日本財団 図書館




 海難審判庁裁決録 >  2001年度(平成13年) > 衝突事件一覧 >  事件





平成13年函審第4号
件名

漁船第十一みさき丸貨物船パクサン衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成13年5月29日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(工藤民雄、安藤周二、織戸孝治)

理事官
堀川康基

受審人
A 職名:第十一みさき丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
みさき丸・・・左舷中央部外板に凹損
パ 号・・・右舷船首部に擦過傷

原因
パ 号・・・狭視界時の航法(信号、速力、レーダー)不遵守 (主因)
みさき丸・・・狭視界時の航法(信号、レーダー)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は、パクサンが、視界制限状態における運航が適切でなかったことによって発生したが、第十一みさき丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年6月5日21時00分
 北海道納沙布岬南方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第十一みさき丸 貨物船パクサン
総トン数 9.89トン 17,142トン
全長   174.00メートル
登録長 13.00メートル  
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 367キロワット 5,274キロワット

3 事実の経過
 第十一みさき丸(以下「みさき丸」という。)は、レーダーを装備したFRP製漁船で、A受審人ほか6人が乗り組み、さけ・ます流し網漁の目的で、船首0.7メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成11年6月3日03時30分北海道厚岸港を発し、同港南東方60海里付近の漁場に向かった。
 ところで、みさき丸のさけ・ます流し網漁は、毎操業日数が5ないし6日間の予定で、漁場では魚群の探索に引き続き約2時間かけて投網を行い、投網後は網の端部に船体を繋いで約8時間漂泊して待機したのち、約5時間かけて揚網を行うものであった。
 12時ごろA受審人は、目的の漁場に到着して操業を繰り返し、翌々5日15時ごろから魚群の探索を行い、18時ごろ納沙布岬南方65海里付近において長さ約4,000メートルの網5本を南西方向に向けて順次投網し、20時ごろ投網作業を終えたところ、このころ霧がかかり始めたことを知った。
 その後、A受審人は、5本目の網の北東端に戻り、20時15分落石岬灯台から153度(真方位、以下同じ。)58.3海里付近で、投網した網の端部に船首から長さ約100メートルのもやい索をとり、機関のクラッチを中立とし、航行中の動力船の灯火を表示したほか、前後部の甲板上に各4個の作業灯を点じ、更にマストの黄色回転灯を点灯し、翌朝に揚網することにして漂泊を開始した。
 このころから霧が濃くなって視程が約100メートルに狭められる状況となり、A受審人は、付近が本邦の太平洋岸沿いに南下する船舶の多い海域であることを承知していたが、航行船が漂泊状態の自船を避けるものと思い、レーダーによる見張りを行うための船橋当直を維持することなく、操舵室で食事をとって僚船との情報交換を行ったのち、20時25分ごろ2時間後に起きるつもりで目覚ましをかけ、同室内で横になって休息した。
 20時49分A受審人は、落石岬灯台から153度58.3海里の地点で、船首が180度に向いていたとき、左舷船尾30度2.5海里のところに南下するパクサン(以下「パ号」という。)が存在し、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが、操舵室で仮眠していて霧中信号を行わずに漂泊中、21時00分落石岬灯台から153度58.3海里の地点において、みさき丸は、180度に向いたまま、その左舷中央部にパ号の右舷船首が後方から30度の角度で衝突した。
 当時、天候は霧で風はほとんどなく、視程は約100メートルであった。
 A受審人は、衝突の衝撃で目覚めて周囲を見たとき、南方に走り去るパ号を認め、厚岸漁業無線局を通じて事故の発生を海上保安部に通報し、事後の措置に当たった。
 また、パ号は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、船長B及び三等航海士Cほか23人が乗り組み、食料油原料のキャノーラなど24,800トンを積載し、船首8.6メートル船尾9.5メートルの喫水をもって、同年5月23日01時00分(現地時間)カナダのバンクーバー港を発し、横浜港に向かった。
 B船長は、越えて6月5日18時ごろ納沙布岬東南東方沖合を南下中、昇橋したところ、霧模様となっていることを認め、18時40分落石岬灯台から121度48.9海里の地点に達したとき、作動中のレーダーを見て周囲12海里内に他船の映像がなかったものの、視程が0.5海里ほどに狭められているうえ、この先漁船が多い海域であったことから、少し沖寄りの針路をとることにし、当直中の一等航海士に指示して針路を210度に定め、機関を全速力前進にかけ、13.3ノットの対地速力で、航行中の動力船の灯火を表示して進行した。
 C三等航海士は、18時45分当直交替のため昇橋し、一等航海士から船位、針路及び付近の船舶や視界の状況を引き継いだのち、19時ごろ相当直の甲板員とともに船橋当直に就いた。
 その後、B船長は、霧が徐々に濃くなって19時30分ごろには視程が約200メートルに狭められるようになったが、霧中信号を行うことも安全な速力に減じる措置もとらず、C三等航海士に視界が悪いので厳重な見張りを行うよう指示しただけで降橋した。
 C三等航海士は、甲板員を手動操舵に配置し、自らは12海里レンジとしたレーダーを時々見ながら、なおも霧中信号を行うことも安全な速力とすることもせずに全速力のまま続航した。
 20時49分C三等航海士は、落石岬灯台から151度57.0海里の地点に達したとき、正船首2.5海里のところに、漂泊中のみさき丸の映像をレーダーで探知でき、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが、レーダーによる見張りを十分に行っていなかったので、この状況に気付かず、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また必要に応じて行きあしを停止することもなく進行中、パ号は、原針路、原速力のまま前示のとおり衝突した。
 B船長及びC三等航海士は、みさき丸との衝突に気付かずに航海を続け、同月7日横浜港に入港したとき、海上保安部からの連絡を受け同船との衝突を初めて知った。
 衝突の結果、みさき丸は、左舷中央部外板に凹損を生じ、のち修理され、パ号は、右舷船首部に擦過傷を生じた。

(原因)
 本件衝突は、夜間、霧のため視界が著しく制限された納沙布岬南方沖合において、パ号が、霧中信号を行わず、安全な速力とせず、レーダーによる見張りが不十分で、みさき丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを停止しなかったことによって発生したが、みさき丸が、漁場で漂泊中、船橋当直の維持が不十分で、霧中信号を行わなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、霧のため視界が著しく制限された納沙布岬南方沖合において、さけ・ます流し網漁に従事中、投網後機関のクラッチを中立として漂泊待機する場合、自船に接近する他船を察知できるよう、レーダーによる見張りを行うための船橋当直を維持すべき注意義務があった。ところが、同人は、航行船が漂泊状態の自船を避けるものと思い、操舵室で仮眠して船橋当直を維持しなかった職務上の過失により、パ号が左舷後方から接近した際に霧中信号を行わずに同船との衝突を招き、みさき丸の左舷中央部外板に凹損を、またパ号の右舷船首部に擦過傷をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
(拡大画面:34KB)





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION