(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年11月4日08時45分
小笠原諸島北東海域
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第十一勇喜丸 |
総トン数 |
19.83トン |
登録長 |
16.33メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
558キロワット |
回転数 |
毎分1,400 |
3 事実の経過
第十一勇喜丸(以下「勇喜丸」という。)は、昭和57年7月に進水した、まぐろはえなわ漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてR社が製造した6N160−EN型と呼称するディーゼル機関を備え、各シリンダには船尾側を1番として6番までの順番号が付されていた。
主機の潤滑油系統は、クランク室下部の油だめに入れられた約200リットルの潤滑油が、主機直結の歯車式潤滑油ポンプで吸引加圧され、金網式で複式の潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経たのち、潤滑油主管と過給機とに分岐し、同主管からは主軸受、クランクピン軸受を経てピストンピン軸受を順に潤滑する系統、カム軸、弁腕装置などを潤滑する系統、冷却ノズルでピストンを冷却する系統などにそれぞれ分岐して各部の潤滑及び冷却を行い、いずれも油だめに戻って循環するようになっていた。
主機の警報装置は、冷却清水出口温度が摂氏90度に上昇すると水温上昇警報を、潤滑油主管圧力が2.0キログラム毎平方センチメートルに低下すると同油圧力低下警報を、いずれも操舵室及び機関室の警報盤で発するとともにランプが点灯するようになっていた。
A受審人は、平成7年1月から機関長として勇喜丸に乗り組み、機関の運転及び保守管理に当たり、同6年6月に換装された主機の潤滑油消費量が多いことから、翌7年6月メーカーの指導を受けて従来と異なるピストンリングに取り替えた際、ピストン抜き、シリンダカバーの整備などを行い、潤滑油を毎月取り替え、燃料噴射弁を6箇月ごとに交換するなどの整備を行っていたものの、潤滑油の消費量が減少して特段の不具合が生じなかったので、開放整備については不調を認めてからでも遅くないと思い、整備業者に依頼して定期的にピストンを抜いて各軸受メタルの状態を点検するとともに軸受隙(すき)間を計測するなど、主機の開放整備を十分に行うことなく、1航海13日ないし35日の操業を通年で行い、年間5,000時間ほど主機の運転を続けていた。
ところで、主機のメーカーは、鋼製裏金にケルメットを張り付けたうえ錫鉛合金をオーバーレイした三層メタルであるクランクピン軸受メタルのオーバーレイ部分が経年摩耗で摩滅し、潤滑阻害を招くおそれがあることから、8,000ないし10,000時間の運転時間を経過するごとに同軸受の状態を点検して必要があれば取り替えるよう、機関取扱説明書に記載して取扱者に注意を促していた。
主機は、前回開放整備から20,000時間を超える運転時間の経過に伴い、クランクピン軸受メタルの経年摩耗が進行してオーバーレイ部分が摩滅するとともに、同軸受隙間が増加して潤滑が阻害されるおそれのある状況となっていた。
こうして、勇喜丸は、平成11年10月26日09時00分宮城県塩釜漁港を発し、同月30日04時00分三陸沖の漁場に至って操業を繰り返し、翌11月4日投縄を終えて主機を短時間回転数毎分1,300にかけて排気管内の煤を吹き飛ばしたのち低速として航行中、軸受メタルの経年摩耗で潤滑が阻害された主機2番シリンダのクランクピン軸受メタルが焼き付き、同日08時45分北緯33度48分東経150度19分の地点において、主機に不同回転が生じるとともに潤滑油圧力低下警報が作動した。
当時、天候は曇で風力2の南風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、船尾で投縄作業終了後の片付けを行っていたところ、警報音に気付いて急いで機関室に赴き、主機を停止して燃料噴射弁を全数取り替えたが、運転中の不同回転はおさまらなかった。
勇喜丸は、操業を続け、翌5日整備業者に連絡したものの原因がつきとめられなかったことから帰港することとし、主機を回転数毎分900にかけて航行中、潤滑油こし器バイパス弁が開弁して潤滑油中の金属粉などが各軸受部などを循環するようになり、焼損した2番シリンダのクランクピン軸受メタルがクランク軸に焼き付いて連れ回り、ピストンとシリンダライナとの摺動が不良となってピストンスカートの一部が欠損するとともに、シリンダライナが損傷し、翌6日04時00分主機が金属音を発するようになり、継続運転が不能となった。
勇喜丸は、僚船に救援を求め、曳航されて三重県長島港に引き付けられ、のち主軸受メタル、クランクピン軸受メタル、クランク軸、連接棒、カム軸など損傷部品が取り替えられた。
(原因)
本件機関損傷は、主機の運転及び保守管理に当たる際、主機の開放整備が不十分で、長期間開放整備が行われないまま運転が続けられ、クランクピン軸受メタルの経年摩耗が進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転及び保守管理に当たる場合、長期間開放整備を行わないまま運転を続けると、クランクピン軸受メタルのオーバーレイが経年摩耗して同軸受が焼き付くおそれがあったから、整備業者に依頼して定期的にピストンを抜いて各軸受メタルの状態を点検するなど、主機の開放整備を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、潤滑油の消費量が減少して特段の不具合が生じなかったことから、開放整備については不調を認めてからでも遅くないと思い、主機の開放整備を十分に行わなかった職務上の過失により、クランクピン軸受メタルの経年摩耗による同軸受メタルのオーバーレイ部分の摩滅を生じさせ、同軸受が焼き付き、主軸受メタル、クランクピン軸受メタル、クランク軸、カム軸、連接棒などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。