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 海難審判庁裁決録 >  2001年度(平成13年) > 機関損傷事件一覧 >  事件





平成12年仙審第81号
件名

貨物船興力丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成13年6月5日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(大山繁樹、東 晴二、喜多 保)

理事官
岸 良彬

受審人
A 職名:興力丸機関長 海技免状:四級海技士(機関)(機関限定)

損害
主機6番シリンダのシリンダヘッドに亀裂

原因
主機始動弁のガス漏れ点検不十分

主文

 本件機関損傷は、主機始動弁のガス漏れ点検が十分でなかったことと、ガス漏れする始動弁の修理が不能となった際の措置が適切でなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年4月5日17時00分
 岩手県釜石港東方沖合

2 船舶の要目
船種船名 貨物船興力丸
総トン数 499トン
全長 75.37メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 882キロワット
回転数 毎分385

3 事実の経過
 興力丸は、昭和59年8月に進水した石材、鋼材、飼料などの運搬に従事する鋼製貨物船で、主機として、R社が同年7月に製造した6LU28RG型と呼称するディーゼル機関を装備し、主機のシリンダに船首側から順番号を付していた。
 主機のシリンダヘッドには、中央に燃料噴射弁、その前後に吸排気弁、左舷側に弁箱式の始動弁が、いずれも垂直に取り付けられ、同ヘッド左舷側の側面から始動弁孔まで鋳抜いてある始動空気入口孔に、始動空気入口主管から分岐した始動空気入口管が接続されていた。なお、同ヘッドにはシリンダヘッドカバーが設けられていなかった。
 主機の始動空気は、始動空気だめの元弁及び主機燃料ハンドル上方に設けた始動空気弁を経て始動空気入口主管を通り、各シリンダの始動空気入口管を分岐して始動弁の弁箱内に導かれる一方、同主管から枝管でカム軸船尾側の始動空気管制弁に至って制御空気として分岐し、各シリンダ始動弁の頂部に導かれており、主機始動の際は、主機燃料ハンドルを始動位置にして始動空気弁を開弁すると、同管制弁の作動によりタイミング順に各シリンダの始動弁弁体が制御空気で押し下げられ、当該シリンダに始動空気が投入されてクランク軸が回転するので、始動空気弁を閉止して燃料運転に切り替えるようになっていた。
 A受審人は、平成11年3月興力丸に一等機関士として乗り組み、同年10月7日から機関長職を執るようになり、また、同船は、例年6ないし7月に入渠して船体及び機関の整備を行っていたもので、同11年7月の合入渠工事においても、整備業者が主機各シリンダのシリンダヘッドを開放し、始動弁を含む付属弁のすり合せを行って同工事を終え、翌8月から運航を開始した。
 興力丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、川砂1,500トンを積み、船首3.55メートル船尾4.60メートルの喫水をもって、同12年4月4日10時15分北海道白老港を発し、主機を回転数毎分350にかけて全速力で千葉港に向かったところ、主機は、出港に先立って始動された際、たまたま6番シリンダの始動弁に始動空気中に含まれていた異物を噛み込んで弁座に傷を生じ、これより燃焼ガスが微少漏洩(びしょうろうえい)するようになった。
 出港後主機は、6番シリンダの始動弁から燃焼ガスの漏洩量が次第に多くなって、始動弁や始動空気入口管が熱くなり始めたが、A受審人は、主機始動直後に各シリンダの始動空気入口管を触手して熱くなかったことから、始動弁のガス漏れはないものと思い、主機の回転数が毎分350に上昇して運転状態が落ち着いたところで、各シリンダの始動弁や始動空気入口管を触手するなどの十分な始動弁のガス漏れ点検を行わなかったので、6番シリンダ始動弁のガス漏れに気付かず、その後、同始動弁から燃焼ガスの漏洩が進行する状況となったものの、依然同弁のガス漏れ点検を行わなかった。
 翌5日03時20分ごろ興力丸は、岩手県宮古港北東方30海里ばかり沖合を航行中、6番シリンダ始動弁の燃焼ガスの漏洩が更に進行し、当直中の一等機関士が、同シリンダの始動空気入口管が過熱して表面のペンキが焦げて煙が出ていることに気付き、同一等機関士から報告を受けたA受審人が自室から機関室に赴き、主機を停止して同始動弁を抜き出そうとしたが、弁箱が熱変形していて抜けず、同始動弁の修理のため漂泊することにした。
 A受審人は、6番シリンダの始動弁をシリンダヘッドに装着したまま、潤滑油と軽油を弁頭に注油し、弁棒頭部をスパナで挟みながらすり合わせ修理に当たり、次いで同シリンダの始動空気入口管をシリンダヘッドから取り外し、主機を始動して燃焼ガスの漏洩の有無を確認したところ、少量漏洩していることを認め、これらの作業を何回か繰り返してみたものの、燃焼ガスの漏洩を止めることができなかった。
 このとき興力丸は、予備のシリンダヘッド及び始動弁を保有しておらず、洋上での修理ができない状況であったが、A受審人は、速やかに最寄りの港に入港し、修理業者に依頼して始動弁のすり合わせや新替えをするなどの適切な措置をとることなく、応急措置として同シリンダの始動空気入口孔を厚さ5ミリメートルの鉄板で塞(ふさ)ぎ、主機の運転を継続することとした。
 興力丸は、同日12時00分千葉港に向けて漂泊地点を発進し、主機を回転数毎分300にかけて7ノットの半速力で航行中、6番シリンダの始動弁から燃焼ガスの漏洩が再び進行するようになり、やがて過熱により同シリンダの始動弁が焼き付くとともに始動空気入口孔の周囲壁に亀裂が生じ、17時00分御箱埼灯台から真方位082度8.5海里の地点で、亀裂が冷却水側まで貫通して冷却清水が漏洩し、同シリンダのシリンダヘッド周辺から水蒸気が立ち上がった。
 当時、天候は雨で風力3の南東風が吹き、海上には多少波があった。
 A受審人は、自室で休憩中、異常に気付いた当直中の一等機関士から連絡を受けて機関室に赴き、主機停止後、鉄板で塞いでいた6番シリンダの始動空気入口孔付近から水蒸気が、シリンダジャケットとシリンダヘッド冷却水室とを結ぶ連絡管取付け部からゴムパッキンの溶損により冷却水がそれぞれ噴き出し、また、冷却清水膨張タンクがほとんど空になっているのを認め、シリンダヘッドに亀裂が生じたものと判断し、船長に主機の運転が不能となった旨を報告した。
 興力丸は、手配したタグボートに曳航されて岩手県釜石港に入港し、同港において、修理業者が主機6番シリンダのシリンダヘッドに亀裂及び始動弁を新替えした。

(原因)
 本件機関損傷は、主機の運転に当たり、始動弁のガス漏れ点検が不十分で、6番シリンダの始動弁から燃焼ガスが漏洩したまま主機の運転が続けられたことと、ガス漏れする始動弁が洋上において修理不能となった際の措置が不適切で、続航中にガス漏れが進み、シリンダヘッドが著しく過熱したこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、主機の運転に当たる場合、始動弁弁座に錆を噛み込むなどして燃焼ガスが漏洩しても、始動直後では漏洩量が少ないと発見できないことがあるから、ガス漏れを見逃すことのないよう、主機の運転状態が落ち着いたところで、始動弁や始動空気入口管を触手するなどして、始動弁のガス漏れ点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、始動直後に始動空気入口管を触手して熱くなかったことから始動弁のガス漏れはないものと思い、主機の運転状態が落ち着いたところで、始動弁や始動空気入口管を触手するなどの十分な始動弁のガス漏れ点検を行わなかった職務上の過失により、6番シリンダの始動弁から燃焼ガスが漏洩していることに気付くのが遅れ、同始動弁の修理不能を招き、応急措置を施して続航中、同シリンダのシリンダヘッドに過熱により亀裂を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。 





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