、軸流式の排気タービン過給機で、タービン羽根車と一体のロータ軸にブロワ羽根車がキー止めされたタービンロータ、ノズルリングなどで構成されていた。
主機吸気弁は、各シリンダヘッドに2個ずつ組み込まれ、カム、プッシュロッド、揺腕、揺腕軸支え、タペットなどからなる動弁機構により、同弁に取り付けられた弁ばねを介して開閉され、弁かさ部外周の肉厚標準値が5ミリメートルであり、良質燃料油使用の場合、整備基準として6,000運転時間ごとに弁体及び弁座を点検し、摺合せを行うべき旨が取扱説明書に記載されており、平成11年5月の第1種中間検査において整備業者により同弁の分解清掃摺合せの整備が行われ、異状のないことが確認されていた。また、吸気及び冷却水温度管理についても、同検査時にメーカーによる調整が行われていた。
ところで、主機吸気弁は、腐食、燃焼生成物の噛み込みなどで弁体及び弁座に傷が生じ、燃焼ガスの吹き抜けを招いた場合、サイクルごとに吸入される空気による冷却と同ガスによる過熱とで生じる繰り返し熱応力、同弁の着座時に生じる繰り返し曲げ応力、運転中に燃焼ガス中の水蒸気と燃焼生成物中の三酸化硫黄(無水硫酸)とが反応して硫酸蒸気となり、同蒸気の露点が高いことから凝縮した硫酸水溶液による硫酸腐食などで同傷が微小亀裂となったのち、各繰り返し応力による疲労で同亀裂が進行するおそれがあった。
従って、主機の取扱者は、吸気弁の吹き抜けに対して、吹き抜け音の有無、吸気マニホルドの温度変化の有無、同マニホルド塗装の変色の有無、排気温度変化の有無など同弁の点検を十分に行う必要があった。
A受審人は、就航以来船長として単独で弘洋丸に乗り組み、操船のほか機関の運転管理にも当たり、3ないし13時間の航海中、1時間ごとに5ないし10分間の機関室内の見回りを行い、ビルジ量、機関の運転音及び油水の漏洩の有無の点検を行っていたものの、吸気マニホルドを触診して温度変化の有無を確認するなど主機吸気弁の点検を十分に行わないまま、同見回りを終了していたことから、6番シリンダの吸気弁がいつしか吹き抜け傷を生じ、同傷が微小亀裂となり、高温燃焼ガスの吹き抜けで吸気マニホルド枝管の塗装が変色していることに気付かないまま、主機の運転を続けていた。
こうして、弘洋丸は、A受審人が単独で乗り組み、同12年6月23日17時30分鹿児島県古仁屋港を発し、起重機船を引いて同県伊延港に向い、主機を回転数毎分860にかけて航行中、6番シリンダの吸気弁が吹き抜けによって生じた亀裂の進行で割損し、同日23時00分与名間埼灯台から真方位316度2.2海里の地点において、シリンダ内に脱落した欠けた破片の一部が過給機タービン内部に飛び込んでノズルリング、タービン羽根車などに損傷を生じ、同機が異音を発した。
当時、天候は晴で風力1の南東風が吹き、海上は穏やかであった。
操船中のA受審人は、異音に気付き主機を停止回転としたのち急いで機関室に赴いたところ、6番シリンダ吸気マニホルド枝管の塗装の変色及び過給機からの異音を認めたことから、主機を手動で停止した。
弘洋丸は、A受審人が主機の継続運転不能と判断して救援を求め、来援した僚船に曳航されて発航地に引き付けられ、精査の結果、6番シリンダの吸気弁1本の弁かさ部が全周にわたって割損し、過給機ノズルリングの曲損、タービン羽根車先端の欠損などが認められ、のち損傷部品が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、機関室内の見回りを行う際、主機吸気弁の点検が不十分で、同弁を燃焼ガスが吹き抜けるまま主機の運転が続けられ、吹き抜け傷が微小亀裂となったのち、繰り返し熱応力などによる疲労で同亀裂が進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人が、単独で乗り組んで航行中、機関室内の見回りを行う際、吸気マニホルドを触診して温度変化の有無を確認するなど、主機吸気弁の点検を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
しかしながら、以上のA受審人の所為は、同弁の整備を整備基準に従って整備業者に依頼して行っていた点に徴し、職務上の過失とするまでもない。
よって主文のとおり裁決する。