(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年6月3日04時00分
酒田港南西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一輝修丸 |
総トン数 |
9.97トン |
全長 |
18.45メートル |
機関の種類 |
4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
117キロワット(計画出力) |
回転数 |
毎分1,300(計画回転数) |
3 事実の経過
第一輝修丸(以下「輝修丸」という。)は、昭和53年4月に進水し、小型底びき網漁業に従事するFRP製漁船で、主機として、R社が製造した6BN型と呼称するディーゼル機関を据え付けており、また、推進軸系には、同社製のY−90型と称する減速逆転機を装備していた。
減速逆転機は、主機クランク軸と弾性継手を介して結合した入力歯車付後進軸、同軸の両側に配置されて同歯車と歯車結合した前進入力歯車付の2本の前進軸、前進軸及び後進軸にブッシュを介して支持された前進及び後進両小歯車、同両小歯車と歯車結合した大歯車及び同大歯車をキーで支持している推進軸などから構成されており、また、前・後進軸にはスチールプレート、摩擦板及び油圧ピストンなどが組み込まれた油圧湿式多板形の前・後進用クラッチがそれぞれ取り付けられていた。
減速逆転機の潤滑油系統は、片方の前進軸端に取り付けられた直結の潤滑油ポンプによってケーシング底部の油だめから吸引・加圧された潤滑油が、まず作動油圧力調整弁で調圧されて各クラッチなどに供給されるとともに、同調整弁の逃し孔を経由した同油が潤滑油冷却器で冷却されたのち、潤滑油圧力調整弁(以下、作動油圧力調整弁及び潤滑油圧力調整弁を「潤滑油調圧弁」という。)で更に調圧され、潤滑油こし器を経て各軸受などに強制注油されるようになっていた。
ところで、減速逆転機を長期間運転していると油だめの潤滑油中にスラッジなどを堆積するようになり、スラッジを噛み込んだ潤滑油調圧弁が作動不良となるおそれがあったので、同機の作動油・潤滑油両圧力計で圧力の変動状況を確認するとともに、減速逆転機の各部を定期的に開放して整備する必要があった。
A受審人は、まぐろ漁船及びます流し網漁船にそれぞれ甲板員として乗船した経歴を有し、平成5年3月から同10年7月まで輝修丸に船名変更する前の第8新山丸に甲板員として乗船したのち、同11年3月輝修丸を購入して乗り組んだもので、山形県由良漁港を基地として、同漁港から5ないし15海里ほどの周辺海域でタラ及びハタハタを漁獲物の対象として、深夜に出漁して夕刻に帰港する操業に従事していた。
ところで、A受審人は、輝修丸を購入した際、船体を上架して船底掃除を施行するとともに主機ピストン抽出などの機関の整備を行ったが、減速逆転機については、船舶検査手帳に開放整備した旨の記載がなくその来歴が不明であったものの、前船舶所有者が定期的に開放整備しているものと思い、同機の開放整備を十分に行うことなく、減速逆転機が長期間にわたって開放整備されておらず、潤滑油調圧弁にスラッジを噛み込んでいる兆候及び後進用クラッチの油圧ピストンの固着する兆候のあることに気付かないまま、前示の操業に従事していた。
また、A受審人は、前船舶所有者のもとで甲板員として乗船しているとき、航行中に主機の回転数を低下させると、警報ブザーが鳴って操舵室の計器盤に赤ランプが点灯するため、警報装置の電源スイッチを切って操業していたので、輝修丸を購入後も同スイッチを切ったまま操業していることが多かった。
こうして、輝修丸は、A受審人がほか1人と乗り組み、船首0.80メートル船尾1.20メートルの喫水をもって、同年6月3日03時00分由良漁港を発し、酒田港南西方沖合の漁場に向けて航行中、スラッジを噛み込んだ潤滑油調圧弁が作動不良となっていたうえ、減速逆転機の後進用油圧ピストンが固着するなどして半クラッチ状態となっているところに、摩擦板などの摩耗粉で潤滑油こし器の目詰まりが更に進行し、潤滑油圧力が著しく低下したが、電源スイッチを切っていたので警報装置が作動せず、04時00分由良港西防波堤灯台から真方位316度10海里の地点において、減速逆転機の各軸受並びに後進用クラッチのスチールプレート及び摩擦板などが焼損して同機から異音を発するようになった。
当時、天候は曇で風力2の西風が吹き、海上は穏やかであった。
損傷の結果、輝修丸は、自力航行を断念して僚船に曳航され、由良漁港に引き付けられたのち、焼損した減速逆転機の各軸受並びに後進用クラッチのスチールプレート及び摩擦板などの損傷部品を新替えする修理を行った。
(原因)
本件機関損傷は、中古船を購入した際、減速逆転機の開放整備が不十分で、スラッジを噛み込んだ潤滑油調圧弁が作動不良となっていたうえ、減速逆転機の後進用油圧ピストンが固着するなどして半クラッチ状態となっていたところに、摩擦板などの摩耗粉で潤滑油こし器の目詰まりが更に進行し、潤滑油圧力が著しく低下したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、中古船を購入した場合、減速逆転機の整備来歴が不明だったのだから、操業中に同機の各軸受などを焼損させぬよう、操業開始に先立って減速逆転機の開放整備を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、前船舶所有者が定期的に開放整備しているものと思い、同機の開放整備を十分に行わなかった職務上の過失により、スラッジを噛み込んだ潤滑油調圧弁が作動不良となっていたうえ、後進用油圧ピストンが固着するなどして半クラッチ状態となっていることに気付かず、摩擦板などの摩耗粉で潤滑油こし器の目詰まりが更に進行して潤滑油圧力の著しい低下を招き、各軸受並びに後進用クラッチのスチールプレート及び摩擦板などを焼損させるに至った。