(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年5月21日10時45分
三重県松阪港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船宗春丸 |
漁船かね房丸 |
総トン数 |
1.38トン |
0.9トン |
登録長 |
6.84メートル |
7.69メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
電気点火機関 |
漁船法馬力数 |
30 |
30 |
3 事実の経過
宗春丸は、採介藻漁業に従事する和船型FRP製漁船で、船尾端中央に船外機1基を装備し、A受審人が1人で乗り組み、あさり漁の目的で、金属製鋤簾(じょれん)や腰巻帯などのあさり採取漁具や漁獲物を入れる合成樹脂製の籠(かご)を積み、船首0.00メートル船尾0.80メートルの喫水をもって、平成12年5月21日10時30分三重県松阪港港域内の西部に位置する猟師漁港を発し、同港域内の東部に位置する櫛田川河口のあさり漁場(以下「櫛田川漁場」という。)に向かった。
ところで、松阪港港域内には、第1種区画漁業のり養殖業、三重県知事許可の小型定置網漁業、あさり及びはまぐり等採介藻漁業並びに釣漁業などの各漁場が形成されていた。
松阪港港域内ののり養殖漁場は、三重海区区画漁業権免許番号三重区第53号(以下、区画漁業権免許番号については冠称を省略して番号で示す。)から第58号までの6区画があり、漁期が毎年9月から翌年の4月ないし5月末までとなっていたが、周年にわたって各区画を取り囲む竹製の粗朶(そだ)が列状(以下「粗朶列」という。)に設置され、各区画の間には、あさり及びはまぐり等採取漁船(以下「あさり漁船」という。)などが通航する粗朶列で区切られた水路が設けられていた。
松阪港港域及びその周辺の小型定置網は、周年にわたって15統が設置されていたが水路を塞ぐものではなく、あさり漁船等が航行する際の好目標になっていた。
松阪港港域内のあさり漁場は、櫛田川漁場の他に松阪港大口東防波堤(以下「大口東防波堤」という。)の南東側の金剛川河口及び猟師漁港の北方ないし北東方に拡延するそれぞれ平坦な浅瀬にも形成されていた。あさり漁船は、金剛川河口のあさり漁場(以下「金剛川漁場」という。)に向かう際には第56号及び第57号間の、並びに櫛田川漁場に向かう際には第57号及び第58号間の各水路をそれぞれ通航していた。また、あさり採取は、ウインチを使用してけた網を曳く(ひく)方法(以下「けた網曳(もうえい)網漁法」という。)、船上から長柄の付いた鋤簾を使用して海底を掻き起こす方法(以下「大巻漁法」という。)及び胸辺りまで海中に入って腰巻帯を取り付けた鋤簾で腰を振りながら海底を掻き起こす方法(以下「腰巻漁法」という。)の3種類の漁法別にそれぞれの漁具を装備したあさり漁船によって行われていた。
宗春丸が所属する猟師漁業協同組合(以下「漁協」という。)は、あさり漁船が228隻所属しており、あさり等漁獲物の水揚量、同価格、流通事情及び資源保護などを考慮して1日当たりの稼動隻数、出漁時刻、操業時間及び漁法などを漁協組合員の合意によって取り決め、漁協役員が腰巻、大巻及びけた網曳網各漁法別に気象海象条件を考慮して決めた出漁日時を、漁協内の掲示板に表示して組合員に周知していた。けた網曳網漁法以外のあさり漁船は、腰巻、大巻両漁法の順に定係地から発航して一旦(いったん)猟師漁港外防波堤の沖合約50メートルにあたる松阪港東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から251度(真方位、以下同じ。)1,820メートルの地点(以下「集合地点」という。)付近に集合し、漁協役員がその集合状況を見計らって出漁の合図にしている赤い旗を振り、この合図によって一斉に航走を開始し、漁場の選定は各漁船に任されてはいたものの、操業時間が腰巻漁法で同出漁合図から2時間半、その他の漁法はそれより短い時間で操業を打ち切って帰港することになっていた。
こうして、A受審人は、集合地点に至って当日の腰巻漁法の出漁予定船62隻の集合を待つため一旦船外機の運転を止めたのち、10時35分赤い旗が振られると同時に船外機を始動し、多数の僚船とともに一斉に発進したのち、前後左右それぞれ約20メートルないし30メートルの船間距離を保つよう、船尾右舷側に設けられた物入れの蓋の上に腰掛け、左手で船外機のスロットルレバーを持って前路の見張りと操船に当たり、第54号、第55号及び第56号各北縁の粗朶列に沿って進行するうち、船外機の推進器に漂流物が絡まったものか、速力が低下したため、一旦停留して推進器の点検を行うこととした。
10時44分A受審人は、東防波堤灯台から035度290メートルの地点で、船首を090度に向けて停留し、周囲を一瞥したところ、いつもと同じように前示船間距離で航行している多数の僚船を認め、航行中の他船が停留している自船を見れば、自船の異常事態を理解して避けてくれるものと思い、その後周囲の見張りを十分に行うことなく、船外機を傾けて推進器の点検を始めた。
10時44分半少し過ぎA受審人は、前示停留地点で、折からの西風により船首が右方に振れて風をほぼ右舷正横に受け、船首が180度に向いた状態で停留しているとき、右舷正横70メートルのところにかね房丸を認めることができ、その後衝突のおそれがある態勢で自船に向けて接近する状況となったが、依然周囲の見張りを十分に行っていなかったので、かね房丸に気づかず、金属製の鋤簾を棒で叩くなど有効な音響による注意喚起信号を行わないまま、推進器に異常がなかったことから船外機の始動準備をしながら停留中、10時45分東防波堤灯台から035度290メートルの地点において、宗春丸は、船首が180度を向いているとき、その右舷船尾にかね房丸の船首が直角に衝突した。
当時、天候は晴で風力3の西風が吹き、潮侯は下げ潮の中央期であった。
また、かね房丸は、採介藻漁業に従事する漁協所属の和船型FRP製漁船で、B受審人が1人で乗り組み、宗春丸と同じ漁法で行うあさり漁の目的で、船首0.05メートル船尾0.70メートルの喫水をもって、同日10時33分少し過ぎ猟師漁港を発し、金剛川漁場に向かった。
B受審人は、集合地点での一斉出漁の合図に少し遅れた他の僚船とともに相前後して猟師漁港外防波堤を航過したのち、前、後及び左舷側それぞれ約20メートルないし30メートルの船間距離を保ちながら、船尾右舷側に設けられた物入れの蓋の上に腰掛け、左手で船外機のスロットルレバーを持って前路の見張りと操船に当たった。
10時37分少し過ぎB受審人は、東防波堤灯台から255度1,580メートルの地点で、針路を松阪港第2号及び同第4号両灯浮標の中間に向く060度に定め、機関を全速力前進にかけて7.9ノットの速力で、第54号北縁の粗朶列に沿って進行した。
10時40分半少し過ぎB受審人は、東防波堤灯台から270度830メートルの地点に達したとき、針路を松阪港第4号灯浮標と東防波堤灯台との中間に向く075度に転じ、第55号北縁の粗朶列から北側に約50メートル離してこれに沿って同じ速力で続航した。
10時44分B受審人は、東防波堤灯台から344度210メートルの地点に差し掛かり、大口東防波堤を替わって右舷正横に金剛川河口が見え始めたとき、同河口に数隻の釣漁船を認め、櫛田川漁場に変更しようかと迷いながら同じ針路、速力で進行した。
10時44分半B受審人は、東防波堤灯台から016度240メートルの地点に達したとき、機関を全速力前進から少し落として同釣漁船群の様子を確かめたところ、操業中であることを認めたので、目的漁場を変更して櫛田川漁場に向かうこととし、引き続き同釣漁船群を右方に見ながら、7.1ノットの速力で続航した。
10時44分半少し過ぎB受審人は、東防波堤灯台から022度260メートルの地点で、機関を全速力前進の8割ほどにかけて6.3ノットの速力とし、針路を櫛田川漁場に接続する水路の入口に向かう090度に転じたとき、正船首70メートルのところに停留中の宗春丸を認めることができ、その後衝突のおそれがある態勢で同船に向首進行する状況となったが、前示船間距離を保ちつつ漁場に向かって航行中の僚船が多数いたこともあり、まさか漁場の手前で停留している他船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行うことなく、宗春丸に気づかず、同船を避けないまま、金剛川河口の釣漁船群の操業模様を見ながら進行中、かね房丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、かね房丸は、船首船底に擦過傷を生じただけで、宗春丸は、右舷船尾外板に破口及び船外機に破損を生じたが、のち修理され、A受審人が約3週間の入院加療を要する頬骨上顎骨骨折等を負った。
(原因)
本件衝突は、三重県松阪港において、櫛田川河口のあさり漁場に向けて航行中のかね房丸が、見張り不十分で、前路で停留している宗春丸を避けなかったことによって発生したが、宗春丸が、見張り不十分で、有効な音響による注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、三重県松阪港において、櫛田川河口のあさり漁場に向けて航行する場合、前路で停留している宗春丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、いつものように船間距離が20メートルないし30メートルで同航する僚船が多数いたこともあり、まさか漁場の手前で停留している他船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、宗春丸に気づかず、同船を避けないまま進行して衝突を招き、宗春丸の右舷船尾外板に破口及び船外機に破損並びにかね房丸の船首船底に擦過傷をそれぞれ生じさせ、A受審人に約3週間の入院加療を要する頬骨上顎骨骨折等を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、三重県松阪港において、櫛田川河口のあさり漁場に向けて航行中、船外機を点検するために停留する場合、自船に向けて衝突のおそれがある態勢で接近するかね房丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、停留したとき周囲を一瞥したところ、いつもと同じような船間距離で航行している多数の僚船を認め、航行中の他船が停留している自船を見れば、自船の異常事態を理解して避けてくれるものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、かね房丸に気づかず、あさり採取用の金属製の鋤簾を棒で叩くなど有効な音響による注意喚起信号を行わないまま停留を続けて同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるとともに自らが負傷するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。