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 海難審判庁裁決録 >  2001年度(平成13年) > 転覆事件一覧 >  事件





平成12年広審第31号
件名

漁船第七十三長生丸転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成13年1月24日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(竹内伸二、工藤民雄、内山欽郎)

理事官
前久保勝己

受審人
A 職名:第七十三長生丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
損傷なし、機関等に海水による濡損のち廃船、B機関長、多臓器不全のため死亡

原因
横傾斜を避けるための措置不十分

主文

 本件転覆は、荒天下、高波による大角度の横傾斜を避けるための措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成11年7月24日05時50分
 北海道留萌港西方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第七十三長生丸
総トン数 17トン
全長 21.80メートル
4.18メートル
深さ 1.60メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 478キロワット

3 事実の経過
 第七十三長生丸(以下「長生丸」という。)は、中央に操舵室があるFRP製漁船で、毎年5月ごろ鳥取県境港を出航して日本海を北上しながらいか一本釣りの操業に従事するもので、平成11年7月上旬からは北海道小樽港を水揚港として北海道西岸沖合の日本海で操業を行っていたところ、A受審人ほか2人が乗り組み、操業のため、船首0.3メートル船尾2.2メートルの喫水をもって、同年7月23日10時00分小樽港を発し、同港北方の武蔵堆付近の操業海域に向かった。
 A受審人は、発航に先立ち、09時ごろテレビの気象情報により翌日の夕刻あたりから操業海域が荒天模様になることを知ったものの、それまでには操業を終えて水揚港の小樽に向け帰途につくことができると判断し、旭川地方気象台から注意報・警報の発表はなく、北海道西岸沖合は平穏な状態であったことから同港を出航することとしたものであるが、このころ鳥取県北方約140海里の日本海には、1,000ヘクトパスカルの熱帯低気圧があって、毎時40キロメートルの速度で北東に進行中であった。
 ところで、長生丸は、船体中央における甲板上の高さが0.95メートルのブルワークが設けられ、舷側には各舷7個所に排水口が設置されており、各排水口には5個の小孔を開けた鉄板がネジ止めされた構造となっていた。一方、各舷にはいか釣り機械をそれぞれ6基ずつ備え、操舵室前の甲板下に5個の魚倉があって、各魚倉のハッチは、縦0.8メートル、幅1.6メートル、ハッチコーミング高さ0.3メートルで、FRP製の蓋を被せるようになっており、また、賄室後方の船尾甲板下に設けられた倉庫には横に並んだ4個のハッチがあって、これらにも同様のFRP製蓋が被せられていた。
 同日18時ごろA受審人は、漁場に到着していか釣りの操業に従事したが、大漁となって操業作業に追われ、この間、気象情報を収集する余裕もなく、翌24日01時30分小樽港北北東約90海里の北緯44度34.0分東経140度19.0分の地点で操業を終え、同時45分針路を小樽港に向かう160度(真方位、以下同じ。)に定めて自動操舵とし、機関を半速力前進にかけて漁場を発進し、5.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
 その後乗組員は漁獲物収納箱の積付けなどの作業にあたり、1、2番魚倉には氷が、5番魚倉には発泡スチロールの空箱などがそれぞれ積載されていたので、漁獲物収納箱は、重さが5ないし6キログラム(以下「キロ」という。)の発泡スチロール箱約420個のうち約320個を3、4番魚倉内にほぼ隙間なく積載し、残り100個を2番魚倉から4番魚倉のFRP製ハッチ蓋上に約0.8メートルまで積み上げ、3、4番倉上の発泡スチロール箱の左右両舷には重さ15キロの木箱それぞれ約40個を高さ約0.9メートルに積み上げて発泡スチロール箱を囲むような状態で積載し、通常の航海では、これら甲板上の箱は動揺によって移動しない状態であった。
 漁場を発進したときA受審人は、弱い南南東風が吹いて海上が平穏であるのを認め、小樽港に着くまでは天候がそれほど悪化しないだろうと思い、02時45分前示作業を終えたあと、自ら船橋当直にあたり、機関を全速力前進に増速し10.4ノットの速力で続航したが、このころから、日本海を北東に進んでいた熱帯低気圧が温帯低気圧となって北海道西岸沖合に接近するにともない、次第に南南東風が強くなって風速が10ないし15メートル毎秒になるとともに波高が約3メートルに達したことを知った。
 A受審人は、この気象海象状態では小樽港の魚市場の競りに間に合わなくなるおそれがあったので留萌港で水揚げすることとし、04時00分北緯44度17.0分東経140度28.0分の地点で、針路を110度に転じて同港に向け続航するうち、寒冷前線の通過に伴い風向が南西に変わって風速が増し、高波を右舷正横方向から受け次第に船体が左右に大きく動揺するようになるのを認めた。
 05時00分A受審人は、北緯44度14.0分東経140度41.0分の地点に達したころ、さらに波高が高まり5メートル前後に達し、右舷正横方向からの高波によって横揺れが激しくなったが、留萌港の競りに間に合わせようと思い、船首方向から波浪を受けるよう右転するなど大角度の横傾斜を避けるための措置をとることなく、同じ針路のまま続航した。
 05時40分A受審人は、同じ針路で航行することに不安を感じるようになったが、針路を140度に転じて雄冬岬の方に向けるとともに、機関を回転数毎分約1,200に減じ、7.0ノットばかりの対地速力としただけで、依然、大角度の横傾斜を避けるための措置をとらず、右舷船首70ないし80度ばかりの方向から高波を受けたまま進行中、05時50分北緯44度11.0分東経140度52.0分の地点において、長生丸は、右舷側から5メートルを越える高波を受けて左舷側に大傾斜し、漁獲物を収めた発泡スチロール箱と右舷側に積んであった木箱とが一斉に左舷側に移動するとともに海水が甲板上に流入して滞留したことから左舷傾斜が復原しないまま、やがて魚倉及び船尾倉庫のFRP製ハッチ蓋が外れて浸水し、復原力を喪失して転覆した。
 当時、天候は雨で風力7の南西風が吹き、波高は5ないし6メートルで、前日15時45分旭川地方気象台から発表された留萌地方の大雨、雷注意報が、24日05時20分雷、大雨、強風波浪注意報に切り替えられていた。
 A受審人は、船体が大傾斜した直後近くを航行中の僚船の第七十八長生丸に転覆しかかっている旨無線電話で連絡し、同船から海上保安部などに救助が要請された。A受審人ほか2人の乗組員は、救命筏を積載していなかったので転覆した同船につかまって北東方に漂流し、越えて26日16時ごろ北海道苫前郡初山別村沖合の北緯44度33.0分東経141度37.0分の地点で航行中の貨物船に発見され、全員同船に救助された。
 転覆の結果、長生丸は船体に損傷がなく、北海道羽幌港に引き付けられたが、機関等に海水による濡損が生じ、修理困難であったため、その後廃船となった。また、機関長のY(昭和13年2月16日生)が、収容された病院に入院中、翌8月3日多臓器不全のため死亡した。

(原因)
 本件転覆は、北海道留萌港西方沖合の日本海において、漁場から同港に向け航行中、低気圧に伴う寒冷前線が通過して荒天となった際、高波による大角度の横傾斜を避けるための措置が不十分で、右舷正横付近から高波を受けて船体が大傾斜し、甲板上に積んだ大量の漁獲物収納箱が左舷側に移動し復原力を喪失したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、北海道留萌港西方沖合の日本海において、漁場から同港に向け航行中、低気圧に伴う寒冷前線が通過し、右舷正横付近から強い南西風と高波を受けて横揺れが激しくなった場合、大傾斜によって甲板上の漁獲物収納箱が移動するおそれがあったから、船首方向から波浪を受けるなどして大角度の横傾斜を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、留萌港の魚市場の競りに間に合わせようと思い、船首方向から波浪を受けるなどして大角度の横傾斜を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により、右舷正横方向からの高波を受け、左舷に大傾斜して転覆を招き、長生丸の機関等に濡損を生じさせて廃船に至らせ、また、長時間海中に浸かったまま漂流した機関長が多臓器不全によって死亡するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。 





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