(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年2月18日02時00分
長崎県伊王島沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十大豊丸 |
総トン数 |
19トン |
登録長 |
16.82メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
345キロワット |
回転数 |
毎分1,280 |
3 事実の経過
第十大豊丸(以下「大豊丸」という。)は、昭和58年2月に進水した、中型まき網漁業船団の網船として操業に従事するFRP製漁船で、主機として、R社が製造したS160−ST2型と称するディーゼル機関を備え、主機の潤滑油圧力低下などの警報装置を船橋及び機関室に、遠隔操縦装置を船橋に備えていたが、船橋の主機計器は回転計のみであった。
大豊丸は、16ないし17時ごろ出港して沿岸10海里以内で操業ののち翌日07ないし08時ごろ帰港する運航形態で月平均15ないし16回出漁しており、月間の主機運転時間が約220時間であった。
主機は、各シリンダに船首側を1番とする順番号が付され、アルミ合金製のピストンは、ジェットノズルから噴射される潤滑油によって冷却されるようになっていた。
主機の潤滑油は、クランク室底部の油受けから直結歯車式の潤滑油ポンプ(以下、潤滑油系統の各機器については潤滑油を省略する。)で吸引・加圧され、こし器、冷却器を通ったのち圧力調整弁にて約5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に圧力が調整されて主管に至り、各シリンダの軸受け、ジェットノズル、弁腕装置などに分岐して供給されたのち油受けに戻って循環するようになっており、主管の圧力が2キロに低下すると潤滑油圧力低下警報装置が作動するようになっていた。
油受けの潤滑油量は、検油棒の低刻印のとき65リットル、高刻印のとき115リットルで、潤滑油吸入管の吸入穴から油面までの高さは、低刻印油面のとき約5センチメートル、同棒先端油面のとき約3.8センチメートルで、同棒先端以上の油面が保持されておれば多少の船体動揺による油面の変動があってもポンプが空気を吸い込むおそれはなかった。
A受審人は、平成7年から船長兼漁ろう長として乗船して機関の管理にも当たっていたもので、主機の潤滑油量の点検は、ときたま始動前に点検する程度で、そのとき検油棒の低刻印と高刻印の中間ぐらいまで減少しておれば5ないし10リットル補給していたが、出港後は入港するまで機関室を点検することはなく、潤滑油の性状管理は、6箇月ごとに全量を取り替え、同時にこし器のエレメントも取り替えており、同管理でこし器の目詰まりによる潤滑油圧力低下警報が生じたことはなかった。
A受審人は、平成11年12月ごろ冷却清水が漏れて主機が過熱したとき、シリンダブロックと各シリンダヘッドとの間の弁腕装置注油経路のゴムリングが劣化して潤滑油が漏えいするようになったが、冷却清水系統を修理しただけで同ゴムリングを取り替えず、その後潤滑油が漏れることはないものと思い、潤滑油量を点検することなく、潤滑油の漏えいに気付かないまま操業を続け、翌12年2月17日の出漁にあたっても、潤滑油量を点検することなく、主機を始動した。
大豊丸は、A受審人ほか7人が乗り組み、船首1.5メートル船尾2.5メートルの喫水で、同日16時僚船とともに長崎港を発し、伊王島沖に至って操業に従事し、翌18日主機回転数を毎分約1,250として運転中、潤滑油の漏えいが続いて油受けの潤滑油面が吸入穴付近まで低下していたところ、船体が動揺したときポンプが断続的に空気を吸い込む状況となり、02時数分前潤滑油圧力低下警報が作動した。
A受審人は、警報が作動したときは直ちに主機を停止するよう主機取扱説明書に記載されていたが、操業指揮に気をとられて直ちに主機を停止する措置をとらなかった。
こうして大豊丸は、ジェットノズルから潤滑油が十分に噴射されないまま運転が続けられ、ピストンが過熱膨張してシリンダライナと接触し、同日02時00分伊王島灯台から真方位216度3.7海里の地点において、主機の回転数が低下した。
当時、天候は晴で風力2の北北西風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、主機を回転数毎分500の停止回転として船橋から出たところ、煙突から黒煙が出ているので船橋に戻って主機を停止してから機関室に赴き、警報が潤滑油圧力低下であることを確認し、主機を点検して上部から潤滑油が漏れていることを認め、手持ちの潤滑油約40リットルを補給のうえ、低速回転で帰港した。
この結果、全ピストン及びシリンダライナに縦傷を生じたが、のちゴムリングなどとともに新替えされた。
(原因)
本件機関損傷は、主機を始動する際、潤滑油量の点検が不十分で、潤滑油が漏えいするまま運転が続けられ、ポンプが空気を吸い込んで潤滑油圧力が低下したことと、潤滑油圧力低下警報が作動した際の処置が不適切で、潤滑油圧力が低下したまま運転が続けられてピストンが過熱膨張したこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人が、主機を始動する場合、潤滑油が漏えいするまま運転することのないよう、始動の都度、潤滑油量を点検すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、冷却清水系統修理後潤滑油が漏れることはないものと思い、潤滑油量を点検しなかった職務上の過失により、潤滑油が漏えいするまま運転を続け、全ピストン及びシリンダライナに縦傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。