(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年3月17日13時30分
北海道釧路港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第百二十八大安丸 |
総トン数 |
279トン |
全長 |
58.76メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,912キロワット |
3 事実の経過
第百二十八大安丸(以下「大安丸」という。)は、昭和61年10月に進水した、遠洋底びき網漁業に従事する、長船首楼付全通2層甲板船首船橋型鋼製漁船で、長船首楼中央部に船橋、その下部の船楼甲板に長さ16メートルにわたる船員居住区、漁具庫、トロールウインチや魚倉口蓋がそれぞれ配置されており、同ウインチ前方に位置する船員居住区右舷側出入口付近の暴露部には、甲板作業用ガス溶接切断設備(以下「ガス切断設備」という。)として、アセチレン及び酸素の各3個の高圧ガス容器等が漁具庫後壁沿いに固定されていた。
大安丸は、A受審人ほか19人が乗り組み、平成10年3月16日16時00分千島列島沖合漁場から釧路港に入港し、翌17日正午前に漁獲物を水揚げした後、船首3.0メートル船尾6.6メートルの喫水をもって、釧路港東区北防波堤北灯台から真方位105度500メートルの地点の漁港ふ頭南側第1岸壁に船首を東方に向けて左舷付けで係留したまま、トロール漁網用ワイヤロープを整備する目的で、船楼甲板の魚倉口蓋後方において同ロープのガス切断作業を行うことになった。
ガス切断設備は、右舷寄りのアセチレン及び酸素の各1個の高圧ガス容器に圧力調整器がそれぞれ取り付けられ、これに接続する長さ約30メートルのゴム製ホースの先端に切断器が装備されており、平素、各圧力調整器の圧力調整ハンドルが設定されていて、ガス切断作業にあたる者が高圧ガス容器上部に束ねられた各ホースを引き出し、各容器の容器弁を開弁するだけで、いつでも使用できる状態にされていた。また、アセチレンの圧力調整器出口側には、逆火と称してアセチレンの通常の流れと逆方向に切断器からホース内へ火炎が伝わる状態を生じた場合に消炎及びアセチレンの遮断機能を果たす安全器がなかった。
ところで、ガス切断作業は、経験又は技能を要する危険作業であり、ガス切断設備のアセチレンあるいは酸素の高圧ガス容器が空になって交換された後、漏洩による災害発生を防止するため、同容器の容器弁出口側に圧力調整器を取り付ける際にパッキンが良好なものであることを確かめたうえ取付け金具を専用工具で適切に締め付け、取付け部に石鹸水を塗って漏洩の有無を点検するなどの取扱注意事項が関係団体の文書で指示されていたが、大安丸においてはこれの遵守の徹底を図る管理者が明確にされていなかった。
A受審人は、同年1月12日大安丸に船長として雇入れされ、それまでに他の底びき網漁船で船長職及び漁労長職の経験を有しており、大安丸に乗船した後、日常の甲板作業でガス切断設備が使用されていたが、無難にガス切断作業が行われているから大丈夫と思い、同設備の管理者を確認するなどして取扱いに関する安全管理体制を十分に整えることなく、従来どおりの取扱いを容認していた。
B指定海難関係人は、船舶所有者を代表して大安丸を含む6隻の漁船の船内における安全に関する事項を船長に統括管理させる責任者の立場にあったが、ガス切断作業には災害発生の危険性があることを認識しないまま、A受審人に対して同作業に関する安全管理について十分に指導していなかった。
大安丸は、ガス切断設備のアセチレンの高圧ガス容器が交換された際に圧力調整器が取付け金具の締付け不足のまま適切に取り付けられていなかったところ、同年3月17日13時00分にガス切断作業が開始され、20年にわたって同作業に従事した経験を有する甲板員がいつもの手順でアセチレン及び酸素の高圧ガス容器上部に束ねられた各ホースを船楼甲板のトロールウインチ前方から魚倉口蓋後方に引き回して容器弁を開弁したとき、同取付け金具の締付けがアセチレンホースに引かれたことにより緩んで取付け部からアセチレンが漏洩して高圧ガス容器付近に滞留する状況となった。
こうして、大安丸は、船楼甲板の魚倉口蓋後方で同甲板員が外径32ミリメートルのワイヤロープ数本に引き続いて同ロープの接続リング金具のガス切断作業中、圧力調整器の取付け部からのアセチレンの漏洩に伴い切断器火口への供給量が不足し、さらに同火口が過熱したことなどにより逆火を生じ、火炎が切断器からアセチレンホース内を伝わり、高圧ガス容器付近に滞留して爆発範囲の状態となっていたアセチレンと空気の混合物が着火し、爆発が起きて破損した同調整器からアセチレンが噴出し、火炎が船員居住区右舷側出入口に吹き込み、13時30分前示係留地点において、同居住区等に火災が発生した。
当時、天候は雨で風力1の西風が吹き、港内は穏やかであった。
大安丸は、13時45分にA受審人が陸上から帰船して船員居住区の火災を認め消火措置をとったものの、火勢が衰えず、出動した消防車の放水消火活動により鎮火した。
火災の結果、大安丸は、船員居住区及び船橋等が焼損したが、仮修理のまま売船処分された。
(原因)
本件火災は、ガス切断設備の取扱いに関する安全管理体制が不十分で、高圧ガス容器に圧力調整器が適切に取り付けられず、同調整器の取付け部からアセチレンが漏洩し、船楼甲板においてガス切断作業中に逆火を生じて火炎がアセチレンホース内を伝わり、同容器付近に滞留したアセチレンと空気の混合物が着火したことによって発生したものである。
船舶所有者の代表取締役専務が、船長に対してガス切断作業に関する安全管理について十分に指導していなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、甲板作業でガス切断設備が使用される場合、ガス切断作業中に高圧ガス容器と圧力調整器との取付け部からの漏洩による災害発生の危険性があるから、取扱注意事項の遵守の徹底が図られるよう、同設備の管理者を確認するなどして取扱いに関する安全管理体制を十分に整えるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、無難にガス切断作業が行われているから大丈夫と思い、ガス切断設備の管理者を確認するなどして取扱いに関する安全管理体制を十分に整えなかった職務上の過失により、高圧ガス容器と圧力調整器との取付け部からアセチレンが漏洩し、同作業中に逆火を生じて同容器付近に滞留したアセチレンと空気の混合物が着火する事態を招き、船員居住区等に火災を発生させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。
B指定海難関係人が、ガス切断作業には災害発生の危険性があることを認識しないまま、A受審人に対して同作業に関する安全管理について十分に指導していなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後、船舶所有者の他の漁船に対してガス切断作業に関する安全管理を指導し、かつ安全器の取付け措置をとり、同種事故の再発防止に努めた点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。