(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年9月3日19時50分
ハワイ諸島南方
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八福徳丸 |
総トン数 |
172トン |
全長 |
37.13メートル |
機関の種類 |
過給機付2サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
500キロワット |
3 事実の経過
第八福徳丸(以下「福徳丸」という。)は、昭和58年9月に進水した、まぐろはえ縄漁業に従事するFRP製漁船で、船内電源装置として電圧225ボルト容量250キロボルトアンペアの3相交流発電機が、機関室内のほぼ中央に配置された主機を挟んで両舷に各1基ずつ備えられていた。
発電機は、いずれもR社相模原製作所が製造したS6B−MPTA型と呼称する定格出力220キロワット同回転数毎分1,800の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関(以下「補機」という。)でA重油を燃料として駆動され、左舷側補機の各シリンダには船首側を1番として6番までの順番号が付されていた。
補機の潤滑油系統は、クランク室下部の油だめに入れられた約65リットルの潤滑油が、主機直結の歯車式潤滑油ポンプで吸入こし器を介して吸引され、紙製のフィルタエレメントを使用する複式の潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経て潤滑油主管に至り、同主管から主軸受、クランクピン軸受を経てピストンピン軸受を順に潤滑する系統、カム軸、動弁装置などを潤滑する系統及び過給機を潤滑する系統にそれぞれ分岐し、各部の潤滑及び冷却を行ったのち、いずれも油だめに戻って循環するようになっていた。また、油清浄装置として、潤滑油の一部が複式の同油こし器入口で分岐して別のこし器を経て油だめに戻って循環するよう、複式のこし器と同じフィルタエレメントを使用する単式のバイパスこし器が付設されていた。
補機の保護装置は、冷却清水出口温度が摂氏95度に上昇すると水温上昇の警報を、また、潤滑油主管圧力が1.5キログラム毎平方センチメートルに低下すると同油圧力低下の警報を、いずれも操舵室及び機関室の警報盤で発するとともに補機を自動で危急停止するようになっていた。
ところで、補機の潤滑油は、長期間使用すると燃焼生成物であるカーボン粒子、摩耗した金属紛などの異物が混入して汚損するとともに、高温にさらされることなどから性状の劣化が進行し、クランクピン軸受メタルの摩耗の進行、同油こし器の目詰まりによる同油圧力低下での潤滑阻害などを招くおそれがあることから、定期整備の標準として、250時間の運転を経過するごとに潤滑油の取替え及び同油こし器エレメントの取替えを行うよう取扱説明書で指示されていた。
A受審人は、平成8年12月から機関長として初めて福徳丸に乗り組み、自ら機関当直に入る一方、機関部乗組員4人を指揮して機器の運転及び保守管理に当たり、常時単独で運転される補機については約1箇月ごとに運転機の切替えを行い、同機の潤滑油の管理に当たっては同油が減っていればその都度補給を行い、3箇月の運転を経過するごとに同油こし器エレメントの取替え及び2箇月の運転を経過するごとに同油の取替えを行っていたが、補機の運転にこれまで問題がなかったので同油を継続使用しても差し支えないものと思い、適正な間隔で同油の取替えを行うなど潤滑油の性状管理を十分に行うことなく、補機の運転を続けていた。
補機は、潤滑油が取替え標準時間を大幅に超えた長期間の使用で著しく汚損劣化し、同油の劣化で潤滑が阻害されるとともに、クランクピン軸受メタルの摩耗が進行して軸受隙間が増大し、クランクピンボルトが連接棒とピストンの往復慣性力で平素を超える繰り返し応力を受けるようになり、同ボルトにいつしか生じた微小亀裂が徐々に進行し、疲労破壊を招くおそれのある状況となっていた。
こうして、福徳丸は、平成8年12月29日09時00分(日本標準時、以下同じ。)和歌山県勝浦漁港を発し、翌9年1月4日アメリカ合衆国領グアム島に寄港して外国人船員11人の補充などを行ったのち、ニュークリスマス諸島付近の漁場で操業を繰り返し、同年8月9日10時30分A受審人ほか17人が乗り組み、サモア諸島のアメリカ合衆国領ツツイラ島パゴパゴ港を発し、漁場に至って操業を行ったのち漁場移動のために航行中、左舷側補機の保護装置が作動しないまま、単独運転中であった同機の4番シリンダのクランクピンボルトが破断し、同年9月3日19時50分北緯10度12分西経153度30分の地点において、連接棒大端部がクランクピンとの連結部から外れ、同棒が振れ回ってシリンダブロックを突き破り、大音を発するとともに同機が自停した。
当時、天候は晴で風力2の南西風が吹き、海上は穏やかであった。
甲板上にいて大音に気付いたA受審人は、直ちに機関室に赴き左舷側補機4番シリンダの連接棒がクランク室蓋を突き破り、クランクピンボルトが2本とも破断して同室内に落下しているのを認め、その旨を船長に報告し、右舷側補機を始動して船内電源を確保するなど事後の措置に当たった。
福徳丸は、操業を断念し、同月12日アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル港に入港して日本から派遣された技師による左舷側補機の修理を試みたものの、部品が入手できなかったことから、右舷側補機を運転して操業を続けることとし、同年11月29日勝浦漁港に帰港したのち、左舷側補機のシリンダブロック、クランク軸、連接棒、クランクピン軸受メタルなど損傷部品の取替え及び修理が行われた。
(原因)
本件機関損傷は、補機の運転及び保守管理に当たる際、潤滑油の性状管理が不十分で、同油が長期間の使用で著しく汚損劣化したまま同機の運転が続けられ、クランクピン軸受メタルの摩耗などでクランクピンボルトが平素を超える繰り返し応力を受け、同ボルトが疲労破壊したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、補機の運転及び保守管理に当たる場合、潤滑油を長期間使用すると燃焼生成物であるカーボン粒子などの異物が混入して同油が汚損するとともに、性状の劣化が進行し、クランクピン軸受メタルの摩耗の進行などを招くおそれがあったから、適正な間隔で同油の取替えを行うなど同油の性状管理を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、補機の運転にこれまで問題がなかったので同油を継続使用しても差し支えないものと思い、適正な間隔で同油の取替えを行うなど同油の性状管理を十分に行わなかった職務上の過失により、クランクピン軸受メタルの摩耗が進行し、軸受隙間の増大でクランクピンボルトが連接棒とピストンの往復慣性力で平素を超える繰り返し応力を受け、同ボルトの疲労破壊を招き、同ボルトの破断により連接棒が振れ回り、シリンダブロックなどの損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。