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平成12年函審第57号
件名

漁船第8慶福丸転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成13年1月31日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(大石義朗、酒井直樹、織戸孝治)

理事官
東 晴二

受審人
A 職名:第8慶福丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士

損害
慶福丸・・・主機及び電気機器に濡損
A受審人・・・吸引性肺炎により7日間の入院加療

原因
気象・海象に対する配慮不十分

主文

 本件転覆は、ほたて稚貝の養殖かご入れ替え作業中、荒天となった際、早期に同作業が中止されなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成10年9月22日10時40分
 北海道サロマ湖

2 船舶の要目
船種船名 漁船第8慶福丸
総トン数 2.4トン
全長 11.78メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 70

3 事実の経過
 第8慶福丸(以下「慶福丸」という。)は、ほたて貝養殖漁業に従事する船首船橋船尾機関室型のFRP製漁船で、A受審人ほか2人が乗り組み、ほたて稚貝の養殖かご入れ替え作業の目的をもって、ほたて稚貝育成器800個を載せ、船首0.2メートル船尾1.3メートルの喫水で、平成10年9月22日05時00分北海道登栄床漁港を発し、サロマ湖口灯台から243度(真方位、以下同じ。)1,700メートルのほたて稚貝採苗器設置地点に向かった。
 A受審人は、同日04時ごろ自宅を出る前に電話で網走地方の天気予報を聞いたところ、前線の影響で雷強風波浪注意報が発表されており、午前中から荒天となることを知ったが、04時15分登栄床漁港に着いたとき、湖面が平穏で同業船が連続して出漁するのを見て、発航したものであった。
 慶福丸は、船橋後部から船尾方6.30メートルまでの上甲板を作業甲板とし、その下部の前部に物入れ1個とその後部に4個の空所があり、物入れ上部のハッチコーミングにさぶたを被せ、空所上部の開口部はプラスチック板をビス止めして閉鎖し、その周囲を水密加工し、作業甲板の両舷側に船体中央部の甲板からの高さ46.3センチメートル(以下「センチ」という。)のブルワークを設け、その基部に片舷5個の放水口を開口していた。
 作業甲板後端と船尾端の間約3メートルが、上甲板より約30センチ高くなっており、その前部中央に長さ1.94メートル幅1.43メートル高さ約40センチの機関室ハッチを設け、その両舷側と後部を通路とし、機関室ハッチ前面の上甲板両舷側に12センチ角で高さ約1メートルの角材のビット各1本を立て、通路両舷側及び後部に高さ約30センチのブルワークを設け、その上縁に高さ約70センチのハンドレールを巡らせ、作業甲板両舷側ブルワーク上縁に各3本の高さ約2メートルのオーニングレールを差し込み、その上端をオーニングレールで接続し、その中央部を少し高くして屋根形とし、屋根の後部に長さ約4メートル半幅約2メートルのビニール製のオーニングを巻いて載せ、作業中に雨が降ってきたとき真水に弱いほたて稚貝に雨が掛からないよう、巻いたオーニングを船首方に転がし、すぐに展張できるようにしていた。
 ほたて稚貝の養殖かご入れ替え作業用設備として、作業甲板前部の左舷側に油圧駆動のラインホーラーを装備し、駆動軸の中心高さが甲板上約1メートルで、舷外に約20センチ突き出た駆動軸に鋼製はさみドラムを、船内側の先端にワーピングドラムをそれぞれ取り付け、ラインホーラーの前部に高さ約2メートルのT字型の鋼製ダビットを立て、その頂部ビームの両端に滑車各1個を取り付け、機関室ハッチ前部左舷側のビットの甲板上約80センチのところから舷外に約10センチ角の角材の腕を少し出し、その先端に鋼製のはさみドラムを取り付け、同ビット後部の通路前端に高さ約2メートル半の鋼製ダビットを立て、約40センチ舷外に出た先端に滑車1個を取り付け、同ダビットの船横右舷側に接して油圧駆動のワーピングドラム1個付きウインチを装備していた。
 ほたて稚貝の採苗施設は、長さ約100メートルの幹縄の両端を湖底に打ち込んだ杭に係止し、両端及び両端の内側約35メートルのところに浮玉各1個を取り付け、その間に、丸めて球状にした網2個を入れた網製のほたて稚貝採苗器(以下「袋網」という。)10個と沈子を取り付けた長さ約8メートルの枝縄200本を等間隔に連結し、枝縄1本おきに浮玉を取り付け、湖面下約3メートルのところに幹縄を設置していた。
 ほたて稚貝の養殖かご入れ替え作業は、採苗施設の稚貝が成長したとき、袋網から取り出し、底辺が約45センチの四角錐形の網製ほたて稚貝育成器(以下「網かご」という。)に入れ替えたのち、沖合の育成施設に設置するもので、網かごは、空の状態で8個重ねると高さ約10センチ重さ約2キログラムとなり、枝縄1本に8個取り付け、袋網用と同じ方法で幹縄に設置されていた。
 ところで、ほたて稚貝の養殖かご入れ替え作業は、左舷側に張り出した前部及び後部のはさみドラムにほたて稚貝の袋網の幹縄を掛け、その張力により船体を左舷側に大傾斜させ、両ドラム上方に張り出したダビットにより袋網の枝縄を引き揚げて、その中の稚貝を取り出し、作業甲板で網かごに入れ替えるもので、荒天により左舷側方から受ける風波が強まり、上甲板左舷側に大量の海水が滞留した際、幹縄をはさみドラムから取り外すと、その反動で右舷側に大傾斜するとともに左舷側の滞留海水が急激に右舷側に移動して傾斜が強まり、転覆するおそれがあった。
 A受審人は、網かご800個を40個ずつ重ねて高さ約50センチの束20組とし、機関室ハッチの両舷側及び後部の通路に2段重ねにして載せ、約3メートル四方の網を被せて四隅をハンドレールに結びつけて発航し、05時10分前示袋網設置地点に至り、枝縄20本分の袋網から取り出したほたて稚貝を網かごに入れ替える作業を開始し、08時40分同作業を終えたのち同地点の東南東方2海里半ばかりの網かご設置地点に向かい、同時50分同地点に至って網かご設置作業を開始し、約100個の網かごを設置して同作業を中止したのち朝食をとり、09時55分同地点を発し、10時05分最初の袋網設置地点に戻った。
 A受審人は、幹縄の南側で船首を090度に向け、作業甲板左舷側前部のラインホーラーと同後部のウインチを使用して幹縄を引き上げ、これを前部及び後部のはさみドラムに掛けたところ、幹縄の張力により船体が左舷に10度ばかり傾斜し、乾舷が約40センチとなったが、南寄りの風が弱くて湖面が穏やかであったので気にせず、後部のはさみドラムが前部のはさみドラムより低く、幹縄が外れることがあるため幹縄を後部のはさみドラムに細いロープで結びつけ、ほたて稚貝の養殖かご入れ替え作業を開始した。
 A受審人は、枝縄を10本揚げ、袋網に付着した稚貝を取り出して網かごに入れ替えていたところ、10時15分風向が南寄りから北寄りに変わって次第に強まり、風波が高まってきて荒天となり、左舷側方から受ける風波が強まり、上甲板左舷側に大量の海水が滞留したのを認めた。しかし、同人は、あと30分ばかりでほたて稚貝の養殖かご入れ替え作業が終わるから、それまでは大丈夫と思い、早期に同作業を中止しなかった。
 こうして作業中、次第に北風が強まって風波が更に高くなってきたものの、A受審人は、まだ大丈夫と思ってなおも前示作業を続けているうち、10時35分引き揚げた袋網100個の約半分から稚貝を取り出したとき、雨が降り始めたことから甲板員と2人でオーニングの展張作業に取り掛かったが、オーニングが強い北風によってはためき、同作業に手間取っていたところ、更に高まった左舷正横からの風波により船体の動揺が激しくなり、海水がしばしばブルワークを越えて船内に打ち込んでいるのを認めた。
 10時39分A受審人は、オーニングの展張を終えたとき、海水が連続して打ち込むようになったのを見て危険を感じ、はさみドラムから幹縄を外して船首を風に立てることとし、甲板員を前部のはさみドラムに付け、後部のはさみドラムから幹縄を外そうとしたが、同ドラムに幹縄を結びつけていたロープが船体の動揺により固く締まって解けないので包丁で切り、同時40分少し前、前部のはさみドラムに付けていた甲板員に合図し、前部のはさみドラムと後部のはさみドラムから幹縄を同時に外した。
 このとき、慶福丸は、その反動と上甲板オーニングに受ける風圧力で右舷側に傾斜するとともに大量の滞留海水が右舷側へ急激に移動して傾斜が強まり、機関室ハッチの両舷側及び後部の通路に載せていた約700個合計重量約170キログラムの網かごが荷崩れし、10時40分サロマ湖口灯台から243度1,700メートルの地点において、090度を向き、復原力を喪失して右舷から転覆した。
 当時、天候は雨で風力7の北風が吹き、湖面は波が高かった。
 転覆の結果、慶福丸は、主機及び電気機器に濡損を生じ、乗組員は、水中に投げ出されたが、僚船に救助され、A受審人は、吸引性肺炎により7日間の入院加療を要した。

(原因)
 本件転覆は、北海道サロマ湖のほたて貝養殖施設において、雷強風波浪注意報が発表されている状況下、左舷側に張り出した前部及び後部のはさみドラムにほたて稚貝の養殖袋網の幹縄を掛け、その張力により船体を左舷側に大傾斜させてほたて稚貝の養殖かご入れ替え作業中、荒天となり左舷側方から受ける風波が強まり、上甲板左舷側に大量の海水が滞留した際、早期に同作業が中止されず、船首を風に立てようとして両はさみドラムから幹縄を同時に外したとき、その反動と上甲板オーニングに受ける風圧力で右舷側に傾斜するとともに大量の滞留海水が急激に右舷側へ移動して傾斜が強まり、機関室ハッチの両舷側及び後部の通路に載せていた網かごが荷崩れして復原力を喪失したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、北海道サロマ湖のほたて貝養殖施設において、雷強風波浪注意報が発表されている状況下、左舷側に張り出した前部及び後部のはさみドラムにほたて稚貝の養殖袋網の幹縄を掛け、その張力により船体を左舷側に大傾斜させてほたて稚貝の養殖かご入れ替え作業中、荒天となり左舷側方から受ける風波が強まり、上甲板左舷側に大量の海水が滞留したのを認めた場合、早期に同作業を中止すべき注意義務があった。しかるに、同人は、あと30分ばかりでほたて稚貝の養殖かご入れ替え作業が終わるから、それまでは大丈夫と思い、早期に同作業を中止しなかった職務上の過失により、船首を風に立てようとして両はさみドラムから幹縄を同時に外したとき、その反動と上甲板オーニングに受ける風圧力で右舷側に傾斜するとともに大量の滞留海水が急激に右舷側へ移動して傾斜が強まり、機関室ハッチの両舷側及び後部の通路に載せていた網かごが荷崩れして復原力の喪失を招き、慶福丸を転覆させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。 





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