(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年2月5日06時00分
宮城県金華山東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第三十六義栄丸 |
総トン数 |
137トン |
登録長 |
29.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
441キロワット |
回転数 |
毎分385 |
3 事実の経過
第三十六義栄丸(以下「義栄丸」という。)は、昭和48年3月に進水した、主にいか釣り漁業に従事する鋼製漁船で、主機として株式会社Iが製造した6M26KGHS型と呼称するディーゼル機関を装備し、主機の右舷側に1号主発電機を、左舷側に2号主発電機をそれぞれ配置し、各主発電機駆動用原動機を1号補機、2号補機と称していた。
主機の冷却は海水冷却式で、海水が船底外板に設けた海水吸入口から主機直結の冷却水ポンプにより海水吸入弁、こし器を通して吸引され、潤滑油冷却器及び空気冷却器を経て主機の冷却水主管に入り、各シリンダの枝管を分流してシリンダライナ、シリンダヘッドを順に冷却したのち冷却水出口集合管に至り、船外弁を経て船外に放出されるようになっており、海水吸入口には、海中の浮遊物等の侵入を防ぐため孔の多数あいた鋼板のこし網が取り付けられ、また、主機冷却水の応急系統として、冷却水ポンプ吐出管に雑用水系統の海水管が接続されていた。
主機の警報装置は、警報盤が機関室後壁及び操舵室左舷壁に設けられ、各警報盤には冷却水温度上昇、潤滑油圧力低下などの警報表示灯のほか、警報ブザーが組み込まれていた。また、主機の冷却水温度上昇警報は、冷却水温度を冷却水出口集合管に取り付けた感温筒で検出し、同温度が設定温度の摂氏55度(以下、温度単位は「摂氏」を省略する。)以上に上昇すると温度スイッチが作動して、警報盤が温度スイッチから電気信号を受けるようになっており、同スイッチには、温度設定用調整ねじが取り付けられていた。
A受審人は、昭和63年義栄丸に機関長として乗り組み、機関の運転及び保守に携わっていたところ、主機冷却水温度上昇警報の設定温度が、機関振動などの影響を受けていつしか所定の55度から100度付近に移動していたが、例年3ないし5月ごろ行う機関整備などにおいて、温度スイッチの温度設定用調整ねじを調整するなどして、同温度上昇警報の作動確認をしたことがなく、平成9年3月ごろ入渠して機関整備したときも、依然同温度上昇警報の作動確認を行わなかったので、設定温度が100度付近に移動していることに気付かなかった。
義栄丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、船首2.2メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、平成10年1月7日08時00分八戸港を発し、同日夕刻宮城県金華山東方沖合の漁場に至り、漁場を移動するとき以外主機を停止して操業を続けていた。
越えて2月5日早朝、義栄丸は、魚群探索のため漁場を移動することになり、04時30分A受審人が主機を始動して暖機運転を開始したが、主機冷却水の海水吸入口に海中の浮遊物が張り付いて海水の吸引量が減少し、05時00分漁場の移動を開始して主機の負荷が増加するとともに次第に冷却水温度が上昇し、所定の設定温度55度を超えたものの警報が作動せず、そのうち冷却水温度が更に上昇するようになり、主機を回転数毎分330にかけて5ノットで魚群探索中、同時50分同人は、1号補機後方で同補機の燃料油こし器エレメントの掃除をしていたところ、警報ブザーが鳴っているのに気が付き、警報盤で冷却水温度上昇の警報表示灯が点灯しているのを見て直ちに主機を停止した。
A受審人は、各シリンダの冷却水出口温度計が100度前後を示していることや、シリンダヘッド付近の熱気などから主機が冷却水不足により過熱しているのを認めたが、少しでも早く主機を冷まそうと思い、雑用ポンプを運転して応急系統から主機へ低温の海水を通水し、自然に冷却するのを待つなどの過熱した主機に対する適切な冷却措置を行わなかったため、06時00分北緯38度50分東経145度20分の地点において、主機が急冷されて全シリンダのシリンダヘッドが不同収縮し、排気弁孔付近の冷却水路壁面から触火面を貫通する微小な亀裂が発生した。
当時、天候は曇で風力3の北風が吹き、海上には多少波があった。
A受審人は、冷却海水系統のこし器を開放してみたがごみなどによる目づまりもなく、主機をターニングしながら各部の調査に当たり、インジケータ弁から湯気が出てきたので、2番シリンダの吸気弁を取り外して燃焼室を点検し、ピストン頂面が濡れていることから、シリンダヘッドに亀裂を生じて冷却水が漏洩したものと判断したが、漏水量が微少であることから主機の再始動を試みたところ、海水吸入口に張り付いていた浮遊物が停止中に離脱していて冷却水圧力に異常がないことを知り、主機の低速運転が可能である旨を船長に報告した。
義栄丸は、操業を打ち切り、主機回転数を毎分270の微速力で八戸港に帰港し、のち修理業者が全シリンダヘッドを新替えし、A受審人は、冷却水温度上昇警報の温度スイッチの設定温度を調整し、55度で同温度警報が作動することを確認した。
(原因)
本件機関損傷は、主機冷却水温度上昇警報の作動確認が不十分で、冷却海水吸入口に海中の浮遊物が付着して冷却海水の吸引量が減少し、冷却水温度が所定の警報設定温度に達した際、同温度上昇警報が作動せず、主機の冷却が阻害されたまま運転が続けられたことと、過熱した主機に対する冷却措置が不適切で、応急系統から低温の海水が通水され、シリンダヘッドが急冷されて不同収縮したこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、冷却水不足により主機の過熱を認めた場合、急激に冷却水を通水すると主機各部が不同収縮して亀裂を生じることがあるから、急冷されることのないよう、自然に冷却するのを待つなどして過熱した主機に対する冷却措置を適切に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、少しでも早く主機を冷まそうと思い、応急系統から低温の海水を通水し、自然に冷却するのを待つなどの過熱した主機に対する適切な冷却措置を行わなかった職務上の過失により、主機の急冷を招き、全シリンダヘッドに亀裂を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。