(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年12月6日12時30分ごろ
兵庫県姫路港
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船きく丸 |
総トン数 |
186.91トン |
全長 |
39.40メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
349キロワット(計画出力) |
回転数 |
毎分378(計画回転数) |
3 事実の経過
きく丸は、昭和54年10月に進水し、専らC重油の輸送に従事する油送船で、R社製のS23G型と称するディーゼル機関を主機として装備し、その船尾側にクラッチ式の減速逆転機を備え、主機の船首側動力取出軸で貨物油ポンプを駆動できるようになっていた。また、同船は、船橋からクラッチの切替え操作と主機の回転数制御ができ、船橋内に設けられた警報盤には、主機の潤滑油圧力計は組み込まれていなかったものの、主機の回転計や潤滑油圧力低下警報装置などが組み込まれていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部の油だめの潤滑油が、直結駆動の潤滑油ポンプまたは手動発停の電動歯車式の予備潤滑油ポンプで吸引・加圧され、潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経て入口主管に至り、同主管から主軸受やクランクピン軸受などに供給されたのち油だめに戻って循環するようになっていた。また、同系統には、入口主管に潤滑油圧力低下警報装置用の圧力検出端が設けられ、常用回転数において約3.0キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の潤滑油圧力が2.0キロまで低下すると同装置が作動し、機関室及び船橋の各警報盤で警報ランプが点灯すると同時に警報ブザーが鳴るようになっていたが、潤滑油圧力低下トリップ装置は設けられていなかった。
A受審人は、平成11年7月30日に機関長として本船に乗り組み、1人で機関の運転と保守管理にあたるほか出入航作業や荷役作業にも従事しており、主機については、機側で発停を行い、全速力前進時の回転数を毎分350までとし、潤滑油圧力が低下すれば潤滑油こし器を開放掃除するなどして運転管理を行っていたものの、警報装置の電源スイッチについては、出航作業終了後などに主機の回転数が上昇してから投入するようにしていた。
ところで、主機の潤滑油こし器は、ゴーズワイヤ製の複式こし器で、金網を張ったこし筒2個を本体内に並列に組み込み、切替えコックを操作することによって、両こし筒への油路を閉止状態にすることも、こし筒を片方ずつまたは両方同時に通油状態にすることも可能な構造となっており、通油状態は同コック頂部のT字形の刻印で確認できるようになっていたが、長年の使用で同刻印が薄くなっていたうえ、同こし器の近くに照明がなかったことから、同刻印が見にくい状況となっていた。
同年12月5日、きく丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、C重油102キロリットルを積載し、08時20分ごろ大阪港堺泉北区を発し、14時00分ごろ兵庫県姫路港飾磨区第1区の錨地に錨泊した。
A受審人は、主機の停止時に潤滑油圧力が少し低下しているのに気付き、潤滑油こし器の切替えコックをほぼ閉止状態として同こし器を開放し、掃除終了後に同こし器を復旧したが、その際、少し疲れていて早く自室に戻りたかったためか、開放前に切替えコックを操作したことを失念し、同コック頂部の刻印を一瞥しただけで通油状態になっているものと思い、切替え位置を十分に確認しなかったので、同コックがほぼ閉止状態のままであることに気付かなかった。
翌6日08時00分A受審人は、船長からの連絡を受けて機側で主機を始動したが、主機の始動後に計器板上の潤滑油圧力計を十分に点検しなかったので、依然、潤滑油こし器の切替えコックがほぼ閉止状態のままで、潤滑油量が不足して同油圧力が著しく低下していることに気付かず、いつものとおり警報装置の電源スイッチを投入せずに船首に赴いて揚錨作業に取り掛かった。
こうして、きく丸は、08時15分低速力でシフトを開始し、同時25分姫路港飾磨区第1区の船場川岸壁に着岸して通関手続きを終え、同時40分同岸壁を発して09時15分同港広畑区第1区の鴨田岸壁に着岸し、貨物油ポンプを運転して揚荷役を行ったのち、船首2.5メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、12時20分同岸壁を発して香川県丸亀港に向かい、主機の回転数を徐々に増加させながら航行していたところ、負荷の増加に伴い、主軸受及びクランクピン軸受の潤滑が阻害されて同軸受メタルが焼き付き始め、12時30分ごろ広畑東防波堤灯台から真方位234度560メートルの地点において、出航配置を終えて機関室に戻ったA受審人により、主機のクランク室ドアが異常に発熱しているのが発見された。
当時、天候は曇で風力3の北西風が吹き、海上には少し白波があった。
A受審人は、主機計器板上の潤滑油圧力計の示度が著しく低下し、潤滑油量は正常であるものの潤滑油ポンプの運転音が高く、かつ予備潤滑油ポンプを運転しても潤滑油圧力が上昇しないことを認め、12時35分ごろ主機を停止して各部を点検したところ、潤滑油こし器の切替えコックがほぼ閉止状態で、同こし器のこし筒にホワイトメタルが付着しているのを発見するとともに、同コックを通油状態に戻して予備潤滑油ポンプを運転すると潤滑油圧力が2.5キロ近くまで上昇するのを確認した。
その後、きく丸は、予備潤滑油ポンプを運転して丸亀港まで低速力で航走し、同港において手配していた修理業者によって主機各部が精査された結果、すべての主軸受メタル及びクランクピン軸受メタルが焼損していたほか、クランク軸やシリンダライナ等にも損傷が判明したので、のち、焼損した軸受メタルを新替えするとともに損傷したクランク軸やシリンダライナを研磨するなどの修理を行った。
(原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油こし器開放掃除後の同こし器切替えコック位置の確認と、その後に主機を始動した際の潤滑油圧力計の点検がいずれも不十分で、潤滑油こし器の油路がほぼ閉塞されて潤滑油量が不足し、同油圧力が著しく低下した状態のまま、主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機潤滑油こし器を開放掃除して復旧した場合、開放前に切替えコックを操作したのであるから、同コックの切替え位置の確認を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、潤滑油こし器の開放前に同こし器の切替えコックを操作したことを失念し、同コック頂部の刻印を一瞥しただけで通油状態になっているものと思い、同コックの切替え位置を十分に確認しなかった職務上の過失により、潤滑油こし器の油路がほぼ閉塞されて潤滑油量が不足し、同油圧力が著しく低下した状態のまま、主機の運転を続けて主機各部の潤滑阻害を招き、主軸受メタル及びクランクピン軸受メタルを焼損させたほか、クランク軸やシリンダライナ等にも損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。