(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年4月29日05時50分
神奈川県三浦半島剱埼沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船星辰丸 |
総トン数 |
497トン |
全長 |
76.5メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分255 |
3 事実の経過
星辰丸は、平成2年8月に進水し、主として鋼材輸送に従事する鋼製貨物船で、主機として、R社が製造した6LU35G型と称するディーゼル機関を装備していた。
主機は、各シリンダに船首側から順番号が付されており、連続最大出力が竣工時1,353キロワット同回転数毎分310(以下回転数は毎分のものとする。)に設定され、同6年8月検査時機関出力と乗組み基準の関係から船主の要望で735キロワット同回転数255に制限が変更されたが、検査後制限装置が取り外され、その後は全速力の回転数を290までとして運転されていた。
主機の燃料弁は、先端部のノズルとノズル締付ナットとの間の空所が冷却水室となっており、冷却清水が電動の冷却清水ポンプで0.9キログラム毎平方センチメートルに加圧されて主機冷却清水入口主管に送られ、同管から分岐して同弁本体の冷却水通路及び冷却水室を流れて冷却したのち、各弁ごとに冷却清水の流れる状況が観察できるようになったホッパーに導かれ、同ホッパーにて冷却清水への燃焼ガスや燃料の混入、冷却水通路の閉塞などの異状の有無が点検できる
A受審人は、星辰丸就航時から一等機関士として乗り組み、平成9年3月機関長に昇進して機関の管理に当たり、燃料弁の整備については、主機運転時間約1,500時間ごとに取外しのうえ噴霧テストを施行し、噴霧状態が悪ければノズルを取り替えていたが、ノズル締付ナットは取り替えたことがなかった。
星辰丸は、平成11年4月15日定期の燃料弁の整備が施行され、噴霧テストが良好であったので全ノズルが掃除されただけで、継続使用として復旧されたが、6番シリンダのノズル締付ナットの冷却水室側の下部角部に傷があったかしていつしか同傷を起点として亀裂(きれつ)を生じ、運転中同亀裂が進行した。
星辰丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、鋼管602トンを積載し、船首3.2メートル船尾3.9メートルの喫水で、同月29日03時30分京浜港横浜区の日本鋼管株式会社鶴見製作所岸壁を発し、大阪港堺泉北区に向かい、主機を回転数290の全速力前進として浦賀水道を進行中、前示6番シリンダのノズル締付ナットの亀裂が燃焼室側まで貫通し、シリンダ内の燃焼ガスが燃料弁冷却清水に混入するようになった。
同日05時出港時から機関当直に入っていたA受審人は、機関室を巡回し、主機燃料弁冷却清水のホッパーを点検して6番シリンダの冷却清水の流れが途切れ途切れになっているのを認め、次に同冷却清水の圧力計の指針が振れているのを認めた。
A受審人は、これらの状況から燃料弁のノズル締付ナットに亀裂を生じるなどして燃焼ガスが冷却清水に混入していることが判断でき、6番シリンダ燃料弁を予備と取り替えるべきであったところ、同燃料弁の冷却清水通路が汚れて詰まり気味になったものと思い、一応は燃料弁を取り替えるつもりで予備燃料弁を用意したものの、取替えに要する時間を節約する目的で、燃料弁の取替えに代えて、冷却清水通路を圧縮空気で吹かして詰まりを修理することとし、主機の停止を船長に要請した。
星辰丸が浦賀水道の航路筋を外れたあと、05時30分A受審人は、主機及び冷却清水ポンプを停止し、6番シリンダ燃料弁の冷却清水入口及び出口管を外して冷却清水通路を圧縮空気で吹かしたのち同時35分主機を再始動したところ、状況が変わらないので同時45分再度主機を停止して同様の作業を繰り返したあと、主機停止状態のまま冷却清水ポンプを運転して通水テストを施行し、ホッパーを点検して冷却清水が正常に流れるのを確認した。
星辰丸は、主機停止状態のまま冷却清水ポンプが運転されたことで、その間に冷却清水が前示亀裂から6番シリンダの燃焼室に流出してピストン上部に滞留した。
A受審人は、燃料弁ノズル締付ナットの亀裂に思い及ばなかったことから、ピストン上部に燃料弁冷却清水が滞留したことにも気付かず、揚げ地着時間が定められていることから航海に復帰することを急ぎ、平素始動前に施行しているエアランニングを施行することなく、主機を始動することとした。
こうして星辰丸は、同日05時50分剱埼灯台から真方位155度2.7海里の地点において、A受審人が主機を始動したところ、6番シリンダのピストン上部に滞留した冷却清水を挟撃し、連接棒が曲損、シリンダライナが破損するなどして大音を発した。
当時、天候は雨で風力3の北東風が吹いていた。
損傷の結果、星辰丸は、運航不能となり、引船によりえい航されて京浜港横浜区扇島岸壁に引き付けられ、のち損傷部品を取替えのうえ修理された。
(原因)
本件機関損傷は、燃料弁冷却清水点検用のホッパーで冷却清水の流れが途切れ途切れになり、同冷却清水の圧力計指針が振れる異状を認めた際の対処が不適切で、同シリンダの燃料弁が予備と取り替えられなかったばかりか、通水テスト後エアランニングが施行されず、ピストン上部に冷却清水が滞留したまま主機が始動され、同滞留水を挟撃したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、燃料弁冷却清水点検用のホッパーで冷却清水の流れが途切れ途切れになり、同冷却清水の圧力計指針が振れる異状を認めた場合、同異状は燃料弁のノズル締付ナットに亀裂を生じるなどして燃焼ガスが冷却清水に混入していることを示すものであるから、そのシリンダの燃料弁を予備と取り替え、通水テスト後はエアランニングを施行のうえ始動するなど、適切に対処すべき注意義務があった。ところが、同人は、同異状は冷却清水通路が汚れて詰まり気味になったものと思い、同通路を圧縮空気で吹かしただけで、適切に対処しなかった職務上の過失により、主機の連接棒、シリンダライナなどを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。