(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年12月6日01時28分
北部太平洋
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船ありげーたーりばてい |
総トン数 |
42,121トン |
全長 |
246.27メートル |
機関の種類 |
過給機付2サイクル7シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
24,050キロワット |
回転数 |
毎分86 |
3 事実の経過
ありげーたーりばていは、昭和61年10月に進水した、コンテナ運搬に従事する貨物船で、主機としてR社が製造した7K90MC型と称するディーゼル機関を装備していた。
主機は、溶接鋼鈑製コラムでクランクケースとシリンダブロックを組み立てた構造で、船首側を1番として7番までシリンダ番号が付けられ、燃料噴射ポンプと排気弁のためのカム軸を駆動するチェーン装置が7番シリンダの後ろに配置され、クランクケース及びチェーンケースの右舷側には安全ふたが取り付けられていた。
カム軸は、各シリンダごとに燃料カム及び排気カムを焼き嵌(ば)めした短軸7本とチェーンホイールを焼き嵌めした、直径330ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ1,400ミリのチェーンホイール軸とで構成され、各軸がフランジ同士を締付ボルトで接続され、シリンダブロック左舷側のカムケース内の軸受とチェーンケース内のチェーンホイール軸で支持されていた。
チェーン装置は、7番シリンダ後ろのクランク軸に取り付けられたチェーンホイールとカム軸後部のチェーンホイールとの間を3列のローラーチェーンで連結し、途中を2個のガイドホイールと2個のガイドレールで案内され、ガイドホイールと同径の調整ホイールで張力を調整されていた。また、全体をクランク部分からシリンダブロック頂部までの高さにわたってチェーンケースに収められており、各シリンダのクランクケースとは主軸受上部の開口部でつながっており、各クランクケースとともにオイルミストの濃度が一定時間毎に順にモニターされていた。
チェーンホイール軸受は、船首側及び船尾側とも幅240ミリ、厚さ6ミリの鋼製裏金に0.5ないし0.7ミリの厚さのホワイトメタルを鋳込んだ上下二割れのすべり軸受で、鋼製軸受台と軸受キャップに収められており、軸受台と設置台との間に厚さ約10.5ミリの調整板を敷き、ノックピンで位置決めされたうえ、設置台にねじ込まれた呼び径72ミリの鋼製スタッドボルトとナットで締め付けられていた。
主機の潤滑油系統は、主機台下部の二重底にある潤滑油サンプタンク(以下、潤滑油系統の機器、装置の名称については潤滑油を省略する。)の潤滑油が、ポンプ吸込部の1次こし網を通してポンプに吸い上げられ、約2.5キログラム重毎平方センチメートルの圧力に加圧されて2次こし器及び冷却器を経て潤滑主管及びピストン冷却主管に送られ、潤滑主管から主軸受、カム軸受、チェーン装置の各部に、ピストン冷却主管から各ピストン内部の冷却室にそれぞれ送られ、いずれも潤滑と冷却を終えたのちクランクケースに落ちて再びサンプタンクに戻るようになっていた。また、チェーンホイール軸受の下部メタルには、チェーン装置から分岐した呼び径20ミリの給油管が、一方、上部メタルにはピストン冷却主管から分岐した同サイズの給油管がそれぞれ接続されていた。
2次こし器は、一般構造用圧延鋼材に多数の穴を打ち抜いた、内径400ミリ高さ650ミリのこし筒との外面に、網目サイズ50ミクロン(250メッシュ相当)のステンレス製こし網と、補強のための30メッシュ及び10メッシュの網を内外に挟んで3層に巻き、上端、下端及び中央部の3箇所にバンドを取り付けたものをこし器エレメントとし、同エレメント4個を鋳鉄製のケーシングに収め、各エレメントの内面から外面に通過する潤滑油中の異物をこすもので、エレメント毎にスラッジコレクタ、逆洗用電磁弁、駆動電動機などで構成される逆洗装置が付属しており、タイマーの作動で2時間毎にこし器エレメントに付着した異物が除去されるようになっていた。
2次こし器のスラッジコレクタは、エレメントのこし筒内面の軸方向に密着する吸込金具が連絡管及びエレメント回転軸で支えられ、同金具にはエレメントの高さ全体にわたって一定の間隔で吸込ノズルがあけられ、同金具から連絡管とエレメント回転軸に向かって通路があり、下端から逆洗用電磁弁を通してドレン回収器に接続されており、タイマーの作動で同電磁弁が開き、吸込ノズル付近の潤滑油が大気圧との差圧で連絡管に流れ始めると、同時に駆動電動機が始動して約2分間で1周する速度で吸込金具を周回させ、こし網内面の異物が潤滑油とともに吸引されるようになっており、ドレン回収器に回収された潤滑油が250メッシュのフィルタで異物を除去されたのち、再びサンプタンクに戻るようになっていた。
ありげーたーりばていは、平成9年11月16日、第二種中間検査の目的で中華人民共和国香港のドックに入り、主機の継続検査として1番シリンダのピストン、シリンダライナ、主軸受等の開放検査を受けるとともに、乗組員の手で船内作業が行われ、同月24日主機の潤滑油2次こし器の4個のエレメントのうち、左舷船尾側のエレメントが開放されたところ、ハンダ付けによるこし網の接着部が下端から約20センチメートルにわたって剥がれ、外側へまくれているのが発見された。
ところで、2次こし器は、潤滑油ポンプが入渠中を除いて航海・停泊を問わず運転される中、自動タイマーの指令で定期的に逆洗動作をしており、約10日毎にドレン回収器のフィルターが点検されていたので、こし器エレメントの開放と内部の点検については間隔が特に習慣づけられておらず、平成8年9月ごろ右舷船尾側のエレメントが開放されていたものの、それ以前の記録が残されていなかった。
A受審人は、作業をしていた一等機関士から報告を受けて、直ちに予備のこし器エレメントを準備させ、念のため前年に開放された右舷船尾側についてもこし器エレメントに異状がないか確認させ、こし器ケーシングの内部に異物がないか点検させたのち、同エレメントを挿入して復旧させた。
ありげーたーりばていは、主機の開放部がすべて組み立てられ、クランクケース内部が掃除されたうえで潤滑油ポンプが始動され、11月26日06時00分主機の試運転が行われたのち出渠し、香港のコンテナヤードで積荷ののち香港を発し、中華民国カオシュン港を経由して12月1日07時30分京浜港東京区に入港し、その間航海と停泊を通して潤滑油ポンプは連続で運転された。
ありげーたーりばていは、20フィートコンテナ2,590個相当を載せ、船首10.33メートル船尾10.42メートルの喫水をもって、平成9年12月1日15時55分京浜港東京区を発し、パナマ共和国バルボア港に向かい、越えて6日主機を毎分回転数82にかけ、機関室無人化(以下「Mゼロ」という。)運転として航行していたところ、主機カム軸チェーンホイール軸船首側軸受のメタルに異物を噛み込んだかして潤滑油境界膜が破壊された部分のメタルが過熱し、部分的に溶融したメタルが軸受給油管を塞いで潤滑油量が減少し、上部及び下部メタルの全体が過熱状態となり、01時25分チェーンケースのオイルミストの濃度が増加して船橋の機関制御盤上でオイルミスト警報が吹鳴したので、当直航海士がMゼロ当番の二等機関士に警報吹鳴を連絡したが、主機が回転数を維持されたまま同機関士が現場確認に向かっているうち、01時28分北緯40度04分西経168度46分の地点で、チェーンホイール軸受周辺の潤滑油ミストが発火して爆発を生じた。
当時、天候は曇で風力5の北西風が吹き、海上はやや波が高かった。
主機は、潤滑油ポンプが継続して運転していたが、クランクケースの安全ふたが開いて爆発による圧力上昇が逃がされ、爆発ガスの噴出の反動でクランクケース内が一瞬負圧になり、潤滑油圧力低下の保護回路が作動し、非常停止した。また、周辺に潤滑油滴が飛散し、主機予備品の木枠や保護カバーなどに付着した。
A受審人は、二等機関士から連絡を受けて船橋に上がり、機関制御盤で警報の状況とポンプ類の運転状態を確認し、一等機関士らに機関室現場の確認を行わせ、主機周辺に高温の潤滑油が飛散して炎を上げていた箇所の消火作業の経過と、補機その他の機器類が継続して運転されていることなどの報告を受けた。
ありげーたーりばていは、主機が運転不能となり、A受審人はじめ機関部の乗組員全員がクランクケース及びチェーンケースの各部の点検に当たり、チェーンホイール軸船首側軸受のメタルが溶融し飛散しているのが発見され、タグボートの援助を依頼し、待機している間に損傷した同軸受台及び軸受キャップが取り外され、応急的にチェーンホイール軸を船尾側のみの支持として低負荷で運転できるよう準備が行われ、短時間の試運転が行われたが、やがて来援したタグボートに曳航(えいこう)され、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル港に引き付けられた。
主機は、チェーンホイール軸及び船首側チェーンホイール軸受が取り替えられ、チェーンケース、潤滑油配管の主な部分及び潤滑油サンプタンクが掃除された。
(原因に対する考察)
本件機関損傷は、主機カム軸チェーンホイールの船首側軸受が焼き付いたものであるが、損傷に至る原因と、潤滑油2次こし器破損との関連について、検討する。
1 軸受の特徴と損傷の形態
カム軸チェーンホイールは、クランク軸の回転をローラーチェーンでカム軸に伝える大直径の回転車で、主機左舷側の上段に置かれたカム軸の船尾端に位置し、チェーンホイール軸の船首側及び船尾側を支える軸受は、メタルを肉厚な軸受台と軸受キャップで保持し、スタッドボルトと締付ナットで堅固に締め付けられている。軸受は、主としてローラーチェーンの張力による荷重を受けながら、上部メタルにはピストン冷却管から、また、下部メタルにはチェーン装置の潤滑油管からそれぞれ分岐した潤滑油管が接続され、いずれかの配管が閉塞しても潤滑油の供給には不足しないようになっている。主機として、主たる動力を伝達するクランク軸、ピストン、連接棒など、動的に過酷な荷重が想定される軸受とは異なり、チェーンホイール軸受は、通常の定期的検査では開放点検の対象となっておらず、本船の軸受も就航以来検査されていなかったものである。機構上、船首側と船尾側に加わる荷重の大きさと形態には大きな差はなかったと考えてよい。
本件における軸受の損傷形態を見てみると、船首側軸受メタルは、5ミリ厚さの薄肉形状の原形をとどめないほど溶損し、溶け出したホワイトメタルがチェーンケースに飛散し、軸受台及び軸受キャップの給油管入口にも埋まっており、上下とも裏金が圧延されて軸方向にはみ出していた。また、チェーンホイール軸についても、凹凸の深い筋が生じており、飛散したホワイトメタルには、削られた表面部材が混入していたことが、その成分分析結果に示されている。損傷しなかった船尾側の軸受メタルは、数箇所に微細な硬い金属の埋没が見られるものの、下メタルに就航以来の、特に異状の見られない当たりが残されていたことと対比的である。潤滑油の供給状態に違いのない、隣り合った両軸受に大きな差が認められた。
2 軸受損傷の過程
すべり軸受に焼付きが生じる過程を、潤滑油性状、同供給量、軸受荷重、異物混入など考えられる要因ごとに見てみる。
(1)潤滑油の性状不良
潤滑油の性状が劣化すると、その粘度低下によって潤滑油膜が正常に保たれず、軸受の異常摩耗更には焼付きにつながる。本船の潤滑油系統の諸設備の運用状況と、定期的に行われた潤滑油性状試験結果の記録とを見てみると、定期的なクランク点検、入渠時の開放整備等のときを除いて潤滑油が周年にわたって循環され、遠心清浄機による側流清浄と、ノッチワイヤ式こし器の頻繁な逆洗操作によって、潤滑油の性状は、ほぼ良好な性状が保たれていたと認められる。同試験結果に、他の潤滑油の混入など何らかの理由で、性状の一部に劣化の兆しが見られるが、平成9年3月以降、潤滑油の補給時に順次1,000リットル単位で部分入替えをしていた経過が、潤滑油の性状回復に現れており、本件後の性状に数値的な問題は見出せない。損傷しなかった船尾側のチェーンホイール軸受の当たり面と、その他の主要な軸受に異状がないことからも、潤滑油の性状が当該軸受の焼付きの原因となった可能性はない。
(2)潤滑油の供給阻害
軸受の上メタル及び下メタルには、別の経路でそれぞれ潤滑油配管が接続されて潤滑油が送り込まれ、潤滑を終えたあとは、軸方向の隙間からカムケースに落ちるようになっていた。京浜港東京区を発して以後、本件発生後の緊急運転準備に至るまで、潤滑油ポンプの運転状態に起因して、潤滑油圧力が継続的に低下した状況は見出すことができない。また、呼び径20ミリの潤滑油管は、小判型フランジがボルトで締め付けられており、本件後の点検で軸受入口部に詰まっていた軸受メタルの溶融金屑と、軸端部からカムケースに飛散した溶融金屑のいずれにも、予め潤滑油の流路を塞いだ異物の痕跡は見出されていない。すなわち、軸受焼付きの原因として、潤滑油の供給阻害は排除することができる。
(3)軸受の過大な面圧
就航以来、特に異状なく運転されてきた主機において、軸受の設計面圧を超える状況が考えられるのは、軸受の取付け状態が変化して片当たりすることである。そこで、軸受ナットの締付力が問題となる。
本件発生後に、軸受の締付ナットを緩めたあと、スタッドボルトが手で緩んだことが本船の損傷報告書写に記録され、A受審人も同様に供述している。同報告書写では、損傷しなかった船尾側軸受の上部ハウジングの締付ナット当たり面にフレッチングが生じていたと記述しており、船尾側軸受の締付けが不足して船首側軸受が片持ちし、軸受負担を増加させたと推論している。
フレッチングは、接触する2面間に接線方向又は法線方向の微小な振動が加えられたときに生じる表面損傷の総称である。本件についてあてはめると、チェーンホイール軸受台と調整板の間が静的に締め付けられていても、長時間の振動と材質表面の弾性変化で徐々に摩耗が進行する可能性がある。上記の報告が船尾側の軸受台に緩みがあったとしている論拠は、ナットの当たり面にフレッチングの様相が見られたことと、スタッドボルトが手で緩んだ点によると思われるが、スタッドボルトの植え込みがねじ底まで十分入っていなくても、ナットをかけた締付けにがたがなければ必ずしも軸受の締付けが不十分であったことにはならない。この点で、B証人の証言は、ナットの締付け面にフレッチングが生じていても、ボルトの締付けがなくなって同軸受が荷重を全く支えていなかったとは断言できず、したがって船首側が片持ちになったと論証することはできないとしており、軸受の片持ちになっていた可能性の低さを示している。
一方、製造メーカーが、損傷した船首側軸受の調整板や、ノックピンの表面について詳細な検査を行っており、その結果、調整板にはフレッチングの痕(あと)が見出されず、ノックピンの一部にフレッチング摩耗のごく初期の現象が見られる点を報告し、また本件後のチェーンの緊張作業の経過から緊張力の変化はなかったことなどと併せて、軸受の締付けが不足していた状況はなかったとしており、各面に残る機械加工時の筋などを示す写真から判断してもこの報告の主張は概ね首肯(しゅこう)できるものであるが、船尾側軸受のナット締付け面のフレッチングについては検証を行っていない。
チェーンホイールの両軸受は、いずれも保存されておらず、前示の報告書に頼るほかに検証はできないが、両報告書が互いに別の軸受に着目しているなかにも、軸受の締付け不足による軸受荷重の片寄り、すなわち軸の片持ちを引き起こす状況を強く裏付けるものは見出せず、軸受損傷に至るほどの過大な面圧は生じていなかったと考えるのが妥当である。
なお、本件発生後に、本船機関部乗組員がカム軸チェーンホイール軸受を開放した際に、締付ナットが逆さまに取り付けられていることが判明したが、ナットの当たり面が小さかった結果として締付け面が異状に摩耗して前示フレッチングの様相を呈することになったものと考えられる。
(4)異物の噛み込みによる油膜破断
潤滑油の質、量について確保され、軸受の物理的荷重負担について大きな疑問がないとすれば、残る要因として潤滑油中の異物の存在を検討しなければならないことは論をまたない。
すべり軸受は、異物を軟らかいメタルに埋没させて周囲の軸とメタルの表面への傷の拡大を防止するが、埋没可能なサイズを超えた異物が軸受まで運ばれて噛み込むと、部分的に油膜が破断され、軸と軸受の一部に金属接触、すなわち焼付きが生じることとなり、摩擦が増大する。潤滑油による冷却が追いつかなくなると、急激な過熱で溶融したメタルの金屑が潤滑油給油管を塞ぎ、過熱が進行して急激に軸受全体の焼損に発展することがある。
潤滑油条件、軸受荷重の両面で大きな差のない、近接した二つの軸受で、片側だけが甚だしい損傷を生じている点を考えると、本件については、軸受給油管を閉塞させはしなかったものの、何らかの異物が噛み込んで部分的に焼き付き、油膜破断の拡大を生じ、溶融したメタルの金屑で潤滑油入口が塞がり、ついに軸受全体が焼損に至ったと推定せざるを得ない。
潤滑油給油管に入り込んだり、チェーンケースなどに飛散した金屑の成分は、ホワイトメタルが大半で、軸受裏金、軸などの炭素鋼成分の破片も認められており、損傷しなかった船尾側軸受のメタル表面の埋め込み異物との関連が、本件の異物噛み込みの経過に重要な関係があると考えられる。
B証人は、その証言において、損傷した軸受のみならず、非損傷軸受の詳細な検討が重要であると述べ、船尾側軸受の数箇所に埋没された異物の観察が、船首側軸受の異物噛み込みの経過をも説明する可能性があったとしている。前記のとおりいずれの軸受も現物が残されていないが、軸受台の摩耗と面圧変化の経過以外に、メタルの検証の機会が温存されなかったことは、極めて残念である。
3 異物混入の可能性
本件において、軸受に異物が混入する可能性のあった時期と本件発生の時期には、隔たりがある。すなわち、
(1)こし器エレメントの破損した時期が不明であるが、かなり早かった可能性がある。
(2)入渠するまで軸受への異物混入はなかった。
(3)入渠中にこし器エレメントが予備のものと交換された。
という経過から、出渠して以後軸受に新たな異物が混入する機会が見当たらない。主機のピストンや軸受の組立て・復旧が終わったのち潤滑油ポンプが始動され、主機のクランクケース内に掃除で回収できなかったごみなどの異物のうちサンプタンクを経てポンプに吸引されたものは、その後頻繁に行われた逆洗作業時にスラッジコレクタで確認され、本件発生後のスラッジコレクタの点検でもホワイトメタルの小さな破片のほかに糸屑、ペイント片などが大量に詰まっていたことが機関損傷報告書写に記録されている。
さかのぼって平成8年9月に船尾右舷側のエレメントを点検した際の記録には、船尾左舷側のエレメントについて触れられておらず、あえて健全性は確認されていないと考えるべきで、こし網の破損は更にそれ以前から平成9年入渠直前にわたる長い期間のいずれかで破損したことになる。エレメントの破損を発見した際の補強バンドのずれた状態から推定して、こし器エレメントの挿入作業の際に同バンドがずり上がり、接着強度が低下していたハンダ付けの箇所で網が剥がれ、外側に押し開かれたと考えるのが無理がない。すなわち、当該こし器エレメントが前回点検ののち挿入された際に同バンドがずれ、その後のある時期にハンダ付けの接着が弱かった下端で網が剥がれたと考えられる。
本件発生後には、機関部の懸命の作業で潤滑油主管など主要部が取り外され、内部の点検が行われた際に、建造時以来と思われる比較的顕著な異物がいくつか回収されている。本件発生前の入渠中にこし器エレメントの破損を認めた際、主要配管から軸受など枝管に分岐する箇所でクランクケースに直接落とす仮配管などを工夫して潤滑油の循環を行うなど、臨時のフラッシング作業を行えば、こし器点検の直前に下流側に侵入していた異物があったとしても、軸受細部に到達させずに除去できた可能性も否めない。
しかし、潤滑油がサンプタンクから汲み上げられて主機の各部に送られ、一巡りして再びタンクに戻る循環時間は、潤滑油ポンプの吐出量と潤滑油の総量から算出すると3分ほどと極めて短い。本件については、前示のとおり潤滑油配管の閉塞をさせるものはなかったものの、軸受メタルが埋め込みきれない異物が、出渠後、軸受に運ばれたと考えなければならない。潤滑油が定常的に流れている中を、10日ほどの時間経過で異物が運ばれる運送モデルを想定しにくく、こし器の破損と軸受の損傷を関連付けるのは困難である。
以上の各点を総合すると、本件機関損傷は、何らかの異物が船首側のチェーンホイール軸受に噛み込み、同軸受全体の焼き付きに至ったと考えるのが相当であるが、こし器より下流への異物の混入の経過については解明することができない。
(原因)
本件機関損傷は、主機のカム軸チェーンホイール軸受に何らかの異物を噛み込み、潤滑油膜が破壊されて同軸受メタルが過熱し、部分的に溶融したメタルの金屑が潤滑油給油管の入口を塞ぎ、メタル全体に損傷が拡大したことによって発生したものである。しかしながら、こし器より下流への異物混入の経過は明らかにすることができない。
(受審人の所為)
A受審人の所為は、異物混入の経過が不明であるので、本件発生の原因とすることはできない。
よって主文のとおり裁決する。