(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年11月17日14時50分
北海道羅臼港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第五十八妙力丸 |
総トン数 |
9.7トン |
全長 |
19.38メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
308キロワット |
回転数 |
毎分2,100 |
3 事実の経過
第五十八妙力丸(以下「妙力丸」という。)は、平成2年9月に進水した、刺し網漁業及びいか一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、船体中央部に操舵室、同室下部に機関室及び賄室、上甲板下部の船首側に魚倉、同船尾側に船員室及び操舵機室がそれぞれ配置されていた。機関室には、中央部に三菱重工業株式会社が製造したS6BF−MTK−2型と呼称するディーゼル機関の主機、左舷側に同機ベルト駆動の直流発電機や操舵機用油圧ポンプ、上部にいか釣り機用分電盤等を備えていた。
主機は、機関の左舷船尾側に直流電圧24ボルト定格出力6キロワットの始動電動機を付設したもので、操舵室の計器盤に装備されている始動スイッチの操作により同電動機が作動し、遠隔始動及び停止が行われるようになっていた。
主機の始動用電源は、船員室に直流電圧12ボルト容量200アンペア時の蓄電池の2個直列組及び蓄電池スイッチが設置されており、同蓄電池組の陽極端子及び陰極端子と始動電動機のプラス側端子及びマイナス側端子との電路には、軟銅より線をビニール絶縁体で被覆した外径18.6ミリメートルの自動車用低圧電線(以下「始動用蓄電池電線」という。)が同電動機の両端子に接続する他系統の各電線とともに束ねられて機関室の左舷側壁沿いに配線され、マイナス側端子が機関台に接続されていた。また、同電路は、絶縁抵抗の測定について取扱説明書で特に指示されていなかった。
A受審人は、妙力丸に就航以来船長として乗り組み、操船のほか機関の運転保守にあたり、平成11年5月16日いか一本釣り漁業を開始し、漁場を移動しながら操業を続け、越えて11月3日から北海道羅臼港を基地として根室海峡の漁場で操業を繰り返した。
妙力丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、同月15日漁場から羅臼港に帰港し、漁獲物の水揚げ後、船首0.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、羅臼港第3南防波堤岸壁の遊漁船に接舷して係留した。
A受審人は、翌々17日14時30分に出航準備作業を開始し、機関室で主機の潤滑油量を確かめ、操舵室で同機を遠隔始動した後、蓄電池スイッチを切らないまま、機関のクラッチを中立として回転数毎分800にかけた。
ところが、主機は、始動電動機が通電された際、同電動機付近でそのプラス側端子に接続する始動用蓄電池電線被覆が束ねられた各電線と擦れ合い漏電したことにより過熱して着火し発煙する状況となった。
しかし、A受審人は、主機の始動前に異状がなかったから大丈夫と思い、始動後に機側で運転状態を点検しなかったので、始動電動機付近で発煙している状況に気付かず、操舵室から甲板員による船首及び船尾係留索の取外し作業を見ていた。
こうして、妙力丸は、前示被覆の着火が始動用蓄電池電線を伝わり周囲に燃え移って炎上し、14時50分羅臼港第3西防波堤灯台から真方位010度170メートルの係留地点において、機関室が火災となった。
当時、天候は曇で風がほとんどなく、港内は穏やかであった。
A受審人は、操舵室で主機遠隔操縦台の下方から黒煙が漏れ出ていることを認め、機関室の火災を発見し、僚船の雑用ポンプで同室内に放水して消火活動を行い、14時55分に鎮火させた。
火災の結果、妙力丸は、主機の始動電動機ほか電装品、直流発電機の電圧調整器、操舵機用油圧ポンプ、いか釣り機用分電盤及び機関室壁等が焼損したが、修理された。
(原因)
本件火災は、主機始動後の運転状態の点検が不十分で、始動の際に機関室内の始動電動機付近で始動用蓄電池電線被覆が漏電により過熱して着火し、周囲に燃え移ったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、出航にあたり操舵室で主機を遠隔始動した場合、異状が察知できるよう、始動後に機側で運転状態を十分に点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、主機の始動前に異状がなかったから大丈夫と思い、始動後に機側で運転状態を十分に点検しなかった職務上の過失により、始動電動機付近で発煙している状況に気付かないまま、始動用蓄電池電線被覆の漏電による着火を周囲に燃え移らせて機関室の火災を招き、同電動機ほか主機の電装品、直流発電機の電圧調整器、操舵機用油圧ポンプ、いか釣り機用分電盤及び機関室壁等を焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。