(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年9月28日11時50分
北海道釧路港南東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八徳栄丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
24.60メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
441キロワット |
回転数 |
毎分1,350 |
3 事実の経過
第八徳栄丸(以下「徳栄丸」という。)は、平成4年6月に進水し、いか一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、主機としてR社(以下「メーカー」という。)が昭和62年9月に製造したS6R2F−MTK型と呼称するディーゼル機関を装備し、例年2、3月から山陰沖合で操業を開始し、北上しながら主に日本海及び北海道太平洋沿岸を漁場として11月まで操業を続けていた。
主機の回転制御方法は、船橋からリモコンケーブルにより主機付ガバナの入力側レバーを作動させ、同ガバナの出力側レバーの動きを燃料制御リンク機構(以下「リンク機構」という。)を介して一体型燃料噴射ポンプ(以下「燃料ポンプ」という。)のラックに伝え、ラックを増方向あるいは減方向に動かして所要回転が得られるようになっており、リンク機構の中間に手動停止レバーが設けられていた。なお、燃料ポンプのラックには、リンク機構の反対側に燃料減方向へ常時引いている戻しばねが取り付けられ、急回転、回転のハンチングなどを防止していた。
主機のリンク機構は、手動停止レバーを挟んでガバナ側と燃料ポンプ側の2箇所にボールジョイントが組み込まれていたところ、ボールジョイント球面部の摩耗によりボールがソケットから抜け、リンク機構の連結が外れる事故が発生したことから、メーカーでは平成7年4月25日付で、ソケットにテフロンブッシュを装着した改良品に変更したうえ、機種及び使用箇所を明確にした1回目のサービスシートを発行して系列販売会社に通知し、更に同8年5月15日付で、ボール及びソケット材料を硬質化して改良した旨の2回目のサービスシートを発行した。
B指定海難関係人は、昭和49年3月にS社に入社し、技術サービス担当者として主に各船の機関修理を担当し、徳栄丸の整備は冬場の休漁期間中に巡回サービスして不具合箇所を修理し、夏場に根拠地の青森県北津軽郡小泊漁港に戻っての操業の際には、同船からの整備要請があるときだけ訪船していた。
ところで、リンク機構のボールジョイントは、平成7年から8年にかけて、B指定海難関係人の担当する地域でも同型機関搭載の漁船でボールジョイントの破損事故が重なったことから、同指定海難関係人は、サービスシートの段階では直ちに改良品と交換する必要がなかったものの、2回目のサービスシートを見て自主的に改良品と交換することにし、徳栄丸も平成8年の年末に根拠地に戻ってきた機会をとらえてボールジョイントを改良品と交換したが、手元に改良品のボールジョイントが1組しかなく、他船における事故では燃料ポンプ側ボールジョイントの破損が多かったことから、同ポンプ側のみを交換した。
A受審人は、徳栄丸に就航以来船長として乗り組み、操船のほか機関の運転保守にも従事していたもので、僚船からの情報で、同型機関においてリンク機構が故障して急回転を生じた事故が数件発生していることを知っていたが、整備のことは専門業者に任せておけばよいと思い、前記燃料ポンプ側のボールジョイントを交換した折、B指定海難関係人に本船は大丈夫かと聞いたのみで、自らはリンク機構の点検を行わなかった。
メーカーでは、その後も類似事故の発生が続いたので、平成9年6月30日付けで全国の系列販売会社に緊急サービス通報を発行し、ボールジョイントの球面部に摩耗によるガタがないかなど具体的に点検事項を示して、リンク機構を早期に点検するよう通知した。
B指定海難関係人は、メーカーからリンク機構に関する緊急サービス通報を受けた際、冬場の休漁期に根拠地に戻って来たときリンク機構の点検をすればよいと思い、操業中の徳栄丸が根拠地に戻った同年7、8月にリンク機構の点検を早期に行わなかったので、ガバナ側のボールジョイント球面部が著しい摩耗状態にあることに気付かず、その後徳栄丸は、北海道太平洋沿岸を漁場とし、9月下旬から釧路港を基地として操業を続けていたが、同ボールジョイント球面部の摩耗は、更に進行するようになった。
こうして徳栄丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、操業の目的で、同年9月28日11時10分、船首0.6メートル船尾2.1メートルの喫水をもって釧路港を発し、同港沖合漁場に向け主機を回転数毎分1,200の全速力で航行中、リンク機構ガバナ側ボールジョイントのボールがソケットから抜け、リンク機構の連結が外れて回転制御不能となったが、燃料ポンプのラックがスティックしたものか戻しばねによる燃料減方向への移動が不能となり、11時50分昆布森灯台から真方位215度4.1海里の地点において主機が急回転した。
当時、天候は晴で風力3の西風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、船橋の緊急停止ボタンを押しても主機が停止しないので、機関室に赴き、手動停止レバーを引いて主機を停止させ、リンク機構の連結が外れていることを認め、運転不能と判断して救助を求めた。
徳栄丸は、僚船によって釧路港に引き付けられ、修理業者が主機を開放点検したところ、3番、6番シリンダのピストンとシリンダライナが焼き付いていたほか、クランク軸及び架構にも損傷が及んでおり、修理に長期間要することから、主機を換装した。
B指定海難関係人は、本件後、同型機関搭載の各船を訪船し、同年12月初旬までにリンク機構の点検及びボールジョイントの改良品への交換を終了した。
(原因)
本件機関損傷は、主機の運転及び保守に当たり、燃料制御リンク機構の点検が不十分で、著しい摩耗状態の同リンク機構ボールジョイントが交換されず、全速力航行中、ボールジョイントが破損して主機が回転制御不能となったことによって発生したものである。
メーカー系列販売会社の技術サービス担当者が、メーカーが発行した燃料制御リンク機構に関する緊急サービス通報を入手した際、同リンク機構を早期に点検しなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は、主機の運転及び保守に当たる場合、同型機関において燃料制御リンク機構の故障で急回転事故の発生が続いていたのを知っていたのであるから、同リンク機構ボールジョイントに生じていた著しい摩耗状態を見逃すことのないよう、同リンク機構の点検を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、専門業者に任せて整備しているので大丈夫と思い、同リンク機構の点検を行わなかった職務上の過失により、全速力航行中、著しい摩耗状態のボールジョイントが破損して回転制御不能となる事態を招き、主機が急回転してピストン、シリンダライナ、クランク軸などを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、メーカーが発行した燃料制御リンク機構に関する緊急サービス通報を入手した際、同リンク機構を早期に点検しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後早期に、担当各船の燃料制御リンク機構の点検及びボールジョイント改良品への交換を行った点に懲し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。