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平成12年函審第64号
件名

漁船第十一萬漁丸乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成13年2月2日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(酒井直樹、大石義朗、大山繁樹)

理事官
東 晴二

受審人
A 職名:第十一萬漁丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
B 職名:第十一萬漁丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)

損害
球状船首、中央部船底外板及び後部船底外板に凹損、舵板に擦過傷、プロペラを曲損

原因
錨泊措置不適切

主文

 本件乗揚は、可変ピッチプロペラ変節装置の油タンクの油量点検が不十分で、漁港に入航操船中、可変ピッチプロペラが変節不能となったことと、その際、速やかに錨泊する措置がとられなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年1月22日16時15分
 北海道室蘭市追直漁港

2 船舶の要目
船種船名 漁船第十一萬漁丸
総トン数 125トン
全長 34.92メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 956キロワット
回転数毎分 380

3 事実の経過
 第十一萬漁丸(以下「萬漁丸」という。)は、昭和54年1月に進水した、沖合底引き網漁業に従事する鋼製漁船で、主機として過給機付4サイクル6シリンダディーゼル機関を装備し、軸系にE株式会社が製造したCPE−53d型と称する可変ピッチプロペラの翼角制御装置(以下「変節装置」という。)及びクラッチを備え、操舵室に主機及び変節装置の遠隔操縦装置を備えていた。
 軸系は、主機クランク軸に接続する直径180ミリメートル(以下「ミリ」という。)のシフタ軸、直径が200ミリのプロペラ軸及び両軸を上下二つ割で抱き合わせ接続する鋳鋼製マフカップリングからなり、プロペラ軸を中空としてその中に変節軸が貫通し、その後部のプロペラボス部にクロスヘッドが焼きばめされており、前端にヨークが取り付けられ、マフカップリング前部のシフタ軸外周のシフタスリーブと変節軸がヨークにより連結され、変節装置の油圧シリンダがシフタと称する動力伝達機構を介してシフタスリーブ及び変節軸を軸方向に移動させることによってプロペラ翼角の制御が行われるものであった。
 シフタは、シフタハウジング、前進及び後進側各スラスト球面ころ軸受、シフタスリーブにキーで固定された鋳鋼製のスラストカラーなどからなり、各ころ軸受は、外輪がシフタハウジング、内輪がスラストカラーとにそれぞれ接し、シフタハウジングに連結された2個の油圧シリンダのピストンロッドの軸方向の動きがシフタスリーブに伝達されるもので、両油圧シリンダの両端に変節装置の油圧ポンプユニットの圧油管が接続されていた。
 変節装置の油圧ポンプユニットは、主ポンプユニットと予備ポンプユニットの2基を備えていたが、通常は、主ポンプユニットが使用されており、予備ポンプユニットは主ポンプユニットの不調時などに運転されていた。
 主油圧ポンプユニットは、シフタハウジング前部右舷側床板の上方約1メートルのところに設置された容量160リットルの油タンクとその上方の中段に設置された油圧ポンプ、電動機、電磁方向制御弁、圧力計、シフタ潤滑油冷却器などからなり、油タンクの前面に油面計と油温計が取り付けられており、同タンクの下部後方の床板付近に予備油圧ポンプユニットが設置され、主油圧ポンプユニットの吐出管は、内径21.7ミリ肉厚2.8ミリの圧力配管用鋼管で、油圧ポンプ出口の管継ぎ手からインラインチェックバルブを経て電磁方向制御弁に接続し、同弁の出口の2個の管継ぎ手に接続された同径の圧力配管用鋼管が両油圧シリンダの両端に接続していた。
 予備油圧ポンプユニットは、機関室内右舷側の清水タンクに接近して設置されており、その吐出管継ぎ手部が右舷側にあり、これに主油圧ポンプの吐出管と同径の吐出管が接続し、管継ぎ手部の数センチメートル外側から清水タンクに沿って直角に立ち上りインラインチェックバルブを経て前方に直角に屈曲して油タンクの底面に沿って前方に延びたのち同タンクの前面に沿って立ち上り、油タンク上方の主油圧ポンプ吐出管のインラインチェックバルブと電磁方向制御弁との間に接続していた。
 予備油圧ポンプの吐出管は、主油圧ポンプの吐出管に接続されているため、常に主油圧ポンプの吐出圧が予備油圧ポンプのインラインチェックバルブにかかっていた。
 B受審人は、昭和63年4月一等機関士として乗り組み、平成5年9月に機関長に昇格し、航海全速力前進の主機回転数を毎分380まで、プロペラ翼角を16度までと定めて運転管理に当たり、可変ピッチプロペラ変節装置については、同11年6月の定期検査工事が行われた際、変節装置の作動油を全て排出し、100リットルの新作動油を入れ、油タンクに80リットルの作動油が残る状態とし、作動油の新替え工事を行うなどして保守管理に当たっていた。
 定期検査工事終了後本船は、北海道追直漁港を基地として夜半過ぎに出漁して同漁港南東方20海里付近漁場で操業し、夕刻帰港する航海を続けていたところ、いつしか予備油圧ポンプの吐出管の管継ぎ手部が腐食と振動により亀裂を生じたが、同ポンプ側インラインチェックバルブの逆止機能が完全なものではないため、主油圧ポンプユニットの圧油が同バルブから漏洩し、これが前示亀裂部から微少漏洩して油タンクの油量が次第に減少する状況となった。しかし、B受審人は、変節装置が油量不足になることはあるまいと思い、油タンクの油量点検を行わなかったので、このことに気付かなかった。
 こうして萬漁丸は、A及びB両受審人ほか11人が乗り組み、操業の目的で、船首1.50メートル船尾4.20メートルの喫水をもって、同12年1月22日05時30分、追直漁港を発して南東方沖合漁場に向かい、08時ごろ同漁場に至って操業を開始し、13時30分しけにより操業を打ち切り、帰途に就いた。
 ところで追直漁港は、室蘭港の奥部から南方に突出するチキウ岬の西方1.2海里のポロイソ岬とその西北西方600メートルばかりのオイナウシ鼻との間の入江に築かれた人工港で、ポロイソ岬から陸岸に平行に、くの字形に屈曲して西南西方に約500メートル延びる東防波堤と、そのオイナウシ鼻南方のところから東防波堤に接続してくの字形に屈曲して西方に約370メートル延びる西防波堤により港口を西方に開き、西防波堤突端の西方約230メートルのところから北方に約200メートル延びる沖防波堤とオイナウシ鼻西岸に沿って北西方に延びる逆T字形の島防波堤により港口が狭められており、島防波堤の南端に追直港島堤灯台(以下「島堤灯台」という。)が設置され、これと西防波堤中央部との間の可航幅が約100メートルに狭められており、その奥部の東防波堤突端とオイナウシ鼻との間も可航幅が約100メートルに狭められていた。
 A受審人は、漁場発航時から単独船橋当直に当たって追直漁港の少し南方に向け北上し、16時01分島堤灯台から162度(真方位、以下同じ。)600メートルの地点に達したとき、漁ろう長と通信長を船橋見張りに配置して操舵と可変ピッチプロペラの翼角操作に当たり、針路を西防波堤突端の少し西方に向く317度に定め、機関を回転数毎分360にかけ、可変ピッチプロペラの翼角を前進16度の全速力とし、9.0ノットの対地速力で自動操舵により進行した。
 A受審人は、同11年3月に船長として乗り組み、追直漁港入出航時の操船に当たっており、同漁港入口の水路状況を熟知していたが、着岸操船に錨を使用しておらず、緊急時には5、6分で投錨準備できることから、船首両舷錨の錨鎖及び錨索を取り外して船首倉庫に格納し、両舷錨をアンカーローラーに固縛したまま入航前の投錨準備を行わず、可変ピッチプロペラの後進テストも行っていなかった。
 A受審人は、16時03分、島堤灯台を右舷側240メートルに航過し、西防波堤突端が右舷正横の後方に替わったとき、右舵一杯をとり可変ピッチプロペラの翼角を前進7度4.0ノットの微速力に減じたところ、変節装置の油圧が油量不足で低下していたため、翼角が前進10度のまま変節できない状態となったが、圧力低下警報装置の断線でブザー及び赤ランプに通電しなかったので、このことに気付かなかった。
 A受審人は、16時03分半、島堤灯台から242度190メートルの地点に達し、針路を西防波堤と島堤灯台との間の入口中央付近に向く080度に転じたとき、翼角指示計を確認したところ、翼角が前進10度6.0ノットの半速力となっているのを認め、異常を感じて通信長に対し、その旨を機関室当直中のB受審人に知らせるよう指示し、翼角の遠隔操縦レバーを前進及び後進に操作してみたところ、同時04分島堤灯台から222度100メートルの地点に達したとき翼角指示計が前進1度を示したまま動かなくなった。
 B受審人は、機関室で入航配置に就いていたところ、船橋から降りてきた通信長から可変ピッチプロペラの翼角が変節不能となった旨の知らせを受け、急ぎ変節装置の油圧管系統の点検を始めた。
 A受審人は、16時04分半、島堤灯台を左舷側50メートルに航過したとき前進行きあしが急速に減じたことを知った。しかし、A受審人は、可変ピッチプロペラの変節不能が復旧するまで操船を続けようと思い、速やかに錨泊する措置をとることなく、大角度の操舵で保針に努めながら翼角の遠隔操縦レバーの操作を続けていたところ、萬漁丸は、徐々に左回頭しながら島防波堤の内側に沿って北上し、同時07分島堤灯台から056度140メートルの地点に達し、オイナウシ鼻の陸岸が船首30メートルに迫って行きあしがほぼ停止したとき、突然翼角指示計が後進10度となり、船体が徐々に後進を始めたが、依然、錨泊する措置をとらなかった。
 A受審人は、16時07分半、後進速力が約3ノットに整定したとき、そのまま港外に出ることとし、島防波堤内側に沿って南下し、同時09分島堤灯台と西防波堤との間の中央付近を通過したとき、西北西の風波と潮流により保針が困難となり、萬漁丸は、島堤灯台の外側を徐々に右旋回しながら島防波堤外側に接近してゆくので、同時11分少し前、可変ピッチプロペラの翼角が後進10度のまま主機のクラッチを中立としたところ、同時11分島堤灯台から307度90メートルの地点に達したとき、風波と潮流により後進行きあしが停止した。
 その後萬漁丸は、南東方の西防波堤内側の中央部付近に向け圧流されていったが、可変ピッチプロペラの翼角が0度にならなければ主機のクラッチが入らない機構になっているため、再びクラッチを入れることができず、可変ピッチプロペラの変節装置の復旧を待っていたところ、16時15分萬漁丸は、島堤灯台から170度100メートルの地点において、100度を向いた船首が、約2ノットの圧流速力で西防波堤基部の消波ブロックに後方から17度の角度で乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風力4の西北西風が吹き、潮候は下げ潮の初期にあたり視界は良好であった。
 B受審人は、機関室で変節装置の油圧管系統の点検中、乗揚の衝撃を感じ、ほどなく予備油圧ポンプユニット吐出管の管継ぎ手部の亀裂を発見し、付近に漏油の痕跡を認めた。
 乗揚の結果、萬漁丸は、西防波堤内側の消波ブロックを擦過しながら東方に100メートルばかり圧流されて停止し、僚船により引き降ろされ追直漁港岸壁に引き付けられたが、球状船首、中央部船底外板及び後部船底外板に凹損を生じ、舵板に擦過傷を生じ、プロペラを曲損した。

(原因)
 本件乗揚は、可変ピッチプロペラ変節装置の保守管理に当たり、同変節装置の油タンクの油量点検が不十分で、予備油圧ポンプの吐出管の管継ぎ手部に生じた亀裂から漏油し、北海道追直漁港に入航操船中、油量が不足して可変ピッチプロペラが変節不能になったことと、その際、速やかに錨泊する措置がとられず、防波堤基部の消波ブロックに圧流されたこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、北海道追直漁港に入航操船中、可変ピッチプロペラの変節不能を認めた場合、速やかに錨泊する措置をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、可変ピッチプロペラの変節不能が復旧するまで操船を続けようと思い、速やかに錨泊する措置をとらなかった職務上の過失により、西防波堤基部の消波ブロックに圧流されて乗揚を招き、萬漁丸の球状船首、中央部船底外板及び後部船底外板に凹損を生じさせ、舵板に擦過傷を生じさせ、プロペラを曲損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、可変ピッチプロペラの変節装置の保守管理に当たる場合、作動油の漏洩による油量不足を見逃すことのないよう、油タンクの油量の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、変節装置が油量不足になることはあるまいと思い、油タンクの油量の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、変節装置予備油圧ポンプの吐出管の管継ぎ手部に亀裂を生じて作動油が漏洩し、油タンクの油量が不足していることに気付かず、追直漁港入航の際、可変ピッチプロペラに変節不能を生じさせて乗揚を招き、萬漁丸に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。 





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