(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年4月16日09時50分
八丈島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第三十五福吉丸 |
総トン数 |
270トン |
全長 |
54.54メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
860キロワット(計画出力) |
回転数 |
毎分620(計画回転数) |
3 事実の経過
第三十五福吉丸(以下「福吉丸」という。)は、昭和63年3月に進水した大中型まき網漁業に従事する鋼製運搬船で、主機として、R社(以下「R社」という。)が製造した6MG28CX型ディーゼル機関を据え付け、同機の各シリンダには船首側を1番として6番までの順番号が付されており、また、推進軸系には、弾性継手、減速逆転機及び固定ピッチプロペラなどを装備していた。
ところで、主機は、連続最大出力1,618キロワット及び同回転数毎分770(以下、回転数は毎分のものを示す。)の原機に負荷制限装置を付設してR社から出荷され、計画出力860キロワット及び同回転数620として受検・登録されたものであるが、就航後に同制限装置が取り外され、航行中の全速力前進の回転数を735までとして運転されていた。
主機のピストンは、全長397.5ミリメートル(以下「ミリ」という。)外径約279.8ミリの球状黒鉛鋳鉄製一体形のトランクピストン型で、ピストンクラウン部には耐摩耗特殊鋳鉄製の3本の圧力リング及び2本の油かきリングがそれぞれ装着されていた。また、シリンダライナは、全長693ミリ内径280ミリの特殊鋳鉄製で、内面にはポーラスクロムめっきが施されていた。
ピストンとシリンダライナとの摺動面(以下「摺動面」という。)の潤滑は、クランク軸の油孔、クランクピン軸受メタル、連接棒の油孔、ピストンピン軸受メタル及びピストンピンを順次経由してピストン頂部裏側の冷却室に送られた潤滑油が、同室下部に開口した油戻り穴から排出されたのち、連接棒及びクランク室に落下して飛散するはねかけ方式で行われるようになっていたほか、前示ピストンピンを潤滑した同油の一部が同ピンとピストンボス部との微少な隙間(以下「ボス部隙間」という。)から注油されるようになっていた。
ところで、主機を開放してシリンダライナ、ピストン、ピストンリング及び各軸受メタルなどの主要な摺動部分を分解整備あるいは新替えした後には、同部分になじみをつける摺合せ運転が必要であり、機関取扱説明書中に、無負荷及び負荷両摺合せ運転時の回転数とその増加率、運転時間及び機関を停止させてのクランクケースの点検要領などについてそれぞれ記載されていた。
A受審人は、同63年から近海のまき網漁業の探索船に機関長として乗船した経歴を有し、平成6年1月福吉丸の船舶借受人である北部まき網株式会社に入社したのち同9年3月同船に乗り組み、機関の運転・保守管理に当たっていたもので、その後毎年3月宮城県塩釜市に所在する造船所に入渠する際、自ら機関部の修繕注文書を作成し、造船所の機関担当技師及び入渠ごとに会社から派遣される工事監督者などと事前打合せを行っていたものの、会社の命によって入渠工事には立ち会わないまま、休暇下船して同工事の完工日に再び乗り組み、1航海が1ないし20日ほどの期間で三陸沖合から八丈島付近海域での操業に従事していた。
したがって、A受審人は、同10年3月の第1種中間検査工事中に2番シリンダのピストンボス部に摩耗が発生していて、同ピストン及び同ピンが新替えされた発見工事などの施行経緯を知り得ず、また、完工日に復船したときにも機関担当技師及び工事監督者からそれらのことについての説明や以後の運転管理上の注意も受けなかったことから、同シリンダのピストンピン軸受メタルに摩耗が発生していて、同摩耗が進行すると同メタルの側面から漏洩する潤滑油量が増加し、ボス部隙間から注油される同油量が減少気味となる状況に気付き得なかった。
A受審人は、福吉丸が同11年3月1日から合い入渠して主機の全シリンダのピストンを開放し、ピストンリングをすべて新替えして復旧したのち、主機の回転数を400ないし600として20分間ほど無負荷の状態で係留運転が行われたあと、同月29日10時00分完工後の同船に戻って造船所から石巻港に回航する際、機関担当技師及び工事監督者などを同乗させ、主機の回転数を600として港外へ向かった。
その後、A受審人は、高負荷域での摺合せ運転を兼ねた海上試運転を行うこととしたものの、無負荷の係留運転及び低負荷域での運転を施行したので大丈夫と思い、高負荷域での主機の摺合せの運転を十分に行うことなく、主機の回転数を短時間のうちに700として約30分間運転したのち、主機を停止してクランク室を点検し、直ちに主機の回転数を735として排気温度の調整などを行ったので、2番シリンダのボス部隙間から注油される潤滑油量が減少気味になっていたうえ、主機の回転数の増加率が大きかったことなどから、ピストンリング新替え後の同シリンダの摺動面のなじみ不足が重なり、同面にかじりが生じる状況となったことに気付かないまま、14時00分石巻港へ入港し、以後、出入航時の主機の回転数の増減を船橋当直者に任せる通常の操業形態に戻し、前示の操業を繰り返していた。
こうして、福吉丸は、A受審人ほか8人が乗り組み、船首2.5メートル船尾5.0メートルの喫水をもって、翌4月15日04時35分神奈川県三崎漁港を僚船と共に発して八丈島東方沖合の漁場に向かい、翌16日01時00分同漁場に至って主機を停止して漂泊したのち、04時40分主機を再始動して操業を開始し、主機の回転数を710として魚群探索を行っていたところ、2番シリンダの摺動面のかじりがさらに進行して過熱し、09時50分北緯33度46分東経142度18分の地点で、同シリンダにおいて燃焼ガスの吹き抜けが発生してピストンとシリンダライナとが焼き付き、クランク室の安全弁が噴気した。
当時、天候は曇で風力1の南東風が吹き、海上は穏やかであった。
損傷の結果、福吉丸は、主機の運転が不能となり、僚船に曳航されて三崎漁港に引き付けられ、のち、溶着していた2番シリンダのピストンとシリンダライナを同時に抜き出し、焼損した部品を取り替えるなどの修理を行った。
(原因)
本件機関損傷は、主機ピストンピン軸受メタルの摩耗が進行している状況下、ピストンリングの新替え後の摺合せ運転が不十分で、摺動面の潤滑油量が不足気味であったうえピストンリング新替え後のなじみが不足したことから、摺動面にかじりを生じたまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人が、合い入渠して主機の全シリンダのピストンリングを新替えした際に同機の摺合せ運転を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。しかしながら、このことは、同人が会社の命によって入渠工事に立ち会っておらず、ピストンピン軸受メタルの摩耗が進行している経緯を知り得る立場になかったことに徴し、A受審人の職務上の過失とするまでもない。
よって主文のとおり裁決する。