(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年7月26日20時05分(日本標準時)
南太平洋
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一精良丸 |
総トン数 |
314.52トン |
全長 |
51.77メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
809キロワット |
回転数 |
毎分680 |
3 事実の経過
第一精良丸(以下「精良丸」という。)は、昭和57年7月に進水した、まぐろはえなわ漁業に従事する鋼製漁船で、主機として、株式会社R(以下「メーカー」という。)製の6MG25CKX型と称するディーゼル機関を装備し、主機と推進軸系に設けた逆転減速機とは、メーカーが製造したBC56C309S型ガイスリンガー継手(以下「継手」という。)を介して接続しており、操業は、ペルー共和国カヤオ港を基地として、同共和国沖合からマルキーズ諸島周辺にかけての南太平洋で1年間行ったのち、40ないし50日間連続して休漁し、休漁期間中に同港もしくは宮城県気仙沼港で船体及び機関の整備をするようにしていた。
継手は、重ね板ばね、中間ブロック、側板等の外周部とインナースターと称する中空軸(以下「インナースター軸」という。)等の内周部とで構成され、外周部が主機後部のフライホイールに、内周部が逆転減速機の入力軸に接続されており、外周部の重ね板ばねは、最も長いロングリーフ2枚とその両側にショートリーフ6枚を重ね合わせたもので、9個の重ね板ばねが放射状に配置されていて、外側が外周部の側板に固定支持され、内側のロングリーフ先端が、インナースター軸のスプライン状の溝(以下「インナースター軸溝」という。)にはめ込まれて自由支持され、主機動力は、外周部から重ね板ばねが回転方向にたわみながら内周部へ伝達されるようになっていた。
また、継手の潤滑油は、逆転減速機の潤滑油系統から3ないし5キログラム毎平方センチメートルの圧力でインナースター軸中空部に供給され、同軸の油孔を通って同軸溝に送られ、継手内部を充満して、ロングリーフ先端と同軸溝との接触面のほか、重ね板ばねたわみ時における各リーフの滑り面を潤滑するなどしたのち、同減速機下部の油だめに戻るようになっていた。
ところで継手は、操業中に前後進の操作が繰り返えされるうえに、これらの操作が急操作となることもあるので、ロングリーフ先端のインナースター軸溝との接触面の摩耗が避けられず、更に幹縄及び枝縄をプロペラに巻き込むこともたまにあり、そのときは同接触面が、金属接触気味となって摩耗を早めることになり、摩耗が進むとついには同先端が折損し、そして全ロングリーフ先端が折損すると主機動力の伝達が不能となるので、メーカーは、継手の保守点検基準として、2年毎に開放点検し、厚さ5ミリメートル(以下「ミリ」という。)のロングリーフ先端が、1ミリ近く摩耗あるいは折損している場合は、ロングリーフを交換するよう取扱説明書で推奨していた。
A受審人は、精良丸建造時に機関関係の艤装員として立ち会い、同船に就航時からしばらく機関長として、平成5年6月から漁労長兼機関長としてそれぞれ乗り組み、操業の指揮監督のほか機関の運転保守管理にも当たり、機関士及び機関員に交代で当直に当たらせ、自らは適宜機関室を見回って当直者から報告を受けていたもので、継手については、同7年5月の定期検査工事において気仙沼市内のメーカー系列会社が開放し、ロングリーフ先端を目視や触手による点検をして摩耗状況に異常のないことを確認し、その後逆転減速機及び継手の潤滑油を年に一度交換したり、こし器を適宜掃除したりするなどして取り扱っていたところ、就航以来交換することなく使用していた9個の重ね板ばねの中に、ロングリーフ先端の摩耗量が1ミリ近くになるものが現れるようになり、このような状況で、同9年10月中間検査工事を施工することになったが、継手に運転上格別問題がなかったことから内部を点検するまでもないと思い、整備業者に指示して開放点検を行わなかったので、ロングリーフ先端の著しい摩耗状態に気付かず、精良丸は、同工事を終えて翌11月から操業を開始した。
その後継手は、ロングリーフ先端の摩耗が更に進行するようになり、精良丸は、同10年11月に1年間の操業を終えてカヤオ港に入港し、休漁期間に入って船体及び機関の整備をすることになったものの、A受審人は、依然として継手の開放点検を行わなかった。
こうして精良丸は、休漁期間を終え、操業の目的で、A受審人ほか22人(内インドネシア人6人、ペルー人6人)が乗り組み、船首3.0メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、同11年1月12日04時00分(以下、時刻は日本標準時で示す。)カヤオ港を発し、同月16日漁場に至って操業を開始し、漁場を移動しながら操業を繰り返していたところ、ロングリーフ先端が摩耗の進行により一部折損するようになり、同年7月26日09時揚縄を開始し、主機を回転数毎分450にかけて3.0ノットの微速力前進中、残りのロングリーフ先端が次々と折損し、20時05分南緯7度44分西経132度04分の地点において、主機の回転が逆転減速機に伝わらなくなり、操舵室に設けられた同減速機の潤滑油圧力低下警報装置が作動した。
当時、天候は晴で風力2の東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、自室で休息中、船長から逆転減速機の警報が作動している旨の報告を受け、機関室に降りて主機後部付近を点検したところ、フライホイールは回転するものの同減速機の入力軸が回転しないので継手の損傷と判断し、前記メーカー系列会社と衛星電話で相談のうえ、継手の外周部側板とインナースター軸とを数枚の鉄板で溶接して応急修理を施した。
精良丸は、残りの揚縄を他船に依頼して、本格的修理のため微速力でタヒチ島パペエテ港に入港し、メーカー系列会社の派遣サービス員が継手を開放したところ、インナースター軸溝に折損したロングリーフのかみ込みによる損傷を認め、同継手を新替えした。
(原因)
本件機関損傷は、主機付ガイスリンガー継手の運転保守管理に当たり、開放点検が不十分で、重ね板ばねのロングリーフ先端が著しく摩耗したまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機付ガイスリンガー継手の運転保守管理に当たる場合、重ね板ばねのロングリーフ先端の著しい摩耗状態を見逃すことのないよう、整備業者に指示して、開放点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、運転上格別問題がなかったことから内部を点検するまでもないと思い、整備業者に指示して、開放点検を十分に行わなかった職務上の過失により、ロングリーフ先端が著しく摩耗した状態で主機の運転を続け、揚縄中に全ロングリーフ先端の折損を招き、主機動力の推進軸への伝達不能を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。