(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年5月14日01時50分
紀伊水道沼島南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船律和丸 |
総トン数 |
199トン |
全長 |
46.40メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
441キロワット |
船種船名 |
引船海王丸 |
総トン数 |
49.20トン |
登録長 |
18.43メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
478キロワット |
船種船名 |
はしけ福美丸 |
はしけ(イ)6号 |
総トン数 |
約547トン |
約601トン |
全長 |
43メートル |
43メートル |
幅 |
10メートル |
11メートル |
深さ |
4.5メートル |
4.5メートル |
3 事実の経過
律和丸は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、A受審人及びB指定海難関係人ほか1人が乗り組み、空倉のまま、船首1.0メートル船尾3.0メートルの喫水をもって、平成11年5月13日15時40分三重県鵜殿港を発し、香川県坂出港に向かった。
A受審人は、船橋当直を自らとB指定海難関係人による単独約6時間の輪番制とし、出航操船後引き続き船橋当直に就き、20時35分ごろ市江埼南方沖合5海里の地点で、昇橋したB指定海難関係人に当直を任せることにしたが、船舶の輻輳(ふくそう)する紀伊水道を航行するので、まさか居眠りすることはあるまいと思い、同指定海難関係人に対し、居眠り運航を防止するため、眠気を催した際には報告するよう指示することなく、針路等を伝えて降橋し、自室で休息した。
B指定海難関係人は、単独で操舵と見張りに当たり、当直を交代してから日ノ御埼沖合まで操業中の漁船を度々替わしたのち、翌14日00時05分紀伊日ノ御埼灯台から291度(真方位、以下同じ。)4.5海里の地点で、針路を鳴門海峡に向く317度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけ、10.0ノットの対地速力で進行した。
ところで、律和丸の航海は、ほとんど1昼夜以内で、1週間に1回程沖待ちで休みがあり、狭水道を航行中は船長が当直に就いていたことから、B指定海難関係人は、船橋当直の時間が船長より少なく、当日も出航後休息をとってから当直に入ったので、特に睡眠不足や疲労が蓄積している状態ではなかった。
B指定海難関係人は、定針後、船橋の左舷側にあるいすに腰掛けているうち、周囲に気にかかる船舶を見掛けなかったことや海上が平穏であったことから気が緩み、01時30分ごろ右横のレーダーで船位を確認したのち、急に眠気を催すようになったが、居眠り運航の防止措置として、いすから下りて外気に当たるなどして眠気を払拭することや、それでも眠気が覚めないときには船長に報告することもなく、いつしか居眠りに陥った。
01時40分B指定海難関係人は、大磯埼灯台から127.5度7.7海里の地点に達したとき、右舷船首16度1.5海里のところにはしけの福美丸及び(イ)6号を引いた海王丸の白、白、白、紅4灯及びはしけの灯火を視認することができ、その後海王丸引船列の方位がほとんど変わらず前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近したが、居眠りしていてこのことに気付かず、同引船列の進路を避けることができないまま続航中、同時50分少し前ふと目が覚めたとき、正船首至近に福美丸の船体及び紅灯を視認したものの、どうすることもできず、01時50分大磯埼灯台から125度6.0海里の地点において、律和丸は、原針路、原速力のまま、その船首が福美丸の左舷中央部に後方から62度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期であった。
A受審人は、衝突の衝撃で目を覚まし、昇橋して事後の措置に当たった。
また、海王丸は、船体中央部やや前方に船橋を備えた鋼製引船で、C受審人ほか1人が乗り組み、パルプ約500トンを載せたはしけ福美丸とその後方にパルプ約600トンを載せたはしけ(イ)6号に、それぞれ作業員を1人乗せて船尾に引き、船首1.20メートル船尾2.00メートルの喫水をもって、同月13日13時50分大阪港を発し、海王丸の船尾から○イ6号の船尾端までの長さを201メートルの引船列とし、徳島小松島港に向かった。
C受審人は、23時35分ごろ沼島東方沖合1.5海里の地点で、機関長と交代して単独で船橋当直に就き、海王丸が船舶を引いている航行中の動力船の法定灯火、及び各はしけが他の船舶に引かれている航行中の船舶の法定灯火がそれぞれ点灯していることを確かめ、沼島東岸に沿って南下し、翌14日00時29分沼島灯台から198度1.8海里の地点に至ったとき、船首方に操業中の漁船を多数認め、これらを替わすため針路を255度に定め、機関を回転数毎分350にかけ、3.0ノットの対地速力で自動操舵により進行した。
C受審人は、舵輪後方の長いすに腰掛けて見張りに当たっていたところ、01時17分レーダーで左舷正横方5海里に律和丸の映像を初めて認め、同時40分大磯埼灯台から122度6.3海里の地点に達したとき、同船の白、白、緑3灯を左舷正横後12度1.5海里のところに視認し、その後動静を監視していたところ、その方位がわずかに左方に変わるも、同船が前路を右方に横切りはしけと衝突のおそれがある態勢で接近するのを知り、汽笛による短音5回の警告信号を行い、同一の針路及び速力で続航した。
01時45分C受審人は、律和丸が適切な避航動作をとらないまま1,400メートルに接近したのを認め、再び警告信号を行うとともに探照灯を同船の船橋に向けて照射しながら進行し、やがて間近に接近するのを認めたが、いずれ律和丸が避けるものと思い、機関を操作して速やかに行きあしを止めるなど、衝突を避けるための協力動作をとることなく、続航中、同時50分少し前衝突の危険を感じ、機関を中立にしたが効なく、福美丸は、原針路、原速力のまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、律和丸は、船首ステムに破口及び左舷側船首部ハンドレールに曲損などを生じ、福美丸は、左舷側中央部外板に凹損を生じたが、のちいずれも修理された。また、福美丸の作業員福井正彦が衝突の衝撃により寝台から落下し、頸椎捻挫を負った。
(原因)
本件衝突は、夜間、沼島南西方沖合において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中、律和丸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、前路を左方に横切る海王丸引船列の進路を避けなかったことによって発生したが、海王丸引船列が、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
律和丸の運航が適切でなかったのは、船長が、無資格の船橋当直者に対し、眠気を催した際には報告するよう指示しなかったことと、同当直者が、眠気を催した際、船長に報告しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、夜間、紀伊水道に向けて北上中、無資格の甲板長に船橋当直を任せる場合、居眠り運航にならないよう、眠気を催した際には報告するよう指示すべき注意義務があった。しかし、同人は、船舶の輻輳する紀伊水道を航行するので、まさか居眠りすることはあるまいと思い、眠気を催した際には報告するよう指示しなかった職務上の過失により、船橋当直者が居眠りに陥って海王丸引船列の接近に気付かず、同人からの報告が得られないまま、同引船列の進路を避ける措置がとれずに進行して衝突を招き、律和丸の船首ステムに破口及び左舷側船首部ハンドレールに曲損などを、福美丸の左舷側中央部外板に凹損をそれぞれ生じさせ、また、福美丸の作業員に頸椎捻挫を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は、夜間、はしけを曳航して単独で操船に当たって沼島南西方沖合を西行中、律和丸が、前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で間近に接近するのを認めた場合、機関を操作して速やかに行きあしを止めるなど衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、いずれ律和丸が避けるものと思い、衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により、そのまま進行して律和丸との衝突を招き、前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、夜間、単独で船橋当直に就いて沼島南西方沖合を北上中、眠気を催した際、船長に報告しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。