(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年11月13日05時13分
犬吠埼東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船さんふらわあ とまこまい |
総トン数 |
12,520トン |
全長 |
199.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル・ディーゼル機関 |
出力 |
47,660キロワット |
回転数 |
毎分430 |
3 事実の経過
さんふらわあ とまこまい(以下「さんふらわあ」という。)は、平成11年4月に進水した、京浜港と苫小牧港間の自動車輸送に従事する自動車渡船で、主機としてQ社が製造したNKK−SEMT PIELSTICK18PC4−2B型と称する、左右の各列が9シリンダずつ配列された18シリンダV形ディーゼル機関を両舷に1基ずつ備え、各機の左舷側をA列、右舷側をB列と称し、各シリンダにはそれぞれ船尾側を1番として9番までの順番号が付されていた。
主機は、指定海難関係人R株式会社長崎造船所風力・舶用機械設計部舶用タービン設計課過給機チーム(以下「過給機チーム」という。)が開発し、同社が製造したMET66SD型と称する無冷却の排気タービン過給機を各列ごとに合計4基備えていた。
過給機は、単段の遠心圧縮機と単段の軸流タービンとで構成され、圧縮機の羽根車がタービンロータ軸(以下「ロータ軸」という。)に取り付けられ、同軸を2個の平軸受で支持し、軸方向の推力を軸に取り付けられたスラストカラーとスラスト軸受で受けるようになっていた。
主機の排気ガスは、過給機のガス入口ケーシングに入ってノズルで膨張し、軸流タービンのタービン翼を通ることでロータ軸に回転力を与えたのち、ガス出口案内筒からガス出口ケーシングを経て煙路を通って大気に放出されるようになっていた。
空気は、過給機の消音器周囲のフィルタから入り、遠心圧縮機のアルミニウム合金製の羽根車を通る間に加圧され、ディフューザ及び渦室を通って空気冷却器に送られたのち、主機に給気として供給されるようになっていた。
羽根車は、背面のロータ軸が貫通するボス穴部の周囲にクロークラッチ用として突出した2本の爪が、スプラインでロータ軸にスラストカラーを挟んで嵌め込まれた(はめこまれた)スリーブの溝と噛み合わされ、ロータ軸先端の止めナットで取り付けられており、クロークラッチの噛み合わせにあたっては、専用の油圧ジャッキを用いて425キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の油圧で押し付ける方法がとられていた。
ロータ軸から羽根車への回転トルクの伝達は、軸方向の押し付け力が、止めナットと羽根車との接触面、ロータ軸段付き部とスラストカラーとの接触面にそれぞれ作用して生じる摩擦力及びクロークラッチ爪とスリーブ溝との嵌合(かんごう)によって伝達されることから、摩擦力による伝達トルクが減少すると、クロークラッチの嵌合による同トルクの分担が増加するようになっていた。
ところで、主機の過給方式は、ロングストローク化した2サイクル機関において、排気ガスを大口径の排気管内で背圧まで膨張させ、ほぼ一定の圧力で過給機に供給する静圧過給方式と、4サイクル機関において、排気ガスの運動エネルギーを積極的に利用する動圧過給方式とがあり、動圧過給方式においては、各シリンダの排気ガスがタイミングをずらして衝撃的に排気管内に流出するので、同管内に圧力振動を起こして過給機のノズルにおけるガス速度も変動することから、ロータ軸に生じるトルクが変動するものであった。
過給機チームは、同社で製造する過給機の設計及びアフターサービスを担当しており、昭和30年ごろから2サイクル・ディーゼル機関用のMET型過給機を開発し、平成2年にMET−SD型過給機の製造を開始して同11年までに1,079基の同型機を製造し、MET66SD型過給機としては191基を製造していた。
MET型過給機は、昭和60年ごろから4サイクル・ディーゼル機関用として採用されるようになり、平成11年までに約100基が出荷され、その内MET−SD型は50ないし60基であった。
過給機チームは、当初、4サイクル・ディーゼル機関の出力が小さく排気ガス圧力も小さかったことなどで、動圧過給方式に使用されたMET型過給機の実績として特に問題が生じていなかったことから、その後、PIELSTICK機関に採用され、同機関の形式が順次新しくなるにつれて出力密度が大きくなっていく過程で、排気ガスの脈動でクロークラッチの爪にかかる繰返し応力を解析するなど、羽根車とロータ軸との接続部に生じるトルクの変動に対する検証を行わないまま、平成10年6月商社から発注された際にも前示検証を行うことなく、さんふらわあの主機用としてMET66SD型過給機を選定して納入した。
さんふらわあは、平成11年8月12日造船所から引渡されたのち、定期航路に就航し、運航していたところ、主機排気ガスの脈動によるトルクの変動が各過給機羽根車のクロークラッチの爪に繰返し応力として作用し続け、同爪の根元に疲労による微小亀裂(きれつ)が生じて進行する状況となっていた。
こうして、さんふらわあは、船長ほか17人が乗り組み、車両188台を積載し、同年11月12日23時35分京浜港東京区を発し、苫小牧港に向け両舷主機を回転数毎分417にかけ、翌13日02時00分から03時00分にかけてMゼロチェックを行い、運転諸元に全く異状がないことを確認したのち機関室当直をMゼロ当直として航行中、右舷主機のA列用過給機の前示亀裂がさらに進行したことから、同機の羽根車が2分割に破断するとともにロータ軸がスプライン部で折損し、05時13分犬吠埼灯台から真方位108度7.6海里の地点において、主機排気温度偏差過大の警報を発するとともに両舷主機が自動減速した。
当時、天候は晴で風力6の南西風が吹いていた。
就寝中の機関長は、主機の異状に気付いて機関室に赴き、現場に向かった一等機関士から前示過給機損傷の報告を受けたことから、右舷主機を手動で停止し、同機が運転不能となった旨を船長に報告した。
さんふらわあは、左舷主機のみを運転して京浜港へ引き返し、同港東京区のフェリーふ頭の岸壁に着岸して全過給機を精査した結果、左舷主機のA及びB列用過給機についても、クロークラッチ爪の根元に亀裂が生じていることが染色探傷検査で判明し、応急修理として損傷した右舷主機のA列用過給機の羽根車、ロータ軸、ディフューザ、渦室などを取り替えるとともに、左舷主機のA及びB列用過給機の羽根車が取り替えられ、のち入渠した際、全過給機が設計変更などの恒久的な対策を施した羽根車に取り替えられた。
過給機チームは、運転時間1,750時間足らずの過給機の羽根車が破断したことから、徹底した原因の究明に当たり、有限要素法による羽根車の応力解析を行い、ロータ軸から羽根車への回転トルクの伝達において、摩擦力による伝達トルクが十分でないことからクロークラッチの嵌合による同トルクの分担が増加し、主機排気ガスの脈動によってクロークラッチ部に生じる、繰返し応力に対するクロークラッチ爪の強度不足が原因との結論を得た。その結果、同種事故再発防止のために、羽根車の押し付け油圧を800キロに増加して摩擦力による伝達トルクを増やすことで、クロークラッチの爪が分担する同トルクを軽減させるとともに、同爪を4本爪として同トルクを分散して伝達させ、爪高さを低くして曲げモーメントを軽減するなどの設計変更を行い、恒久的な対策を実施した。
(原因)
本件機関損傷は、機関製造業者が、4サイクル・ディーゼル機関の出力密度が大きくなっていく過程で、過給機の機種を選定する際、羽根車とロータ軸との接続部に生じる、排気ガスによるトルクの変動に対する検証が不十分で、同ガスの脈動によるトルクの変動が羽根車のクロークラッチの爪に繰り返し応力として作用し続け、同爪の根元に疲労による微小亀裂を生じ、同亀裂が進行したことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
指定海難関係人過給機チームが、過給機の機種を選定する際、羽根車とロータ軸との接続部に生じる、排気ガスによるトルクの変動に対する検証を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
指定海難関係人過給機チームに対しては、本件後徹底した原因の究明に当たり、設計変更など恒久的な対策を実施し、同種事故の再発防止に努めた点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。