(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
(第1)
平成10年5月27日04時50分
ロシア連邦カムチャツカ半島南東方沖合
(第2)
平成10年9月6日02時00分
北海道根室半島南東方沖合
2 船舶の要目
(第1)(第2)
船種船名 |
漁船第六十一山仙丸 |
総トン数 |
135トン |
登録長 |
32.11メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
672キロワット |
回転数毎分 |
620 |
3 事実の経過
第六十一山仙丸(以下「山仙丸」という。)は、昭和59年6月に進水し、中型さけ・ます流し網漁業、さんま棒受け網漁業などに従事する船尾船橋機関室型の鋼製漁船で、機関室には、下段中央にR社製の6DLM−25FS型と呼称するディーゼル機関を装備し、主機の左右に、ディーゼル機関駆動の250キロボルトアンペアの交流発電機(以下「主発電機」という。)をそれぞれ備えていた。
(第1)
主機の潤滑油系統は、セミドライサンプ方式で、標準油量を300リットルとするクランク室底部の油だめのほか、機関室中段の右舷壁沿いにセットリングタンクを有しており、油だめの潤滑油が直結潤滑油ポンプ(以下、潤滑油関係の機器名については「潤滑」を省略する。)で吸引・加圧され、油冷却器を経て軸受系統の調圧弁に入り、始動時などその圧力が3キログラム毎平方センチメートル(以下、圧力の単位をキロという。)以下のときは、全量が軸受系統に送られるが、同圧力が3キロを超えると余剰分がピストン冷却系統調圧弁に入り、ピストン冷却主管に送られ各シリンダ下部のノズルから噴出して鍛鋼製ピストン上部内面を冷却するようになっており、油ポンプの吐出圧力が上昇して定常状態に入ると、軸受主管の圧力は4.5キロ、ピストン冷却主管の圧力は3.5キロに保持されていた。また、ピストン冷却系統調圧弁で発生した余剰油は、セットリングタンクに送られ、同タンクのあふれ油が呼び径100ミリメートルのあふれ管を通って油だめに落ちるようになっており、そのあふれ管には同タンク出口のところに止め弁(以下「戻り油弁」という。)が横向きに設けられていた。なお、セットリングタンクの容量は1,100リットルで、そのうち、同タンク内に開口しているあふれ管のホッパー上縁までの容量が800リットルであった。
主機潤滑油関係の警報装置は、軸受系統に2個の圧力スイッチが設置されていて、軸受油圧が2.5キロに低下すると軸受圧力低下警報が作動し、同油圧が更に2.0キロまで低下すると機関停止電磁弁に通電されて主機が停止し、また、ピストン冷却系統には1個の圧力スイッチがあり、油圧が1.0キロに低下するとピストン冷却油圧力低下警報が作動するようになっていた。なお、主機警報装置の電気回路には、機側操縦ハンドルの位置がインターロックとして組み込まれ、同ハンドル付きリミットスイッチが停止位置では断となって同回路に通電されず、運転位置で接となって通電されるようになっていた。
A受審人は、平成7年8月以来、山仙丸に機関長として乗り組み、機関関係機器の運転及び保守管理に当たっていたが、主機潤滑油セットリングタンクの戻り油弁については、全開状態で使用している同弁が運転中に閉弁することはあるまいと思い、グランドの増し締めをするとか、グランドパッキンの増し入れや交換をするなどして同弁の整備を行っていなかったので、いつしか同弁は、パッキンが衰耗して弁棒を固定する力が低下し、機関振動や船体動揺でハンドル車が動くとともに弁棒が閉弁方向に回転し、同弁の開度が次第に減少するようになった。また、主機警報装置は、機側操縦ハンドル付きリミットスイッチが接触不良となって同ハンドルを運転位置としても通電されない状態になっていたが、A受審人は、同リミットスイッチの通電状態の点検を行わなかったので、このことに気付かなかった。
山仙丸は、A受審人ほか15人が乗り組み、中型さけ・ます流し網漁業の目的で、同10年5月24日06時20分北海道釧路港を発し、主機を回転数毎分620の全速力にかけてロシア連邦カムチャツカ半島沖合の漁場へ向け航行中、翌25日早朝から荒天となって船体動揺が激しく、主機を回転数毎分420ないし450の微速力に減じてレーシングを防止しながら航行していたところ、戻り油弁弁棒の閉弁方向への回転が進み、越えて27日未明には同弁が閉弁近い状態になったため、油だめに戻るあふれ油の流れが阻害され、次第に油だめの油量が減少するようになり、やがて油ポンプが空気を間欠的に吸引してピストン冷却油の圧力が警報設定値以下に低下したが、警報回路に通電されていなかったため警報装置が作動せず、船橋及び機関当直者がピストン冷却油圧力の低下に気付かなかった。
こうして主機は、ピストン冷却油圧力が上下する状態で運転が続けられていたところ、機関室当直中の操機長が、27日04時40分ごろ見回りで主機計器板を見てピストン冷却油圧力が低下しているのを発見し、急いで自室で休息中のA受審人に通報し、同人が機関室に赴いて主機の回転数が毎分500、ピストン冷却油圧力が0.5キロ以下に低下していることなどを確認しているうちに、主機最船尾側に位置する6番シリンダのピストンが過熱膨張してシリンダライナに焼き付き、04時50分北緯49度27分東経157度12分の地点において、クランク室ミストに引火してクランク室安全弁が噴気した。
当時、天候は晴で風力6の北西風が吹き、海上には3ないし4メートルの波があった。
A受審人は、直ちに主機を停止して機関各部を点検したところ、油だめの油量が著しく減少して6番シリンダのピストンとシリンダライナが焼損していることを認め、洋上での修理が不能と判断した。
山仙丸は、救助を求め、僚船及び巡視船に引航されて6月1日花咲港に帰り、メーカー手配の修理業者が精査した結果、前記損傷のほか、1番のピストン及びシリンダライナ並びに2番及び3番のシリンダライナに焼損を認めて新替えし、また、2番及び3番のピストンには強い当たりの箇所があり、修正修理した。
(第2)
第六十一山仙丸(以下「山仙丸」という。)は、昭和59年6月に進水し、中型さけ・ます流し網漁業、さんま棒受け網漁業などに従事する船尾船橋機関室型の鋼製漁船で、機関室には、下段中央にR社製の6DLM−25FS型と呼称するディーゼル機関を装備し、主機の左右に、ディーゼル機関駆動の250キロボルトアンペアの交流発電機(以下「主発電機」という。)をそれぞれ備えていた。
山仙丸の主機冷却は2次冷却式で、1次冷却水の海水は、主機と右舷側主発電機間のシーチェストに付設した海水吸入弁から吸引され、海水こし器を経て同主発電機後方に設置した揚水量毎時55立方メートルの電動式冷却海水ポンプ(以下「海水ポンプ」という。)で加圧され、潤滑油、空気及び清水の各冷却器を順に熱交換した後、船外に排出されるようになっていた。
ところで、主機の海水吸入弁から海水ポンプに至る海水吸入管は、呼び径100ミリメートルの鋼管で、床下に配管されていたが、海水吸入弁出口フランジから同ポンプ寄り約30センチメートルの下側に経年による腐食が進行し、いつしか肉厚が著しく減少して破口のおそれのある状態になっていた。
A受審人は、平成10年4月下旬から中間検査工事を施工することになり、同工事の準備として機関部乗組員とともに主機冷却海水系統の配管を点検することとしたが、床下の海水吸入管については、管表面の上側をテストハンマーで軽く叩くだけで腐食状況が判かるものと思い、管表面の下側も含めて海水吸入管を入念に点検せず、同吸入管下側の前示腐食箇所を見落とした状態で、同年5月初めに同検査工事を終え、山仙丸は、同月中旬から操業を繰り返していたが、同吸入管の腐食が更に進行するようになった。
こうして山仙丸は、A受審人ほか16人が乗り組み、さんま棒受け網漁業の目的で、9月5日12時10分、船首1.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、北海道釧路港を発して歯舞諸島沖合の漁場に向かい、21時ごろ同漁場に達して操業を行っていたところ、翌6日01時ごろ主機海水吸入管の前記腐食箇所に直径約7センチメートルの破口を生じ、海水が機関室に浸入するようになったが、投網中は機関部乗組員全員が甲板作業に従事するため機関室が無人となっていたうえ、機関室にはビルジ高液面警報装置が設置されていなかったことから発見が遅れ、主機動力伝達装置の逆転減速機が冠水して潤滑油に海水が混入するようになり、主機を停止回転数毎分400にかけて運転中、甲板上で漁労作業に従事していた同受審人が、機関室で警報ベルが鳴っているのに気が付いて同室に入ったところ、02時00分北緯43度08分東経146度22分の地点において、機関室床板付近まで浸水して主機フライホイールで水を巻き上げ、逆転減速機の潤滑油圧力低下警報が作動していることを認めた。
当時、天候は曇で風力4の東風が吹き、海上にはやや波があった。
A受審人は、主機海水吸入弁付近から海水が湧き上がっているのを認め、直ちに主機を停止して同弁を閉弁し、魚倉排水用の移動ポンプを使用して排水しながら浸水箇所の捜索に当たったところ、前記破口を発見し、更に逆転減速機への海水の浸入状況などから主機の運転継続不能と判断した。
山仙丸は僚船に引航されて花咲港に入港し、修理業者が点検した結果、逆転減速機内部の軸受等が損傷しているほか、右舷側主発電機が主機フライホイールで巻き上げた海水により短絡しており、のち主機海水吸入管及び同減速機損傷部品を新替し、同発電機を中古発電機に換装し、また、機関室の浸水対策としてビルジ高液面警報装置を新設した。
(原因)
(第1)
本件機関損傷は、潤滑油系統がセミドライサンプ方式の主機の運転及び保守管理に当たり、潤滑油セットリングタンクの戻り油弁の整備が不十分で、グランドパッキンの衰耗していた同弁の弁棒が機関振動で閉弁方向に回転してあふれ油の流れが阻害され、油だめの油量が減少して潤滑油ポンプが空気を吸引したことと、警報装置の点検が不十分で、ピストン冷却油圧力が警報設定値以下になった際、同装置が作動しないまま主機の運転が続けられたこととにより、ピストンが過熱膨張したことによって発生したものである。
(第2)
本件遭難は、中間検査工事の施工準備として主機冷却海水系統の配管を点検するに当たり、海水吸入管の点検が不十分で、操業中に同管の腐食が進行して破口を生じ、海水が機関室に浸入したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
(第1)
A受審人は、潤滑油系統がセミドライサンプ方式の主機の運転及び保守管理に当たる場合、潤滑油セットリングタンクの戻り油弁が運転中に機関振動などで閉弁することのないよう、グランドパッキンを増し入れするなどして同弁の整備を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、全開状態で使用している戻り油弁が運転中に閉弁することはあるまいと思い、グランドパッキンを増し入れするなどして同弁の整備を十分に行わなかった職務上の過失により、同弁が機関振動で閉弁して油だめの油量が減少し、潤滑油ポンプが空気を吸引してピストンの過熱膨張を招き、ピストン及びシリンダライナを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
(第2)
A受審人は、中間検査工事施工の準備として主機冷却海水系統を点検する場合、機関室床下に配管した海水吸入管は操業に入ると点検が行き届かなくなるから、腐食箇所を見逃すことのないよう、管表面の下側も含めて海水吸入管を十分に点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、管表面の上側をテストハンマーで軽く叩くだけで腐食状況が判かると思い、管表面の下側も含めて海水吸入管を十分に点検しなかった職務上の過失により、同管下側の著しい腐食箇所を見逃し、操業中に腐食の進行により破口を生じて機関室への浸水を招き、逆転減速機及び主発電機を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。