(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年10月25日00時00分
太平洋
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十一照丸 |
総トン数 |
19.98トン |
全長 |
19.44メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
345キロワット |
回転数毎分 |
1,280 |
3 事実の経過
第十一照丸(以下「照丸」という。)は、昭和56年4月に進水した、まぐろはえなわ漁業に従事するFRP製漁船で、主機として平成元年に換装した、Y株式会社製造のS160−ST2型と呼称するディーゼル機関を装備していた。
主機は、船首方から順にシリンダ番号が付され、各シリンダヘッドに吸気弁及び排気弁をそれぞれ2個ずつ装備して中央に燃料噴射弁を取り付け、同ヘッドには、左舷側に吸気マニホルドが、また右舷側に排気マニホルドがそれぞれ接続され、排気マニホルドの排気が過給機の排気ガスタービンに導かれていた。
主機の吸気弁は、シリンダヘッド船首側の左右に並んで、きのこ形弁の弁棒部がシリンダヘッド中の弁案内に挿入され、同ヘッド上面に出た頭部に弁ばねを装着してバルブローテータで止められ、弁傘部が、シリンダヘッド下面に嵌められた弁座に着座するもので、着座面にはステライト材が溶着されていた。
過給機は、ラジアル型排気ガスタービンのロータ軸に遠心ブロワを取り付け、同軸の中央部を軸受で支える構造で、同タービンロータ外周を、排気ガスを導入するタービンハウジングが囲むように組み立てられていた。
照丸は、三陸沖から四国沖にかけて、基地を出港してからほぼ4週間の操業を経て再び基地に戻る形態を周年続けていたもので、主機の運転時間が年間約6,000時間にのぼり、毎年6月に上架して船体と機関の整備が行われており、平成10年6月の第一種中間検査の折に主機のピストン抜き整備が行われた。
ところで、主機は、燃料噴射弁については500ないし800時間ごとに抜き出して掃除と噴射テストをするよう、また吸気弁及び排気弁については4,000時間ないし5,000時間、あるいは1年ごとにシリンダヘッドを開放して摺合せ(すりあわせ)を行うよう、取扱説明書に整備間隔の標準が記載されていた。
A受審人は、平成8年4月から機関長として乗り組み、機関の運転と整備に従事し、同11年6月に定期整備のために上架するに当たって、前年の整備後、主機の運転時間が前示整備間隔の標準を超えていたが、運転中に主機に異状を感じることがなかったのでシリンダヘッドを開放して吸気弁などを整備するまでもないと思い、船主代表者に要請して主機のシリンダヘッドを整備する措置をとることなく、船主代表者が計画するままに整備内容を任せた。
B指定海難関係人は、照丸ほか所有船の整備を、自ら計画して造船所と整備業者に発注しており、平成11年6月に照丸を上架させるに当たって、取扱説明書に記載の整備間隔の標準をはっきり認識しないまま、主機についてはA受審人からシリンダヘッド整備の要請がなく、以前から整備間隔を3年にしても問題が生じておらず、前年にピストン抜きをしてまだ1年しか経過していないので整備するまでもないと思い、同ヘッドの整備を計画せず、燃料噴射弁の掃除と噴射テストのみを整備業者に行わせた。
主機は、燃料噴射弁が前年のピストン抜き整備に際して掃除と噴射テストが行われて以来連続使用され、ようやく上架に際して抜き出されて掃除されたが、シリンダヘッドが整備されず、下架した後の運転で前回整備以後の運転時間が整備間隔の標準を大幅に超えていたところ、2番シリンダの右舷側吸気弁の弁傘部から弁案内部にかけて堆積したカーボンの一部がいつしか剥がれて着座部に噛み込み、燃焼ガスが吹き抜けて弁傘部が過熱し、亀裂を生じた。
こうして照丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、船首1.7メートル船尾2.2メートルの喫水をもって、平成11年10月9日塩釜港を発し、同月12日三陸沖の漁場に至り、操業を繰り返していたところ、前示吸気弁の亀裂が進展し、24日23時40分第11回目の揚げ縄を終了し、漁場を移動するため主機を毎分1,000回転に増速したところ、翌25日00時00分北緯36度0分東経152度31分の地点において、同吸気弁弁傘部が3分の1周にわたり欠損し、破片が排気弁と排気マニホルドを経て過給機タービンに飛び込み、異音を発した。
当時、天候は曇で風力2の北東風が吹いていた。
A受審人は、船首甲板で作業中、主機に異音を生じたことを知らされて機関室に入り、既に船橋からの操作で停止回転まで下げられていた主機を停止し、1番及び2番シリンダ付近の吸気マニホルドが過熱しているのを認めたが、異状箇所を見いだせず、再始動してみると過給機から異音が発生し、煙突から黒煙を発したので運転の継続は困難と判断した。
照丸は、来援した僚船にえい航されて11月1日銚子港に引き付けられ、精査の結果、2番シリンダの右舷側吸気弁が弁傘部で欠損し、過給機のタービン翼が曲損しているのが判明し、のち損傷部が取替修理された。
(原因)
本件機関損傷は、上架した際、主機シリンダヘッドの整備が不十分で、吸気弁が、弁傘部から弁案内部にかけて堆積していたカーボンを噛み込み、燃焼ガスが吹き抜けて亀裂を生じ、同亀裂が進展したことによって発生したものである。
船主代表者が、定期整備時に主機シリンダヘッドの整備を計画しなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、上架して主機の整備を行う場合、吸気弁の整備間隔が標準を大幅に超えないよう、船主代表者に要請してシリンダヘッドを整備する措置をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、それまで異状がなかったのでシリンダヘッドを開放して吸気弁などを整備するまでもないと思い、船主代表者に要請して同ヘッドを整備する措置をとらなかった職務上の過失により、同ヘッドの整備が行われず、吸気弁の弁傘部から弁案内部にかけて堆積したカーボンを同弁が噛み込んで燃焼ガスが吹き抜け、過熱した同弁傘部に亀裂を生じ、同亀裂が進展して弁傘部が3分の1周にわたって欠損する事態を招き、破片が過給機に飛び込んでタービン翼を損傷させ、主機を運転不能に至らしめた。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、主機シリンダヘッドを整備するよう計画しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、勧告しないが、上架させて船体と機関を整備する際、主機の吸気弁の整備間隔が標準を大幅に超えないようシリンダヘッドの整備を計画しなければならない。
よって主文のとおり裁決する。