(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年2月10日19時55分
関門港
2 船舶の要目
船種船名 |
押船第八若島 |
総トン数 |
19.0トン |
全長 |
17.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
661キロワット |
回転数 |
毎分1,800 |
3 事実の経過
第八若島(以下「若島」という。)は、平成7年5月に進水した、土運船など非自航船の曳航や押航業務に従事する鋼製引船兼押船で、主機として、R社が製造した連続最大出力330.5キロワットの6LAAK−UT形と呼称するディーゼル機関2基と、同社が製造したYX−180形と呼称する逆転減速機(以下「減速機」という。)2基とをそれぞれ組み合わせて装備し、上部及び下部の各船橋に主機の遠隔操縦装置を備え、下部船橋に警報装置を設けていた。
減速機は、油圧作動の湿式多板クラッチ、減速歯車及び作動油ポンプなどから構成され、船橋のクラッチハンドルを操作することにより、前進クラッチまたは後進クラッチのピストンに油圧をかけ、クラッチ板を圧着して動力を伝達する構造となっていた。
減速機の作動油及び潤滑油系統は、ケーシング底部油だめ内の油が、作動油ポンプで吸引して加圧され、作動油調圧弁で調圧されたのち、前後進切換弁を経て前進または後進の各クラッチに送られるほか、潤滑油調圧弁で調圧され、各軸受及び歯車のかみ合い部などに注油されたのち、油だめに戻るようになっており、潤滑油圧力が0.2キログラム毎平方センチメートル(以下圧力は「キロ」という。)ないし0.4キロ以下に低下したとき、下部船橋において、クラッチ潤滑油圧力低下の警報ランプt警報ブザーが作動するようになっていた。
A受審人は、平成10年11月から1人で乗り組み、主機及び減速機の取扱いに当たり、潤滑油の補給などを適宜行っていたものの、航行中は自ら操船に当たることから、機関室の見回りなどを行わずにいたところ、主機始動の際、下部船橋の警報ブザーのスイッチを入れると同ブザーが連続して作動し、正常に機能しなくなったので、同スイッチを切った状態として運航に従事していた。
A受審人は、翌11年2月9日16時過ぎ関門港若松区において主機の始動準備中、移動防止のため床面にマット等を敷いて保管場所としている両舷減速機の中間付近から潤滑油缶を持ち出し、両舷主機に同油を補給したが、出港準備を急いだことから、残油約15リットルの入った同缶を左舷減速機横の床面上においても支障はあるまいと思い、同缶を所定の保管場所に戻すなど、移動物の管理を十分に行うことなく、同機の検油棒保護管(以下「検量管」という。)の横に放置したまま、出港準備にかかった。
A受審人は、台船を曳航する目的で、同9日16時30分関門港若松区を発し、山口県徳山下松港に向かい、翌10日02時30分同港に入港し、投錨して仮泊したのち、09時ごろ抜錨し、10時ごろ同港第1区の晴海埠頭に係留されていた台船船尾に若島の船首部を接合しようとしたところ、接合時の衝撃で、前示の潤滑油缶が転倒して左舷減速機検量管に当たり、同管付根部に亀裂を生じさせ、同部から油が漏洩する状況となったが、このことに気付かなかった。
こうして、若島は、A受審人が1人で乗り組み、作業員2人を乗せ、船首1.0メートル船尾2.3メートルの喫水をもって、鋼管製の浚渫用汚濁防止枠を載せて船首尾とも0.5メートルとなった台船を押し、同10日10時15分徳山下松港を発して関門港若松区に向かい、両舷主機を回転数毎分1,600ないし1,700にかけ、約4ノットの対地速力で航行中、左舷減速機の漏油が続いて油量不足となり、作動油ポンプが空気を吸引し、クラッチ潤滑油圧力が低下して同圧力低下警報ランプが点灯したが、警報ブザーのスイッチが切られていたので警報音が発せられず、上部船橋で操船中のA受審人は、このことに気付かないまま運転を続け、潤滑の阻害されたクラッチ摩擦板及び入力軸軸受などに焼付きを生じ、19時55分巌流島灯台から真方位044度550メートルの地点において、異臭と白煙が立ちこめた。
当時、天候は曇で風力1の東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、下部船橋で異臭に気付いた作業員の通報により、機関室へ赴き、異臭と白煙の充満していることを認め、同室通風機による排煙の措置をとり、左舷減速機を点検してケーシングが焼け焦げていることを発見し、左舷主機を停止した。
若島は、右舷主機のみで続航して関門港若松区に入港し、のち損傷した左舷減速機のクラッチ摩擦板、入力軸軸受及び作動油ポンプなど損傷部が取り替えられ、検量管の亀裂部及び警報装置が修理された。
(原因)
本件機関損傷は、機関室内の移動物の管理が不十分で、転倒した潤滑油缶が減速機の検量管に当たり、同管付根部に亀裂を生じて潤滑油が漏洩し、同機の作動油ポンプが空気を吸引して各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機に潤滑油を補給したのち出港する場合、残油の入った潤滑油缶を減速機の横に置いたままとすると、船体が動揺したとき、同機の検量管に当たるおそれがあるから、潤滑油缶を所定の保管場所に戻すなど、移動物の管理を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、出港準備を急いだことから、減速機の横の床面上に置いても支障はあるまいと思い、潤滑油缶を所定の保管場所に戻すなど、移動物の管理を十分に行わなかった職務上の過失により、船体が動揺したとき、転倒した潤滑油缶が減速機の検量管に当たって同管付根部に亀裂を生じさせる事態を招き、同部から漏油するまま運転してクラッチ摩擦板、入力軸軸受及び作動油ポンプなどを損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。