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平成13年広審第22号
件名

油送船第32児島丸火災事件

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成13年8月30日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(西林 眞、高橋昭雄、坂爪 靖)

理事官
安部雅生

受審人
A 職名:第32児島丸機関長 海技免状:三級海技士(機関)

損害
ポンプ用エラクラッチが焼損、機関室前部の主機警報盤、主配電盤、電気配線及び照明器具などを焼損

原因
貨物油ポンプの始動操作不適切、始動後の点検不十分

主文

 本件火災は、貨物油タンクへのバラスト張水作業にあたり、貨物油ポンプの始動操作が不適切であったばかりか、始動後の点検が不十分で、空運転が続けられた張水に不要な同ポンプが過熱、固着して同ポンプ用エアクラッチが著しく焼損し、付近の可燃物に着火したことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年4月4日08時15分
 大王埼東方沖合

2 船舶の要目
船種船名 油送船第32児島丸
総トン数 699トン
全長 73.50メートル
12.20メートル
深さ 5.30メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,471キロワット

3 事実の経過
 第32児島丸(以下「児島丸」という。)は、平成4年10月に進水した、船尾船橋機関室型の鋼製液体化学薬品ばら積船兼油タンカーで、船首から順に、フォアピークタンク、甲板長倉庫、スロップタンク、1番から4番に至る船体中心で左右に分割された8個の貨物油タンク、主機で駆動する貨物油ポンプ2台を設置したポンプ室、機関室、アフターピークタンク及び操舵機室などに区画され、貨物油タンク下方の二重底が1番から5番のバラストタンクとなり、機関室上方の船尾楼に居住区及び操舵室をそれぞれ配置していた。
 機関室は、下段、中段及び上段の3層に区分され、下段には、前部動力取出軸にエアクラッチ付の増速機を連結した主機をほぼ中央に、その船首側に増速機を介して駆動する同機潤滑油ポンプ、各貨物油ポンプ用エアクラッチ及び軸発電機、増速機の左舷側に消防兼雑用水ポンプなどをそれぞれ据え付け、中段には、右舷側に主機潤滑油こし器及び停泊用発電機関、左舷側に燃料油関係ポンプ類及び燃料油加熱器などを配置し、上段には、船首側の右舷方から左舷方にかけて主空気槽、主配電盤、C重油澄タンク及びC重油常用タンク、右舷側に主空気圧縮機及び潤滑油清浄機、左舷側にA重油常用タンク及び主発電機関などがそれぞれ備えられ、固定式炭酸ガス消火装置を装備していた。
 ところで、機関室は、増速機及びエアクラッチの直上部で、前端部が前部隔壁から0.4メートルばかり離れている床板を設け、燃料油や潤滑油の各こし器などを掃除する作業場として利用されていたが、こし網の洗浄時に使われた軽油が飛び散り、同床板とほぼ同じ高さで同隔壁に沿って船横方向に配管されている燃料油移送管や燃料油タンク加熱用主機冷却清水管などのラギングに大量に染みこんだ状況となっていた。
 貨物油ポンプは、いずれも吐出量毎時500立方メートルのギヤポンプで、このうち左舷ポンプにのみ、貨物油タンクに海水バラストを張り込むことができるよう、ポンプ室内のシーチェストからの海水吸入管系が配管されており、通常は同配管の一部が取り外してあった。
 一方、貨物油ポンプ用エアクラッチは、日本ピストンリング株式会社製のAFK450−A型と称する、鋼製リムの内側に接着したゴムチューブの内面に数枚に分割されたフリクションシューを設けた駆動側のラバーフレームと被動側のドラムにより構成されるもので、圧縮空気の流入によってゴムチューブが膨張すると、フリクションシューがドラム外輪に圧着されて回転力を伝達するようになっていた。また、同クラッチへの圧縮空気系統は、主空気槽から機関室エアクラッチ操作盤に送られて減圧されたのち、主エアクラッチの系統とに分かれ、荷役ステーションに設置されたエアクラッチ操作盤上の各手動切換弁に至って各クラッチ部への供給、遮断が行われるようになっており、ポンプ吐出圧力が過昇した際には系統内の電磁弁で空気を遮断し、エアクラッチを離脱させてポンプを停止する安全装置が備えられていた。
 A受審人は、同7年11月に機関長として乗り組み、機関の運転管理に当たるとともに、荷役時には貨物油ポンプの運転操作及び弁操作などを担当し、貨物油ポンプ及び同用エアクラッチについては、操舵室及び機関室に運転表示灯や警報装置が設けられておらず、増速機に潤滑油油圧力低下警報装置が組み込まれているだけであったことから、同ポンプ始動後には一等機関士と分担してポンプ室及び機関室の点検を行うようにしており、年に1ないし2回しか行わない貨物油タンクへのバラスト張水の際にも自ら運転操作を行うようにしていた。
 児島丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、同12年4月3日15時55分和歌山県和歌山下津港に入港し、キシレン1,940キロリットルを揚荷したのち、空倉のまま同日20時35分同港を発して京浜港川崎区に向かったところ、翌4日07時過ぎから風浪の影響を受けて船体動揺が大きくなったことから、1時間余りの予定で貨物油タンクにバラストを張り込むことになった。
 A受審人は、船長とともにポンプ室に降りて海水吸入管系統の準備と必要な弁操作を行い、機関室で圧縮空気元弁を開けて増速機の運転を開始したのち、甲板上のエアクラッチ操作盤上で貨物油ポンプの始動操作に取り掛かったが、運転すべきポンプを確認するなどして始動操作を適切に行わないまま、いつもの揚荷と同じように両手動切換弁を操作し、07時45分左舷ポンプ用エアクラッチだけでなく、張水に不要な右舷ポンプ用エアクラッチも作動させたばかりか、バラストの張水状況を確認してポンプなどの運転状態に異状がないものと思い、ポンプ室と機関室に赴いて始動後の貨物油ポンプ及び同ポンプ用エアクラッチなどの点検を行わなかったので、右舷同ポンプを空運転していることに気付かなかった。
 こうして、児島丸は、大王埼を通過して東行中、空運転が続けられた右舷貨物油ポンプが過熱、固着したため、同ポンプ用エアクラッチに過大な回転力が作用して増速機の潤滑油圧力低下警報装置が作動するとともに、滑りを生じた同クラッチが著しく焼損し、燃え上がった内部のゴムチューブなどが周囲に飛び散り、軽油の染み込んだ燃料油移送管などのラギングに着火し、08時15分大王埼灯台から真方位078度6.8海里の地点において、機関室が火災となった。
 当時、天候は晴で風力3の北東風が吹き、海上には白波が立っていた。
 A受審人は、甲板上でバラスト張水状況を監視していたところ、操舵室の船長から増速機の警報が吹鳴していることを知らされ、直ちに機関室に急行したところ、増速機上部床板に置かれたプラスチック容器内の軽油に飛び火したこともあって、すでに同室には黒煙が充満しており、現場での消火活動は不可能と判断して操舵室に向かい、船長にその旨を報告するとともに主機を停止した。
 そして、児島丸は、燃料油タンク遠隔遮断弁を閉鎖したのち、乗組員の所在を確認のうえ、08時25分機関室に消火用炭酸ガスを放出する一方、船舶所有者らに事態を連絡して救助を要請し、09時25分ごろ機関室の火災がほぼ鎮火したことから、同室に入って点検を行ったA受審人が、右舷貨物油ポンプ用エアクラッチが著しく焼損していることを認めた。
 児島丸は、来援した引船によって静岡県清水港に引き付けられたのち、定期検査工事を繰り上げて実施するために入渠のうえ精査した結果、右舷貨物油ポンプ用エアクラッチのほか、機関室前部の主機警報盤、主配電盤、電気配線及び照明器具などが焼損し、発電機や電動機類が汚損していることが判明したが、のちいずれも焼損部品の取替え、内部洗浄、開放整備が行われ、損傷した右舷貨物油ポンプの軸シール部が修理された。

(原因)
 本件火災は、大王埼沖を東行中、貨物油タンクへのバラスト張水作業にあたり、貨物油ポンプの始動操作が不適切で、張水に不要な右舷貨物油ポンプを始動したばかりか、始動後の点検が不十分で、同ポンプが過熱、固着するまま空運転が続けられ、過大な回転力で滑りを生じた同ポンプ用エアクラッチが著しく焼損して内部のゴムチューブなどが周囲に飛び散り、付近の可燃物に着火したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、貨物油タンクへのバラスト張水作業にあたり、甲板上で貨物油ポンプを始動した場合、操舵室及び機関室に運転表示灯や警報装置が設けられていなかったから、誤操作や異状を早期に発見できるよう、始動後にポンプ室及び機関室に赴いて貨物油ポンプ及び同ポンプ用エアクラッチなどの点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、バラストの張水状況を確認してポンプなどの運転状態に異状がないものと思い、始動後に貨物油ポンプ及び同ポンプ用エアクラッチなどの点検を十分に行わなかった職務上の過失により、張水に不要な右舷貨物油ポンプを始動したことに気付かずに過熱、固着するまま空運転を続け、過大な回転力で滑りを生じた同ポンプ用エアクラッチが著しく焼損して内部のゴムチューブなどが周囲に飛び散り、付近の可燃物に着火して機関室火災を招き、機関室前部の主機警報盤、主配電盤、電気配線及び照明器具などを焼損させたほか、発電機や電動機類を汚損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。 





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