(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成12年1月28日05時45分
富山県滑川漁港沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八北辰丸 |
総トン数 |
19.20トン |
登録長 |
17.45メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル12シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
297キロワット(定格出力) |
回転数 |
毎分2,200(定格回転数) |
3 事実の経過
第八北辰丸(以下「北辰丸」という。)は、昭和54年5月に進水したかごなわ漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、平成元年7月に換装した、Q社製のUM12PB1TCH型と称する、クラッチ式逆転減速機付V型ディーゼル機関を装備し、各シリンダには右列及び左列とも船首側から1番ないし6番の順番号が付されており、操舵室には遠隔操縦装置のほか、主機の回転計、冷却清水温度計、潤滑油圧力計及び油圧低下警報装置などを組み込んだ計器盤を備え、同室から主機の発停操作のほか、主機の回転数制御及び同減速機の前後進切換操作ができるようになっていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室底部にある容量44リットルのオイルパンから直結の歯車式潤滑油ポンプにより吸引加圧された潤滑油が、油冷却器及び紙製フィルタを装着した複式こし器を順に経て入口主管に至り、主軸受、クランクピン軸受及びカム軸受などを順に潤滑して再びオイルパンに戻るようになっており、潤滑油量の点検用として、高位油面及び低位油面を示す各刻印を施した検油棒がオイルパンの左舷側前部寄りに差し込まれ、高位刻印と低位刻印間の油量が8リットルであった。
また、主機は、運転中、圧力調整弁で5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調圧された入口主管内の潤滑油圧力が、0.7キロに低下すると、油圧低下警報装置が作動し、操舵室の計器盤で警報音を発するとともに、警報ランプが点灯するようになっていたが、油圧低下による危急停止装置は備えていなかった。
ところで、オイルパンの潤滑油量は、運転中、ピストンのかき上げなどにより減少するので、船体が動揺した際などに潤滑油ポンプが空気を吸引して主機各部の潤滑が阻害されるおそれがあったから、始動前などに検油棒で同油量を点検のうえ、潤滑油の消費量に対して適宜補給し、検油棒の高位刻印と低位刻印との間に保持しておく必要があった。
A受審人は、北辰丸の新造時に機関長として乗り組んだのち、昭和59年11月ごろから船長職を執って機関の運転と保守にも当たり、主に00時ごろ基地としている富山県滑川漁港を出港して、同漁港北西方沖合の漁場に至って操業を行い、午後に帰港する操業形態のもとで月間20日前後の操業に従事しており、主機潤滑油については、半年ごとに同油及びこし器紙製フィルタを取り替え、2ないし3航海に1度の割合で、主機を始動する前にオイルパンの潤滑油量を点検し、同油量が検油棒の高位刻印近くになるよう補油していたものの、長期間ピストンなどの整備を行っていなかったこともあり、その補油量が徐々に増加するようになっていることを認めていた。
そして、A受審人は、平成12年1月25日操業を終えて滑川漁港に帰港した際、主機を停止したのちたまたま検油棒でオイルパンの潤滑油量を点検したところ、油量が低位刻印まで減少しているのを認めたので、甲板員に対してオイルパンに補油しておくよう依頼したが、その後、潤滑油量を確認しないで主機を始動し、操業を続けた。
同月28日A受審人は、しけ模様のため出漁をしばらく見合わせ、05時ごろになってしけが収まってきたことから、出港準備に取り掛かり、いつものように操舵室で主機を始動することとしたが、前々回の帰港時に依頼どおり甲板員が補油したと思い込んでいたので、オイルパンの油量が不足していることはないものと思い、始動前に機関室に赴いて潤滑油量を点検することなく、同油量が著しく減少し、船体の動揺などで潤滑油ポンプが空気を吸引するおそれのある状況となっていることに気付かないまま、同時10分主機を始動した。
こうして、北辰丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、操業の目的で、05時30分滑川漁港を発し、主機を回転数毎分1,800の全速力にかけて同港北西方沖合の漁場に向けて航行中、滑川防波堤を航過したころからうねりによる船体動揺が大きくなり、主機潤滑油ポンプが空気を吸引して潤滑油圧力が低下し、油圧低下警報装置が作動したが、かにかごの準備作業を見るため操舵室から船尾甲板に赴いていたA受審人がこのことに気付かずに運転が続けられるうち、主機各部の潤滑が阻害される状態となり、やがて船首方の主軸受及びクランクピン軸受などが焼き付き、05時45分滑川港防波堤灯台から真方位016度1.6海里の地点において、主機が自停した。
当時、天候は曇で風力2の南西風が吹き、海上にはうねりが残っていた。
A受審人は、運転音の異常に気付いて操舵室に戻り、警報音を発して主機が自停したことを認め、機関室に急行してターニングを試みたものの果たせず、検油棒に潤滑油が付着しないことから運転不能と判断し、付近を航行していた僚船に救助を求めた。
北辰丸は、来援した僚船によって滑川漁港に引き付けられ、主機各部を精査した結果、すべての主軸受及びクランクピン軸受が焼損したほか、4シリンダ分のピストン及びシリンダライナ並びにクランク軸及びカム軸なども損傷していることが判明し、のちすべての損傷部品を新替えして修理された。
(原因)
本件機関損傷は、出漁するために主機を始動する際、オイルパンの潤滑油量の点検が不十分で、同油量が著しく減少したまま運転が続けられ、潤滑油ポンプが空気を吸引して潤滑油圧力が低下し、主機各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、出漁するために主機を始動する場合、潤滑油量が減少していることを見落として運転中主機各部の潤滑が阻害されることのないよう、主機始動前にオイルパンの油量を点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、前々回の帰港時に甲板員がオイルパンに補油したと思い込んでいたので、潤滑油量が不足していることはないものと思い、主機始動前にオイルパンの油量を点検しなかった職務上の過失により、油量が著しく減少していることに気付かないまま主機を始動し、航行中に潤滑油ポンプが空気を吸引して潤滑油圧力の低下を招き、主軸受、クランクピン軸受、ピストン、シリンダライナ、クランク軸及びカム軸などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。