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平成12年仙審第57号
件名

旅客船おおさど丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成13年3月16日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(根岸秀幸、上野延之、藤江哲三)

理事官
山本哲也

指定海難関係人
株式会社R 業種名:内燃機製造業

損害
クランクケースの上板に歪及び補強リブの溶接端部から亀裂

原因
高負荷運転が繰り返し行われたこと

主文

 本件機関損傷は、溶接構造である主機クランクケースに予測できない大きさの残留応力が内在していた状況のもと、高負荷運転が繰り返し行われたことによって発生したものである。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年11月3日06時36分
 新潟港北方沖合

2 船舶の要目
船種船名 旅客船おおさど丸
総トン数 11,085トン
全長 131.90メートル
機関の種類 過給機付4サイクル9シリンダ・ディーゼル機関
出力 9,929キロワット(計画出力)
回転数 毎分520(計画回転数)

3 事実の経過
 おおさど丸は、昭和63年4月に就航した鋼製旅客船兼自動車渡船で、主機として、株式会社R(以下「R社」という。)S社(以下「S社」という。)が製造した9PC2−6L型と称する機関を機関室の左右各舷(以下、左舷側主機を「左舷機」、右舷側主機を「右舷機」といい、総称して「主機」という。)に1基ずつ据え付けており、推進軸系にはそれぞれ可変ピッチプロペラを装備していた。
 主機の各シリンダは、船尾側から順に1番ないし9番の番号が付されており、シリンダジャケット(以下「ジャケット」という。)にシリンダライナ(以下「ライナ」という。)を組み込んだジャケット仕組品がクランクケースの上方から挿入されていて、ジャケット中央のフランジ部と同ケースの上板とが当たり面(以下「着座面」という。)となり、また、ジャケット下方のフランジ部にあるノックピン受けとクランクケースのベースプレート部のライナ支え(以下「支持環」という。)に取り付けたノックピンとでジャケット仕組品の位置を定めたうえ、ライナの下方が支持環内に挿入(以下、挿入部を「嵌合面」という。)された状態で、支持環に植え込まれたタイロッド8本とナットによってシリンダヘッドと共に締め付けられ、クランクケースに固定されるようになっていた。
 クランクケースは、袴型断面をしたベアリングアーチ部に、長方形型断面をした架構部の上板、支持環、前後左右の側板並びに各シリンダごとの内部4隅及び前後側板中央の合計6箇所の補強リブなどをそれぞれ溶接で繋ぎ合わせ、全体を長さ約7メートル24センチメートル(以下「センチ」という。)、高さ約1メートル75センチ、下部の幅約1メートル41センチ、上部の幅約68センチとした鋼板・鋳鋼製の一体型溶接構造物として製造されていた。
 また、ライナは、全長1メートル8センチ内径40センチの特殊鋳鉄製で、外周上部に1本及び同下部に2本のOリングを挿入してジャケットとライナ間の冷却水ジャケット部の水密を図っていたうえ、支持環との嵌合部の外周にOリング1本を装着して同部に微少な間隙が生じるようになっていて、同リングの下方外周に8本の微細な溝を設け、同溝のラビリンス効果によってクランクケース下部の燃焼ガスなどが同ケース上部に侵入するのを防ぐ構造となっていた。
 ところで、鋼板・鋳鋼製などの溶接構造物の残留応力を除去する焼鈍工程は、材料の外面検査及び硬さ試験、溶接の方法、放射線透過検査、焼鈍の加熱速度、保持温度及び保持時間、冷却速度などがJIS規格に規定されているが、焼鈍工程後の残留応力を完全に除去することが不可能であり、かつ、焼鈍炉を出したときにどの程度の残留応力があるかを検査・確認する方法がなかった。
 指定海難関係人R社S社品質管理室(以下「品質管理室」という。)は、同工場で製造される機器類について、製造工程における品質管理並びに機器を顧客先へ納入した後のアフターサービス及びクレームの処理を主業務としているもので、同社の横浜工場で溶接工程及び焼鈍工程を経て製造されるクランクケースなど溶接構造物の品質管理も管轄していた。
 しかし、品質管理室は、昭和62年3月から4月にかけて横浜工場においておおさど丸のクランクケースを製造した際、鋼材の組成及び硬度を確認したうえ、溶接工程及び放射線透過検査工程を施行し、台車型両側面炊き焼鈍炉で焼鈍工程を施したのち、磁粉探傷検査工程、防錆処理工程及び銘板刻印工程などを施行し、さらにS社に搬入して表面の機械加工工程及び寸法計測工程などの品質管理を行い、溶接工程及び焼鈍工程ともJIS規格に則って施行されていて、両工程ともに不備のないことを確認したものの、同型機関及び溶接構造のクランクケースを組み込んだ類似の機関において、これまで残留応力に基因する不具合が発生していないことなどから、クランクケースの溶接工程時に生じた残留応力が予測できない大きさで内在していたことに気付かないまま、これをおおさど丸の主機に組み込んで出荷していた。
 一方、おおさど丸は、同58年7月に就航した姉妹船こさど丸に比較して総トン数、満載排水量及び載貨重量をいずれも十数パーセント増加させ、また、船体の全長を約11パーセント大きく計画し、一回り大きい船型として同63年1月に建造されたものであり、さらに建造計画時に強風下の着岸性能を良くするためにバウスラスタ及びスタンスラスタの容量も同船より大幅に増強されたものの、主機については、こさど丸と同一機種すなわち同一出力の機関を搭載したもので、同船に比較して気象・海象などの影響により高負荷運転になるおそれがあった。
 Q社(以下「Q社」という。)は、おおさど丸及びこさど丸など4隻の大型旅客船兼自動車渡船、その他の小型カーフェリー数隻並びにジェットフォイル型高速旅客船5隻などを所有し、新潟港と両津港間、直江津港と小木港間及び寺泊港と赤泊港間の旅客及び自動車の輸送業務に従事しており、各船の乗組員の配乗については、一括公認方式を採用して年度初めに各船の専任乗組員を定め、同乗組員が15日間ほど乗船して5日間の休暇を取得し、その間予備員が交代で乗船しており、主機の出力調整などの運転管理については、そのとき乗船中の乗組員に一任していた。
 ところで、おおさど丸が就航している新潟港と両津港間の海域は、夏季には台風時を除いて静穏な気象・海象の日が続くものの、冬季には頻繁に通過する低気圧及び北西季節風の影響で高い波浪の日が続くことから、主機の出力に比較的余裕の少ないおおさど丸において、冬季や気象・海象が急変したときなどには高負荷運転が繰り返し行われていた。
 おおさど丸は、通常の航海において主機の回転数を毎分460及びプロペラのピッチを27.5度に定めて全速力前進にかけ、新潟港を06時00分に出港して両津港間を2時間20分で航行し、これを3往復して23時50分新潟港に帰着する定期運航を行っているうち、クランクケースに予測できない大きさの残留応力が内在していた状況のもと、高負荷運転が繰り返し行われ、その都度大きな爆発・回転荷重を受けていつしかクランクケースの上板全体に歪及び補強リブの溶接端部から亀裂が数箇所発生し、着座面及び嵌合面のフレッティング摩耗が増大するようになり、ジャケット仕組品に前後方向の傾きを生じる状況となっていた。
 また、おおさど丸は、加熱した冷却清水を通水して初便の約1時間前から暖機を開始していたが、クランクケースの上部が主に温められて同ケース下部との間に温度差を生じ、その熱膨張差の影響を最も受ける9番シリンダの下死点付近におけるピストンとライナとの船首側の隙間が減少して潤滑油の油膜形成が不十分となったので、平成9年11月19日及び同11年10日4日いずれも新潟港を初便で出航して主機の回転を全速力前進に加速中、右舷機9番シリンダのピストンとライナとが焼き付く事故が2回発生したが、現状に復帰させることを優先したことから都度損傷部品を取り替えたまま、直ちに運航を再開していた。
 こうして、おおさど丸は、船長及び機関長ほか31人が乗り組み、旅客199人及び車両51台を載せ、船首4.40メートル船尾5.20メートルの喫水をもって、同11年11月3日06時00分新潟港を発して両津港に向かい、主機の出力を徐々に上昇させてほぼ全速力前進に整定したところ、前示2例の事故と同様な経過をたどり、06時36分新潟港西区第2西防波堤灯台から真方位294度4.8海里の地点において、左舷機9番シリンダのピストンとライナとが焼き付き、クランクケースの安全弁が噴気した。
 当時、天候は晴で風力4の南東風が吹き、海上にはやや波があった。
 その結果、おおさど丸は、左舷機が運転不能となって右舷機のみの運転で新潟港に引き返し、のち、入渠して主機の各部を精査したところ、クランクケースの上板に歪及び補強リブの溶接端部から亀裂が発生していることなどが発見され、左舷機9番シリンダのシリンダ仕組品に前後方向の傾きが生じていることなどが判明し、同シリンダのピストンとライナを新替えしたうえ、主機の全シリンダの着座面のフレッティング摩耗を削正したのち、同面に厚さ2ないし4ミリメートルのシムを挿入するなどしてシリンダ仕組品の傾きを修正した。
 また、品質管理室は、クランクケースの残留応力を完全に除去することが不可能であり、かつ、焼鈍炉を出したときにどの程度の残留応力があるかを検査・確認する方法がないことから、同型機関及び溶接構造のクランクケースを組み込んだ類似の機関を納入した各ユーザーに対し、サービスニュースを作成・配布して主機各シリンダの下死点付近のピストンとライナとの隙間を入渠時に定期的に計測・確認するよう周知徹底した。

(主張に対する判断)
 Q社のB部長は、質問調書中及び当廷において、「例えばクランクケースの納期を急いで補強リブの溶接工程を多人数で短時間で施行したりすると、焼鈍工程の保持時間を長くする必要があるのだが、その管理が十分でなかったことなどが考えられる。」旨の、クランクケース製造時の品質管理が不十分であったとする推定意見を主張するので、以下この点について検討する。
 おおさど丸のクランクケースの溶接工程後の焼鈍工程は、JIS規格に則って施行されたものである。このことは、品質管理室が提出した検査成績書写(右舷機及び左舷機)中の記載内容からも明らかであり、A課長が、「焼鈍記録は、規格に適合したもので不備がない。」旨を主張し、また、B部長が、「焼鈍記録には異状がない。」旨を認めているところである。
 しかしながら、クランクケースのような溶接構造物の残留応力を除去する目的でJIS規格に則って焼鈍工程を施行したとしても、検査調書中の星野製作所が、「焼鈍工程で完全に残留応力を除去することは不可能である。また、焼鈍炉を出したときにどの程度の残留応力があるかを検査・確認する方法がない。」旨を説明し、A課長及びB部長の両人ともこれを認めるところである。
 そこで、おおさど丸のクランクケースには、結果的には残留応力があったことなどから、その応力の定量的な数値まで認定できないまでも、予測できない大きさの残留応力が内在していたものと認められ、その残留応力が本件発生原因のひとつの要因とするのが相当である。
 しかし、A課長が、質問調書中及び当廷において、「これまでに管理して製造した同型機関及び溶接構造のクランクケースを組み込んだ類似の機関において、着座面及び嵌合面のフレッティング摩耗が増大するとともにクランクケース上板の歪及び亀裂などを伴う事故が他に発生していない。何故おおさど丸のクランクケースにだけ発生したかは、不明であると述べるしかない。」旨を一貫して主張し、また、B部長が、「10年以上前のことなので、これから焼鈍工程の施行方法の良否を検証することは不可能である。」との見解を述べたうえで、前示の推定意見を主張したものである。
 こうしたことから、審判審理を尽くして得た証拠中に両人の主張あるいは推定意見を補足したり、反論するにたる確証がないうえ、クランクケースの溶接工程及び焼鈍工程を施行した横浜工場がすでに閉鎖されていることを踏まえると、今後ともこの点に関する新たな証拠を入手する見込みがなく、おおさど丸のクランクケースに予測できない大きさの残留応力が内在した経緯を具体的に検証することは不可能であると言える。
 したがって、溶接工程後のクランクケースの焼鈍工程をJIS規格に則って施行したと主張し、かつ、不備のない焼鈍記録を証拠として提出している品質管理室に対して、クランクケースに予測できない大きさの残留応力が内在した経緯を具体的に検証するよう要請したり、また、前示のB部長の推定意見をもって、クランクケースの品質管理が不十分であったものと指摘することは相当でない。

(原因)
 本件機関損傷は、内燃機製造業者が、溶接構造である主機クランクケースの焼鈍工程をJIS規格に則って施行したものの、同ケースに予測できない大きさの残留応力が内在していた状況のもと、高負荷運転が繰り返し行われ、その都度大きな爆発・回転荷重を受けてクランクケースの上板に歪及び亀裂などが発生し、着座面及び嵌合面のフレッティング摩耗が増大するようになり、ジャケット仕組品に前後方向の傾きを生じ、下死点付近のピストンとライナとの隙間が減少して潤滑油の油膜形成が不十分となったことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 品質管理室の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。 





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