(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年8月28日12時18分
山口県徳山下松港
2 船舶の要目
船種船名 |
引船大田丸 |
総トン数 |
179トン |
全長 |
33.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,647キロワット |
3 事実の経過
大田丸は、2基2軸の鋼製引船で、A受審人ほか3人が乗り組み、大型船の離着岸支援作業の目的で、船首1.2メートル船尾3.2メートルの喫水をもって、平成11年8月28日04時00分山口県徳山下松港を発し、05時30分同県三田尻中関港に至り、同作業を行ったのち、11時20分同港を発して再び徳山下松港に向かった。
ところで、A受審人は、広島県呉港を基地として通常早朝同港を出港してその周辺諸港で前示作業に従事し、午後3ないし4時ごろ帰港し、その後帰宅して休息するということを繰り返しており、1日に6時間以上の睡眠時間の確保が可能な状況であった。そして、同日28日は早朝から三田尻中関港で作業が予定されていたことから、前日27日12時50分徳山下松港に入港し、燃料を補給したのち待機とし、食事をとるため夕刻上陸して20時30分ごろ帰船して間もなく就寝し、翌28日03時15分ごろ起床して出港準備を行い、休息時間が十分にとれた状態で前示のとおり出港した。
A受審人は、三田尻中関港を発航して間もなく一等航海士と船橋当直を交代していったん降橋して昼食を済ませ、11時45分ごろ向島東岸沖合2海里ばかりの地点で再び昇橋し、舵輪後方に置いたいすに腰掛けて1人で手動操舵と見張りに当たり、12時03分ごろ徳山下松港に至り、同港内を東行して黒髪島及び仙島と北方の埋立地との間に存在する長さ約2.4海里の仙島水道西口に達し、同時11分半富田航路第3号灯浮標(以下、灯浮標名については「富田航路」の冠称を省略する。)を330度(真方位、以下同じ。)120メートルに見る、仙島161メートル頂三角点(以下「仙島三角点」という。)から
263.5度2,500メートルの地点で幅員150メートルの掘下げ水路に入り、針路を同水路に沿う085度に定め、機関を全速力前進より少し下げた10.0ノットの速力で進行した。
12時15分わずか過ぎA受審人は、第5号灯浮標を左舷側90メートルに航過したとき、掘下げ水路に沿うよう左転を開始し、同時16分少し過ぎ第7号灯浮標を314度110メートルに見る地点で、針路を044度に転じて続航したところ、天気が良く、通航船舶を見かけなかったうえ、発航直後にとった昼食による満腹感などもあって、眠気を催すようになったが、いすから立ち上がって身体を動かすなどして居眠り運航の防止措置をとらないで当直を続けるうち、同時17分少し過ぎごろから居眠りに陥り、右舵がわずかにとられた状態となって、徐々に右転しながら仙島北西岸の浅所に向かって進行中、同時18分少し前船体の水洗い作業に従事していた機関長が危険を感じて昇橋し、同人の「船長」という叫び声で目を覚まし、慌てて機関を全速力後進としたが及ばず、12時18分仙島三角点から286度640メートルの地点において、大田丸は、船首が085度を向いて約3ノットの速力となったとき、同島北西岸の浅所に乗り揚げた。
当時、天候は晴で風力5の西風が吹き、視界は良好で、潮候は下げ潮の中央期であった。
乗揚の結果、大田丸は船首部船底外板に凹損を生じたが、自力離礁したのち修理された。
(原因)
本件乗揚は、山口県徳山下松港において、仙島水道の掘下げ水路を東行中、居眠り運航の防止措置が不十分で、仙島北西岸の浅所に向かって進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、山口県徳山下松港において、仙島水道の掘下げ水路を東行中、天気が良く、通航船舶を見かけなかったうえ、三田尻中関港発航直後にとった昼食による満腹感などもあって、眠気を催すようになった場合、居眠り運航とならないよう、いすから立ち上がって身体を動かすなどして居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、いすに腰掛けたまま当直を続け、居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により、居眠りに陥り、右舵がわずかにとられた状態となって徐々に右転して仙島北西岸に向かって進行して乗揚を招き、大田丸の船首部船底外板に凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。