(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年10月29日13時15分
宮城県石巻漁港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第二十三壽丸 |
総トン数 |
135トン |
全長 |
43.97メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
860キロワット |
3 事実の経過
第二十三壽丸(以下「壽丸」という。)は、大中型まき網漁業に従事する鋼製網船で、A受審人、B指定海難関係人及び甲板員Cほか19人が乗り組み、さば漁の目的で、船首2.5メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、平成11年10月24日19時50分探索船1隻及び運搬船2隻と共に船団を組んで石巻漁港を発し、岩手県綾里埼沖合の漁場に至って操業を繰り返していたところ、越えて27日早朝根がかりして漁網に破口を生じたので操業を打ち切り、同日08時15分石巻漁港に帰港して急速冷凍倉庫前の岸壁に右舷付けに着岸し、直ちに漁網を同岸壁に広げて船団の乗組員全員で補修に取り掛かった。
壽丸は、船首楼付き一層甲板型船で、上甲板上には船首方から順に船首楼、船橋を兼ねた甲板室、中央甲板、機関室囲壁を兼ねた甲板室(以下「機関室囲壁」という。)、網置場を兼ねた後部甲板及び船尾楼がそれぞれ配置されていて、機関室囲壁と船尾楼間の長さ約11メートルの後部甲板の高さ約1.5メートルの右舷側ブルワーク上に船尾端までサイドローラが取り付けられていた。
また、漁網は、長さ約1,600メートル、深さが中央部約300メートル及び両側縁200メートルの鯖網と呼称するもので、後部甲板の左舷側に浮子側を、同じく右舷側に沈子側を前後長さ約2メートル及び高さ約2.5メートルの山なりに積み上げ、同甲板の船首側から5山にして収納するようになっていた。
ところで、機関室囲壁の中央後部天井には、高さ約10メートルの後部マストが設置されていて、同マストの右舷側基部に船尾コーンローラ(以下「コーンローラ」という。)ブーム(以下「ブーム」という。)のグーズネックを取り付け、同マストの高さ約2メートルの位置に右舷用の、同囲壁左舷側天井に左舷用の2台のトッピング兼バングウインチが取り付けてあり、ブーム先端、後部マストの高さ約4メートルの高所及び機関室囲壁右端部天井に溶接した数個のアイに取り付けた滑車間に、両ウインチからそれぞれ1本のワイヤを張り合わせることにより、ブームの先端を上下左右いずれの方向にも移動できるようになっていた。
また、ブームは、長さ約4.5メートルの鋼材製で、揚網時、途中まで乗組員の人力で引き揚げた沈子側の漁網を、ブーム先端に固定したコーンローラに挟み、右舷側から後部甲板上に取り込む際に使用されており、操業していないときには、右舷船尾約25度の方向にほぼ水平の位置に保って格納するようになっていた。
翌々29日正午過ぎB指定海難関係人は、着岸岸壁での漁網の補修を終えたので、右舷側からの漁網の積込作業に邪魔にならぬよう、ブームを左舷側に振って仰角を約60度の位置に移動したところ、左舷用ウインチ(以下「ウインチ」という。)のワイヤがドラムの右の側板に強く接触しながら巻き込まれる状況となったのち、同側板に取り付けられた直径約9ミリメートルの鉄製ロープガードを破損させ、ワイヤが同側板から外れて2巻きほど外巻きになったものの、ウインチの操作ハンドル位置から後部マストで死角となっていたためこれに気付かないまま、その後いったん岸壁に戻って12時40分ごろ船団の乗組員を指揮して漁網の積込作業に取り掛かった。
ところで、A受審人は、平成6年8月に船長として本船に乗り組み、同9年2月から安全担当者も兼務していたもので、危険性の伴う複数の甲板作業を作業領域の重なる場所では同時に行うことはあるまいと思い、突発的な甲板作業が発生した際には報告するようB指定海難関係人に対して指示することなく、操業に従事していた。
また、B指定海難関係人は、昭和46年ごろから大中型まき網漁船に長年乗り組んだ経歴を有し、平成9年1月に甲板長として壽丸に乗り組んだもので、漁網積込作業中などに突発的な甲板作業が発生すれば、A受審人などの上位職者に報告し、同作業の開始時期などについて打合せしていたものの、上位職者が付近にいない場合には、打合せをしないまま同作業の開始を乗組員に指示していた。
12時45分ごろB指定海難関係人は、岸壁から後部甲板に戻るためにウインチの側を横切ったとき、ワイヤがドラムの側板から外れて2巻きほど外巻きとなっている状態に気付き、折から後部甲板上に漁網積込作業中で作業領域の重なるにもかかわらず、付近にA受審人などの上位職者が見当たらなかったことから、これを報告することなく、ワイヤの巻き直し作業の開始時期などについて打合せをしないまま、ウインチ操作に熟練している操機長ほか3人の乗組員に同作業を指示したのち、自らは後部甲板で引き続き漁網積込作業の指揮に当たった。
一方、C甲板員は、同10年1月から壽丸に乗り組み、投・揚網作業の際には漁網の沈子側に結び付けた環縄に直径約25センチメートルの鋼製丸環を脱着する係を専ら担当していたもので、ジャージの上着に上下の雨合羽を着込み、安全帽、安全靴及び軍手を着用し、漁網積込作業が開始された直後から後部甲板の右舷側通路上に束ねられた沈子側ロープ類の上にブルワークに向かってしゃがみ込む姿勢をとり、ブルワーク内側の収納棚に並べられた丸環を環縄に取り付ける作業に従事していた。
ワイヤの巻き直し作業の指示を受けた操機長は、機関室囲壁天井の右舷側の操作台からウインチの操作に当たり、他の3人の乗組員の合図に従ってワイヤの巻き戻し及び巻き上げを数回繰り返していたところ、外巻きの状態が修正できなかったうえ、ドラムに巻かれているワイヤが緩み出して巻き形が乱れてきたので、13時00分ごろドラムに巻かれているワイヤをすべて緩め始めたが、その頃船体が左舷側に傾斜していたので、立てたブームの自重がグーズネックと右舷側ウインチのワイヤとに掛かって釣り合い、ブームが移動しなかったことから、ウインチのワイヤを緩める作業を継続した。
こうして、壽丸は、石巻漁港の岸壁において補修した漁網の積込作業中、作業領域の重なる後部甲板で危険性の伴うウインチワイヤの巻き直し作業を同時に行っていたところ、出航船が立てる航走波の影響を受けるなどして船体が右舷側に揺れ、ブームの釣合い状態が崩れたので、ウインチのワイヤが緩められていたブームが徐々に右舷側に向けて降下し始め、後部甲板で漁網の積込作業に従事していた数人の乗組員がこれに気付き、「危ない。」と声を発しながらブームを避けたものの、ブームの先端が加速しながら丸環取付け作業中のC甲板員の背後から迫り、13時15分石巻漁港東防波堤灯台から真方位333度370メートルの前示着岸地点において、C甲板員の頭部がブーム先端に取付けたコーンローラの防護枠に強打されたのち、安全帽が外れて同枠と丸環収納棚との間に挟撃された。
当時、天候は晴で風力1の南風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
岸壁にいたA受審人は、騒ぎに気付いて後部甲板に駆け上がり、横たわったC甲板員の両耳からわずかに出血していることを認め、応急措置を施すとともに救急車を手配したのち、事後の措置に当たった。
この結果、C甲板員(昭和21年8月25日生)は、救急車で市内の病院に搬送されたが、約1時間後に脳挫傷による死亡と確認された。
(原因)
本件乗組員死亡は、宮城県石巻漁港の岸壁において、補修後の漁網を積込作業中、コーンローラブーム用ワイヤがウインチドラムの側板から外れて外巻きとなった際、輻輳する甲板作業に対する安全措置が不十分で、振れ回った同ブームの先端に取り付けたコーンローラの防護枠と丸環収納棚との間に乗組員の頭部が挟撃されたことによって発生したものである。
安全措置が十分でなかったのは、船長が、突発的な甲板作業が発生した際には報告するよう甲板長に対して指示しなかったことと、甲板長が、突発的な甲板作業が発生したことを船長など上位職者に報告しなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は、宮城県石巻漁港の岸壁において、補修後の漁網を積込む作業を行う場合、危険性の伴う複数の甲板作業を作業領域の重なる場所では同時に行うことのないよう、突発的な甲板作業が発生した際には報告するよう甲板長に対して指示すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、危険性の伴う複数の甲板作業を作業領域の重なる場所では同時に行うことはあるまいと思い、突発的な甲板作業が発生した際には報告するよう甲板長に対して指示しなかった職務上の過失により、漁網の積込作業中にブーム用ワイヤが緩められ、コーンローラブームの振れ回りを招き、漁網積込作業中の乗組員の頭部をコーンローラの防護枠と丸環収納棚の間に挟撃して死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B指定海難関係人が、船長など上位職者に報告しないまま漁網の積込作業中にコーンローラブーム用ワイヤの巻き直し作業を行うよう乗組員に対して指示したことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後に乗組員全員で話し合い、危険性の伴う複数の甲板作業を作業領域の重なる場所では同時に行わないよう改善したことに徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。