(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年8月26日02時00分ごろ
静岡県大井川港
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船新天神丸 |
総トン数 |
199トン |
全長 |
56.815メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
3 事実の経過
新天神丸は、平成元年9月に進水した船尾船橋機関室型の鋼製貨物船で、機関室には、下段に主機、主機でベルト駆動される発電機(以下「主機駆動発電機」という。)、ディーゼル機関駆動の発電機(以下「補機駆動発電機」という。)及び主機冷却海水ポンプ(以下「海水ポンプ」という。)などのポンプ類等を、上段に配電盤等をそれぞれ備えていたほか、海水ポンプの吸入側に、機関規則で長さ50メートル以上の船舶に設置が義務付けられている、危急用ビルジ排出のための「直接ビルジ吸引管」を付設していた。
主機冷却海水管は、機関室下段右舷側のシーチェスト付海水吸入弁から流入した海水が、海水こし器を経て海水ポンプで吸引・加圧され、空気冷却器、潤滑油冷却器及び清水冷却器を順に冷却したのち、機関室右舷上段の船外排出弁から船外に排出されるよう配管されており、一方、直接ビルジ吸引管は、呼び径65ミリメートルの鋼管で、右舷船首部のビルジ溜まりからねじ締め逆止めアングル弁(以下「ビルジ吸引弁」という。)を介して海水ポンプ吸入側に接続され、機関室浸水時等の非常時には、機関室内の多量のビルジを海水ポンプ及び主機冷却海水系統を利用して船外に排出できるようになっていた。
本船は、同11年8月13日A受審人と妻のBとの共同名義で購入され、徳島県鳴門市の造船所に入渠して船底検査及び船体塗装等の整備を行ったのち、同造船所から兵庫県姫路港飾磨区の積荷予定岸壁に回航された。
A受審人は、回航前に乗船したばかりの機関員を指導しながら各機器の操作に携わっていたが、ビルジ吸引弁が機関室床板下に位置していたうえ、入渠中に機関室内の工事を行わなかったこと、主機冷却海水系統の弁を操作しなかったこと及び機関室のビルジ量に異常がなかったことなどから、購入以来、ビルジ吸引弁の弁ハンドルが開弁状態になっていたことに気付くはずもなかった。
ところで、ビルジ吸引弁は、弁ハンドルが開弁状態になっていても、同弁の閉弁方向に作用する圧力、すなわち、海水ポンプ吸入側の圧力が正圧であれば開弁しないが、航海中、海水こし器が閉塞気味で同ポンプの吸入側圧力が低くなっているような場合には、うねりや転舵の影響で、船体が大きく傾いて喫水が著しく浅くなるなど、ポンプ吸入側圧力が低下する条件が重なると、一時的に同ポンプの吸入側圧力が負圧になって開弁するおそれがあった。
本船は、積荷役終了後、A受審人ほか2人が乗り組み、鋼材700トンを載せ、船首2.60メートル船尾3.50メートルの喫水をもって、同月24日12時56分姫路港飾磨区の岸壁を発し、静岡県大井川港に向かった。
A受審人は、主機を全速力前進にかけ、出港後に船内電源を補機駆動発電機から主機駆動発電機に切り替えたのち、翌25日19時までは3時間ごとに機関室の点検を行い、運転諸元を機関日誌に記入するとともに機関室ビルジに異常がないことなどを確認しながら航海を続けた。
その後、本船は、海水こし器が閉塞気味で海水ポンプの吸入側圧力が低くなっていたものか、大きく右転するなどして右舷側の喫水が著しく浅くなったとき、一時的に同ポンプの吸入側圧力が負圧になってビルジ吸引弁が開弁し、同ポンプの吸入側圧力が正圧に戻ったのちも、同弁が固着して開弁したままとなり、同弁から海水がビルジ溜まりに浸入する状況となったまま、同日21時15分大井川港内の大井川港東護岸灯台から真方位300度780メートルの地点に投錨した。
A受審人は、投錨後、入港前に主機駆動発電機から補機駆動発電機に切り替えていた船内電源を、船首部中甲板のストア内に設置されている停泊用発電機に切り替え、機側で主機、海水ポンプ及び補機駆動発電機等を順次停止したのち、海水吸入弁を閉弁せず、かつ、航海中のビルジ量に変化がなかったので大丈夫と思い、機関室ビルジの点検も十分に行わないまま、同日21時50分ごろ機関室を無人として自室に戻ったので、海水ポンプの停止と同時にビルジ吸引弁から機関室内へ浸入する海水量が著しく増加していたが、このことに気付かなかった。
こうして、本船は、機関室を無人として錨泊中、ビルジ吸引弁から多量の海水が機関室内に浸入し続け、機関室上段船尾側の配電盤下部まで海水が浸水したことによって船内電源が喪失し、翌26日02時00分ごろ前示錨泊地点において、船内電源の喪失に気付いた機関員が、配電盤を点検するために機関室に赴き、機関室浸水を発見した。
当時、天候は曇で風力2の東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、海上は穏やかであった。
機関員から報告を受けたA受審人は、機関室が主機上部まで浸水しているのを認め、直ちに海上保安部に救助を要請した。
本船は、海上保安部のダイバーが潜水して機関室内への海水の浸入を止めたのち、タグボートに曳航されて着岸予定岸壁に着岸し、同岸壁で、揚荷役を行うとともに機関室内の海水を排出した。
浸水の結果、本船は、主機、発電機等の電気機器及び配電盤等を濡損したが、のち、濡損した各機器を修理するとともに、ビルジ溜まりに高液面警報装置を新設するなどの事故防止対策を施行した。
(原因)
本件遭難は、投錨後に機関室を無人とする際、主機冷却海水吸入弁の閉弁措置及び機関室ビルジの点検がいずれも不十分で、航海中に固着して開弁したままになっていたビルジ吸引弁から、多量の海水が機関室内に浸入したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、投錨後に機関室を無人とする場合、機関室内に海水が浸入していないことを確認できるよう、機関室ビルジの点検を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、航海中のビルジ量に変化がなかったので大丈夫と思い、機関室ビルジの点検を十分に行わなかった職務上の過失により、航海中に固着して開弁したままになっていたビルジ吸引弁から多量の海水が機関室内に浸入していることに気付かず、海水が機関室上段床面上まで浸水する事態を招き、主機、発電機及び配電盤等に濡損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。