(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年12月4日15時00分
伊豆諸島大島北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一相生丸 |
総トン数 |
59.52トン |
登録長 |
24.53メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
426キロワット |
回転数 |
毎分640 |
3 事実の経過
第一相生丸(以下「相生丸」という。)は、昭和53年12月に進水した、専らさば棒受網漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてR社製造のT220−ST2型と称するディーゼル機関を装備し、船橋から主機の遠隔操作ができるようになっていた。
主機は、A重油を燃料油とし、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号が付され、6番シリンダ船尾側の架構上にH社製造のVTR−201型と称する過給機が設置されていた。
また、主機は、連続最大出力661キロワット、同回転数毎分800の原機に負荷制限装置を付設して計画出力426キロワット、同回転数毎分640として登録されていたが、いつしか、同装置の設定値が変更され、航海全速力前進の回転数を760までとして運転されていた。
主機の排気及び吸気弁は、バルブローテータ付きのきのこ弁型4弁式構造で、排気弁2個がシリンダヘッドの船尾方に、また、吸気弁2個がシリンダヘッドの船首方にそれぞれ直接組み込まれており、各弁の弁棒がシリンダヘッドに取り付けられた弁棒案内に挿入され、弁傘部が正しく弁座に当たるように弁棒案内で弁棒の位置が決められ、弁棒と弁棒案内の間には約0.1ミリメートルのすきまが設けてあった。そして、排気及び吸気弁は、耐熱鋼を母材とし、弁傘部の弁座との当たり面(以下「シート部」という。)にステライト盛金が施されていた。
主機の弁腕注油系統は、主機システム油系統から独立しており、主機の前部左舷側面に設置された容量20リットルの弁腕注油タンクから直結の弁腕注油ポンプにより吸引加圧された潤滑油が、入口主管に至り、同主管から各シリンダへの枝管を経てフルクラム軸に導かれ、ロッカーアームの油孔を通って排気及び吸気弁の各弁棒頂部に達し、バルブローテータ及びコッタ装着部などを潤滑して同タンクに戻るようになっていて、各シリンダの同アーム上面には弁腕注油量調整ねじが設けられていた。また、弁棒頂部に達した潤滑油の一部が弁棒を伝って弁棒案内とのしゅう動部を潤滑するようになっていた。
主機のシリンダヘッドは、シリンダヘッドカバーが付設されており、排気及び吸気弁などに注油された潤滑油が周辺に飛散しないようになっていたが、運転中においても、同カバー頂部に設けられたボルト1本を緩めて同カバーを取り外し、同弁の作動状況などを容易に点検できるようになっていた。
ところで、排気弁は、運転時間の経過とともに、経年劣化で弁棒や弁棒案内が摩耗して両者のすきまが大きくなると、排気ガスが同すきまから漏洩(ろうえい)するとともに、弁棒に倒れが生じてシート部が片当たりし、同ガスが吹き抜けるようになり、弁傘部が過熱されて熱疲労を生じ、ついには亀裂(きれつ)を生じるおそれがあり、これを防止するため、主機運転中、シリンダヘッドカバーを取り外し、弁棒と弁棒案内のすきまから同ガスが漏洩しているかどうかを点検するなどして排気弁の点検を十分に行う必要があった。
A受審人は、平成4年1月に機関長として乗り組み、主機の運転及び保守管理に当たり、主機の排気及び吸気弁のすり合わせを2年毎に修理業者に依頼して行うようにし、同11年1月に定期検査工事で主機の排気及び吸気弁のすり合わせを行った。
相生丸は、前示定期検査工事を終えて操業を続け、主機の運転時間が2,000時間を超えていたところ、主機5番シリンダの右舷側排気弁が、運転時間の経過とともに、弁棒と弁棒案内のすきまが徐々に大きくなり、同すきまから排気ガスが漏洩してシリンダヘッドカバー内の同弁周囲がすすで汚れ始めるとともに、弁棒に倒れが生じ、シート部が片当たりとなり、運転中に高温の排気ガスが吹き抜け、過熱された弁傘部に熱疲労を生じて微小な亀裂が発生し始めていた。
A受審人は、主機の運転管理に当たって、今まで運転に支障がなかったので大丈夫と思い、運転中、シリンダヘッドカバーを取り外し、弁棒と弁棒案内のすきまからの排気ガスの漏洩状況を点検するなどして排気弁の点検を行うことなく、主機5番シリンダの右舷側排気弁の弁棒と弁棒案内のすきまが大きくなり、同すきまから排気ガスが漏洩していたことに気付かず、同弁の弁傘部に前示亀裂が生じたまま主機の運転を続けていた。
こうして、相生丸は、A受審人ほか14人が乗り組み、操業の目的で、船首1.2メートル船尾3.2メートルの喫水をもって、平成11年12月4日08時00分静岡県小川漁港を発し、伊豆諸島大島南方沖合の漁場に向かい、12時30分同諸島の利島周辺に至り、操業を開始したものの、魚影が少ないので、主機の回転数を毎分750の前進にかけて漁場を移動中、15時00分伊豆大島灯台から真方位343度1.4海里の地点において、主機5番シリンダの右舷側排気弁が弁傘部に生じていた亀裂の進展で割損し、脱落した破片の一部が排気ガスとともに過給機に侵入し、主機が異音を発した。
当時、天候は晴で風力5の南西風が吹き、海上は波が高かった。
A受審人は、船尾で操業の準備作業中、異音に気付いて機関室に急行して点検し、異状箇所を見出せなかったものの、操業の継続は困難と判断して事態を船長に報告した。
相生丸は、操業を断念して低速で帰途に就くこととし、主機を極微速力前進にかけたところ、煙突から多量に黒煙を排出するようになり、さらに、風浪が強まってきたので、いったん一旦静岡県伊東港に避泊し、修理業者に依頼して過給機のロータ軸を固定するとともに、主機5番シリンダへの燃料油の供給を遮断して減筒運転のための措置を施し、風浪が静まるのを待ち、再び自力で航行を続けて小川漁港に戻り、主機を精査した結果、前示排気弁がほぼ3分の2周にわたって割損し、5番シリンダのピストンに打傷を、過給機のロータ軸及びノズルリングに亀裂をそれぞれ生じていることが判明し、のち損傷部品の取替えが行われた。
(原因)
本件機関損傷は、機関の運転管理を行う際、主機排気弁の点検が不十分で、運転時間の経過とともに排気弁弁棒と弁棒案内のすきまが増加して弁棒に倒れが生じ、弁棒と弁座の当たりが不良になり、シート部で排気ガスが吹き抜けたまま運転が続けられ、弁傘部が過熱されて熱疲労を生じたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、機関の運転管理を行う場合、主機の運転時間の経過とともに排気弁弁棒と弁棒案内のすきまが大きくなることがあるから、同すきまの変化が分かるよう、運転中にシリンダヘッドカバーを取り外し、同すきまからの排気ガスの漏洩状況を点検するなどして同弁の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、今まで運転に支障がなかったので大丈夫と思い、排気弁の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、同弁弁棒と弁棒案内のすきまから排気ガスが漏洩していたことに気付かず、同すきまが大きくなって弁棒に倒れが生じ、弁棒と弁座の当たりが不良になり、シート部で排気ガスが吹き抜けたまま運転を続け、弁傘部が過熱されて熱疲労を生じる事態を招き、同弁を割損させ、ピストンなどに打傷を、さらに、過給機のロータ軸及びノズルリングに亀裂をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。