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平成12年横審第79号
件名

貨物船第二十五豊玉丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成13年4月13日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(吉川 進、西村敏和、平井 透)

理事官
井上 卓

受審人
A 職名:第二十五豊玉丸機関長 海技免状:四級海技士(機関)(機関限定)
指定海難関係人
R株式会社 業種名:ポンプ製造業

損害
主軸受及びクランクピン軸受が損傷

原因
主機潤滑油の性状試験結果の確認不十分

主文

 本件機関損傷は、主機潤滑油の性状試験結果の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年12月30日11時00分
 熊野灘

2 船舶の要目
船種船名 貨物船第二十五豊玉丸
総トン数 499トン
登録長 66.11メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 735キロワット
回転数 毎分240

3 事実の経過
 第二十五豊玉丸(以下「豊玉丸」という。)は、平成8年10月に進水した、主として砕石、スクラップ等の輸送に従事する貨物船で、主機として株式会社G製造の6M34BGT型と称するディーゼル機関を、また補機として容量150キロボルトアンペアの発電機を駆動するディーゼル機関をそれぞれ装備していた。
 主機は、トランクピストン型で、クランクピン軸受及び主軸受に、鋼製の裏金にケルメットを鋳込み、表面に鉛錫合金のオーバーレイを施した、いわゆる三層メタルが用いられ、燃料として航海中はC重油を使用していた。
 主機の潤滑油系統は、容量5,500リットルの二重底内潤滑油サンプタンクの潤滑油が、主機直結の潤滑油ポンプ又は電動の予備潤滑油ポンプに吸引され、約5キログラム重毎平方センチメートル(以下、圧力は「キロ」で表示する。)に加圧されて潤滑油冷却器、潤滑油こし器を経て主軸受、クランクピン軸受、ピストンピンを順次潤滑したのちクランクケースに落ち、再びサンプタンクに戻るようになっており、同こし器出口には余剰の潤滑油をクランクケースに逃がして圧力上昇を防止する油圧調整弁が設けられていた。また、主機運転中、潤滑油圧力が2.5キロ以下に低下すると予備潤滑油ポンプが自動始動し、更に2.2キロまで低下すると圧力低下警報が作動して機関室のベル及び船橋のブザーが吹鳴し、1.5キロになると保護装置が作動して主機を自動停止するようになっていた。
 主機の潤滑油は、酸性物質を中和するアルカリ性成分の添加率(以下「TBN値」という。)で示されるアルカリ価が31.0のものが使用され、潤滑油サンプタンクから前示配管とは別に、遠心式潤滑油清浄機(以下「清浄機」という。)に吸い上げられ、適性温度に加熱のうえ遠心清浄され、C重油の燃焼によって潤滑油中に混入した燃焼生成物が除去されて再び同タンクに戻るようになっていた。
 予備潤滑油ポンプは、R株式会社(以下「R社」という。)が製造したM−40B型と称する横型歯車ポンプで、鋳鉄製のケーシング内に炭素鋼製のはすば歯車2対を主動歯車及び従動歯車として組み込み、各歯車を貫通して支える炭素鋼製の主動軸及び従動軸を鉛青銅製の軸受ブッシュで支えていた。また、主動軸には入力側に、従動軸には反入力側にそれぞれ歯車を受け止めるカラーがあり、カラーに当たるまで両軸を歯車の穴に挿入して歯車を取り付けるもので、カラーの根元には半径1.5ミリの丸みが付けられていた。
 豊玉丸は、平成8年12月に就航して以来、停泊中は補機の運転時間を節約するため、清浄機が停止され、潤滑油の清浄が航海中に限定されていたので、燃焼生成物が十分に除去されず、主に同生成物中の硫黄酸化物によって潤滑油の性状が早期に劣化するおそれが生じていた。
 一方、予備潤滑油ポンプは、主動軸及び従動軸のカラー根元の丸みがわずかに少なく製作され、同部に曲げ応力が集中しやすくなっており、平成9年2月22日、出港前の暖機運転に備えて始動された際、異物を噛み込んだかして、主動軸がカラーの根元で折損し、従動軸のカラー根元にも亀裂(きれつ)を生じ、翌23日にR社から送られた主動軸の予備品が組み込まれ、組み立てられたが、A受審人が従動軸を詳しく点検しなかったので、同軸の亀裂が確認されなかった。
 指定海難関係人R社品質管理部品質管理課は、当時の責任者が訪船し、折損した予備潤滑油ポンプ主動軸のカラーの根元に丸みが少なかったことを認めたが、同ポンプが既に組み立てられていたので、従動軸を点検しないまま、異状があれば連絡して欲しい旨A受審人に伝え、その後、予備のポンプ一式を豊玉丸向けに製作して工場に保管した。
 A受審人は、定期的に主機の潤滑油サンプルを採取し、業者に性状試験を依頼していたが、潤滑油サンプタンクの保有量が減少した際に補給していたので大丈夫と思い、返送された潤滑油性状試験成績報告書に記載の性状試験結果を十分に確認することなく、潤滑油中の燃焼生成物によって潤滑油のアルカリ価が減少し、平成10年3月にはTBN値が14.50まで低下して、潤滑油の全量新替えないしは部分取替えの目安である管理基準15.50を下回り、更に同年9月の試験成績報告書には同値が12.4まで低下して潤滑油の新替えが勧められていたが、これに気付かず、潤滑油を取り替える措置をとらなかった。
 豊玉丸は、主機が年間5,000時間ほど運転され、就航後最初の1年間は順次ピストンの点検を行った際にクランクピン軸受が点検されたが、その後は軸受類の点検が行われていなかった中で、潤滑油のアルカリ価の低下に伴い、面圧の大きい軸受メタルのオーバーレイが異常摩耗して軸との隙間が増加し、一方、予備潤滑油ポンプでは、出入港の都度、主機の始動前と停止後の各30分間運転されるうち、従動軸のカラー根元に生じていた亀裂が回転ごとにかかる曲げ応力によって進展した。
 A受審人は、平成11年3月ごろ主機の潤滑油圧力の低下に気付き、圧力調整弁を絞って適正値に戻し、更に同年9月から11月にかけて度々圧力調整を行い、同調整弁を開放して点検したり、同年12月には再三潤滑油こし器が閉塞してその都度掃除を行ったが、なおも潤滑油の性状劣化に気付かないまま運転を続けた。
 こうして、豊玉丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、スクラップ592トンを載せ、船首2.4メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、平成11年12月29日11時25分茨城県日立港を発し、主機を回転数毎分130にかけて山口県徳山下松港に向け航行中、主軸受及びクランクピン軸受メタルの軸隙間が増加し、翌30日10時40分ごろ主機の潤滑油圧力が2.5キロまで低下したので、予備潤滑油ポンプがバックアップのため自動始動したところ、同ポンプ従動軸が折損し、片持ちになった従動歯車がケーシング内面を削り始め、11時00分大王埼灯台から真方位166度13海里の地点で、同ポンプが過電流リレーの作動で停止し、潤滑油圧力低下警報が吹鳴した。
 当時、天候は晴で風力2の北西風が吹いていた。
 A受審人は、主機の後方で作業しながら警報ベルに気付き、主機ハンドル前の圧力計を見て潤滑油圧力が1.8キロまで低下しているのを認め、ただちに予備潤滑油ポンプを始動しようとしたが、機関制御盤に異常停止の赤ランプ表示が出ていたので、対応を考えているうちに潤滑油圧力が更に低下し、11時05分主機が自動停止した。
 A受審人は、主軸受及びクランクピン軸受が損傷し、潤滑油こし器に金属粉が多量に詰まっているのを認めた。
 豊玉丸は、予備潤滑油ポンプが運転できなくなったので、A受審人が保護装置をバイパスして主機を始動し、航行を続けようとしたが、すべての軸受が過熱してまもなく運転不能となり、漂流していたところ、救助を依頼した引船が来援し、山口県徳山下松港に引き付けられた。
 のち精査の結果、すべての主軸受及びクランクピン軸受がケルメットないしは裏金が露出し、クランク軸のクランクピン及びジャーナル部が異常摩耗して使用不能となっており、ピストンピンメタルの焼損した連接棒等と併せて損傷部が取り替えられ、予備潤滑油ポンプが保管中のポンプと取り替えられた。

(原因の考察)
 本件機関損傷は、主機の各軸受が潤滑油の性状劣化によって異常摩耗したもので、その原因と予備潤滑油ポンプの従動軸折損との関連を考察する。
1 潤滑油の性状と主機の各軸受の異常摩耗
(1)主機の潤滑油は、豊玉丸の就航後半年でグレードが上げられているが、基本 的に同じヘビーデューティーオイルが使用され、過酷な使用条件で潤滑油が酸 化しても性能を維持し、C重油燃焼による硫黄酸化物が酸素、水と化合して希 硫酸となり、潤滑油中に入っても、アルカリ性成分がこれを中和し、分散させ て、潤滑油の働きが短期間で損なわれないものであった。加えて、清浄機は、 燃焼生成物や清浄分散された化合物を除去し、潤滑油全体の急激な劣化を防ぐ ことができるもので、主機の運転及び停止に係わらず清浄機を連続運転すれば、 潤滑油中のアルカリ性成分の消耗を少なくし、潤滑油の性状をより長く保つこ とができるようになっていた。
(2)豊玉丸は、発電機の運用上の理由から清浄機の連続運転が行われておらず、
せっかくの清浄機が、潤滑油の性状保持機能を十分に発揮していたとは言い難く、平成9年以降の潤滑油性状試験結果報告書各写中のアルカリ価と動粘度の推移を見ると、潤滑油の性状劣化が顕著に現れている。この間に主機の各軸受は、摩耗が進行して隙間が増大し、そのことが潤滑油圧力の低下として現れ、平成11年3月以降本件発生まで潤滑油圧力の調整が行われることとなったと考えるのが自然である。
 すなわち、主機の各軸受の異常摩耗は、潤滑油の性状劣化によるもので、予備潤滑油ポンプの異状とは関連なく進行したと考えることができる。
2 予備潤滑油ポンプの異状との関係
 本件発生後、予備潤滑油ポンプの従動軸が折損し、ケーシングが削除されているのが発見されたが、そこに至る経過を検討してみる。
(1)従動軸の破断
 予備潤滑油ポンプは、就航から約3箇月後、主動軸の折損を生じ、従動軸の状態が確認されないまま、新しい主動軸が組み込まれ、過電流によって1回停止したことを除いて、本件発生直前の日立港出港まで、ポンプとしての機能を発揮して運転を続けていた。
 本件後、従動軸の破断面には、貝殻模様がはっきり見られ、最初の亀裂発生箇所を起点として同軸に繰り返し曲げ応力が加わった様子がうかがえる。同軸に加わる繰返回数は、同ポンプの回転速度と運転時間から計算すると、主動軸折損後の約2年10箇月としても、10の8乗回のオーダーに達している。疲れ破断繰返数と最終破面率との相関図の範囲を外れて、本件時の破面率は極めて小さく、繰返数がむしろ10の8乗の領域となっている点と合致する。就航当時から従動軸に欠陥があったか、あるいは主動軸折損の際に亀裂を生じたか、いずれにしても同ポンプの運転の経過で繰り返し曲げ応力が作用して従動軸が折損したものと考えるのが相当である。
(2)ケーシングの切削
 一方、予備潤滑油ポンプは、ケーシングが異状に削られていたが、構造上、従動軸の亀裂の進展とケーシングの切削との同時進行はあり得ず、あくまでも同軸折損の結果、片持ちとなった従動歯車がケーシングを削ったと考えなければならない。
 R社が本件発生直後に行った、同型ポンプによる軸折損の実機テストでは、従動軸が片持ち状態でポンプケーシングを削った経過が記録され、本件当時の削り深さまで約20分間の運転で到達したことが示されている。本件当時、入力側が最小深さで、支持がなくなった反入力側が最大深さになるようケーシングが削られた状況は、同テストでも同じように再現されており、歯車がケーシングに押しつけられる機構を考えると首肯できるものである。テストでは切削摩擦が過大であったためか、片持ち状態では連続した運転ができず、停止と始動を繰り返したと報告されているが、本件当時の予備潤滑油ポンプは主機直結潤滑油ポンプの吐出圧力が極端に低下していた状況で並列運転されており、A受審人の当廷における供述から、本件当時、予備潤滑油ポンプの電流が過電流リレーが作動しないぎりぎりの値であったと認められ、高い電流値ながらも停止しないまま、本件発生時までケーシングを削ったものと考えられる。
(3)従動軸折損の時期
 A受審人の当廷における供述によれば、本件発生前日の日立港出港時、主機始動前に予備潤滑油ポンプを運転した際に潤滑油圧力や運転音に異状が認められていない。したがって、従動軸の折損は出港後と考えるのが自然で、本件発生直前に潤滑油圧力の低下が生じていた状況から、航海中、主機直結潤滑油ポンプの吐出圧力が低下して予備潤滑油ポンプが自動始動し、その際に同軸が折損してケーシングが削られ始め、本件発生当時まで削っていったと推定される。
 なお、ケーシング内面の切削の結果、微細な鉄粉が潤滑油系統に送られているが、同軸の折損が本件発生の直前であれば、鉄粉による影響が主機各軸受の表面に大きな傷跡を残したとは考えにくく、損傷状況写真写で見る軸受表面との矛盾はない。
 以上を総合して、主機潤滑油の性状が劣化して各軸受が異常摩耗したことが本件発生の原因であり、同時に亀裂が進行して予備潤滑油ポンプの従動軸が折損したことは、本件発生とは直接関連がないと考えるのが相当である。

(原因)
 本件機関損傷は、C重油を燃料とする主機の潤滑油の性状管理に当たり、定期的に採取された潤滑油サンプルの性状試験が行われた際、試験結果の確認が不十分で、燃焼生成物によってアルカリ価が大幅に減少した潤滑油が取り替えられないまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は、主機の潤滑油の性状管理に当たる場合、同油のサンプルを定期的に採取し、業者に性状試験を依頼していたのであるから、同油の性状試験結果を十分に確認すべき注意義務があった。しかるに、同人はサンプタンク中の潤滑油の減少分を補給しているので大丈夫と思い、同油の性状試験結果を十分に確認しなかった職務上の過失により、アルカリ価が大幅に減少していることに気付かず、潤滑油を取り替えないまま主機の運転を続け、主軸受及びクランクピン軸受のオーバーレイが溶出する事態を招き、ケルメットや裏金が露出してクランク軸を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 指定海難関係人R社品質管理部品質管理課の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。 





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