(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成11年7月25日14時27分
愛媛県越智郡大西町九王海岸
2 船舶の要目
船種船名 |
プレジャーボートラブグリーンV |
プレジャーボートシー・ホースVII |
全長 |
5.04メートル |
2.86メートル |
幅 |
2.34メートル |
1.12メートル |
深さ |
0.95メートル |
0.40メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
電気点火機関 |
出力 |
179キロワット |
80キロワット |
3 事実の経過
ラブグリーンV(以下「ラ号」という。)及びシー・ホースVII(以下「シ号」という。)の両艇は、愛媛県越智郡大西町に本社を置き、運送業を営む株式会社大西運送が社員の福利厚生のために平成10年7月に購入したもので、毎年夏季の休日ごとに同町九王海岸において同社の関係者やその知人などの自由参加により開催されるバーベキューパーティーを兼ねた船遊び(以下「レジャー」という。)などに使用されていた。
ラ号は、ヤマハ発動機株式会社が製造した最大搭載人員5人のFRP製ジェットボートで、艇体後部に備えた2基の主機関に直結するジェットポンプからの海水噴射で推進し、艇体中央部右舷側の操縦席にあるステアリングハンドルを回して艇尾ノズルの方向を左右に変えることにより旋回、また同席にあるシフトレバーにより前進、中立及び後進の切り換えのほか、スロットルレバーの操作により最高速力時速約85キロメートル(以下、速力については対地速力で「時速」を省略する。)まで速力の増減ができるようになっており、操縦席の左舷側に横並びに2個の座席、また操縦席の船首側両舷に各1個の座席を配置していた。
九王海岸は、愛媛県小部湾南部に位置する、西方を海に面して少し東方に入り込んだ南北約850メートル東西約400メートルの入江に沿っており、同海岸の南西部で、来島梶取鼻灯台から137度(真方位、以下同じ。)2.4海里の地点にある龍神社から352度35メートルの地点を基点として、波消堤テトラポッドが049度方向に105メートル延びていた。
株式会社大西運送の代表取締役社長であるC指定海難関係人は、同テトラポッド東端の南南東方約50メートルにあたる、龍神社から059度110メートルの地点に、幅1.70メートル長さ12.10メートル及び幅2.42メートル長さ9.45メートルの筏2基をロープで繋いで北西から南東方向に並べて設置し、ラ号、シ号及びもう1隻の水上オートバイ及び足代わりの漁船1隻を係留してレジャーを楽しんでいた。
C指定海難関係人は、一級小型船舶操縦士の免状を受有しており、これまで二十数年のプレジャーボートの操縦経験を有し、このレジャーを取りまとめる主催者の立場にあり、参加者にラ号やシ号を適宜使用させていたが、ラ号については最高速力が約85キロメートルにもなるうえ、高度な操縦技術を必要とすることから、以前から無資格者のみで操縦することのないよう注意を与えていた。
同11年7月25日11時過ぎC指定海難関係人は、九王海岸に到着したあと、いつものように参加者にラ号とシ号を随時使用させることにしてレジャーを開始した。
一方、A指定海難関係人は、株式会社大西運送の子会社である大西トランスポート株式会社の社員で、以前からレジャーに参加しており、11時ごろ九王海岸に着いてレジャーに加わった。同人は、海技免状を受有しておらず、これまで1人でラ号に乗艇したことがなく、無資格者のみで操縦できないことをよく知っていたうえ、C指定海難関係人からも無資格者のみで操縦することのないよう注意を受けたことがあったが、これまで4ないし5回有資格者と一緒に同乗して操縦の指導を受け、当時、ラ号の機関の調子が悪いと聞いていたことから、機関のテストを兼ねちょっと操縦してみようと思い、C指定海難関係人や他の有資格者に何も告げないで、南側筏に係留中の無人の同艇に単独で乗り込み、14時25分35秒同筏西側の係留地点を発進し、九王海岸沖合に向け航走を開始した。
このとき北側筏にいたC指定海難関係人は、バーベキューをしながら参加者と談笑していて、A指定海難関係人がラ号に単独で乗り込んで航走を開始したことに気付かなかった。
発進後、A指定海難関係人は、操縦席に座って操縦に当たり、20キロメートルの低速力で、筏を左舷側にみて大きく左回頭しながら航走し、機関の運転状態に異常が見られなかったので沖に出てみることとし、14時26分22秒筏の東方45メ―トルにあたる、龍神社から068度150メートルの地点で、針路を339度とし、スロットルレバーをほぼ前進一杯にして機関を回転数毎分6,500に上げ、60キロメートルの速力で進行した。
14時26分34秒A指定海難関係人は、龍神社から020度230メートルの地点に達したとき、右舷船首方80メートルばかりに2人乗りして自艇と同じように北北西進するシ号を初めて視認し、間もなく同艇が九王海岸の方に向け右旋回していることを認め、同艇の後方を追尾してみようと思い立ち、機関を回転数毎分4,000に減じて40キロメートルとしたあと、ステアリングハンドルを右に約10度回して右旋回を始めた。
A指定海難関係人は、14時26分46秒龍神社から016度390メートルの地点で旋回を終えてステアリングハンドルを戻し、針路を九王海岸に向ける091度としたところ、旋回を終えたシ号を右舷船首33度45メ―トルに見るようになり、その後シ号の針路と自艇の針路とが小角度で交差する態勢であるものの、シ号に近づくにつれシ号の左舷側を無難に追い抜くことができる状況であると判断し、その動静を見守りながら航走を続けた。
14時26分54秒A指定海難関係人は、シ号が右舷船首45度27メートルになったとき、同艇が減速していることに気付き、シ号に何らかの異常が発生したものかと思い、念のため機関を回転数毎分3,500に減じて29キロメートルの速力として航走を続けるうち、同時26分57秒右舷船首52度22メートルに近づいたときシ号が突然増速して左旋回を開始し、自艇の前路に向けて旋回してくるのを認めたものの、どうするいとまもなく、14時27分00秒龍神社から033度440メートルの地点において、ラ号は、原針路、原速力のまま、その船首が、シ号の左舷船首部に前方から70度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力1の東北東風が吹き、潮候は上げ潮の初期にあたり、視界は良好であった。
また、シ号は、ヤマハ発動機株式会社が製造した最大搭載人員2人のFRP製水上オートバイで、艇体中央部に主機関を装備し、その上部にステアリングハンドルを備え、同ハンドルの左側グリップの根元部にエンジン始動ボタンと同停止ボタンが、右側グリップの根元部にスロットルレバーがそれぞれ装備されており、同ハンドル後方から艇尾にかけて操縦者用と同乗者用の跨乗式座席を備えていた。
シ号の推進力は、機関に直結するジェットポンプからの海水噴射で得られ、ステアリングハンドルの操作に応じて艇尾ノズルの方向を左右に変えることにより旋回するように、またスロットルレバーの操作により、最高速力約87キロメートルまで速力の増減ができるようになっていた。
ところで、B受審人は、父親がC指定海難関係人と以前からの知り合いであったことから、たびたびレジャーに参加しており、プレジャーボートに乗るために平成8年8月海技免状を取得したのち、年間10回ばかりの水上オートバイの操縦経験を有し、同日11時過ぎ九王海岸に到着してレジャーに加わった。
B受審人は、同日昼過ぎ、九王海岸の南西方1海里ばかりの鴨池海岸に、友人の谷口友紀子をC指定海難関係人が操縦するラ号で迎えに行ったあと、14時ごろ九王海岸に戻ってレジャーに合流し、その後Gが女性と2人で水上オートバイに乗っているのを見た同指定海難関係人から女性同士では危ないので谷口友紀子と同乗するようにと促された。
そこでB受審人は、Gとともにシ号に乗り込み、同人が海技免状を受有していないものの、前年数回水上オートバイの操縦を指導したことがあったのでG(以下「G操縦者」という。)に前部座席で操縦を行わせることにし、自らは後部座席に座り、14時24分ごろ南側筏の東側を発進した。
発進後、B受審人は、G操縦者に時折指示を出して進路を変えさせたところ、スロットルレバーの操作が未熟で、増減速を滑らかに行うことができず操縦に慣れていないことが分かり、同人の操縦を見守りながら北北西方向に向けて航走したあと右旋回し、14時26分46秒龍神社から021度375メートルの地点において、針路を九王海岸に向けるおよそ086度とし、31キロメートルの速力にした。
そのとき、B受審人は、左舷後方を北上してきたラ号が右旋回を終えて左舷船尾38度45メートルのところで同航する状況となり、その後ラ号が自艇の針路と小角度で交差する態勢であったものの、自艇の左舷側を無難に追い抜く状況となって急速に接近していたが、後方から近づいてくる艇はいないだろうと思い、G操縦者の肩越しに左右前方を見ていただけで、後方に対する見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かなかった。
一方、G操縦者もまた、ラ号の接近に全く気付かないまま続航した。
14時26分54秒B受審人は、龍神社から030度410メートルの地点に差し掛かったとき、ラ号が左舷船尾50度27メートルに近づいていたが、依然見張り不十分で、同艇の接近に気付かず、G操縦者に左転しないよう注意しなかったので、G操縦者が一旦スロットルレバーを緩めて約16キロメートルに減速したあと、同レバーを強く握って速力を上げたのに続き、同時26分57秒ステアリングハンドルを左にとって左旋回を開始してラ号の前路に進出し、シ号は、341度を向いたとき、36キロメートルの速力をもって、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、ラ号は、船首船底部と左舷船首部に軽微な擦過傷などを生じたのみであったが、シ号は、左舷前部に亀裂、ステアリングハンドルに曲損などを生じた。また、B受審人及びG操縦者(昭和48年2月5日生)は、衝突の衝撃で艇外に投げ出され、間もなく事故を知って駆け付けたC指定海難関係人などに救助され救急車で病院に搬送されたが、同受審人が約1箇月半の入院及び通院治療を要する肝挫傷と記憶障害を負い、G操縦者が頸椎骨折のため死亡した。
(航法の適用)
本件は、九王海岸において、両艇の針路が小角度で交差して同じ方向に向け航走中、ラ号がシ号の左舷後方から接近する状況下で衝突したものであるが、以下適用航法について検討する。
本件発生地点は、海上衝突予防法の適用海域で、当時航走していたのは両艇だけで、両艇の大きさ及び操縦性能より何ら行動が制約される状況になかったことから同法が適用されることは明白である。
したがって、両艇の態勢から海上衝突予防法第13条に規定する追越し船の航法の適用が検討の対象となるが、両艇の針路が5度の小角度で交差する状況となった以降、両艇の方位が明確に変わっているうえ、衝突の6秒前シ号が減速したときラ号はシ号の左舷側を約19メートル隔てて航過し得る態勢で、その距離は両艇の大きさから見て無難に追い抜く状況にあった。ところが、衝突の6秒前シ号が一旦減速したのち急に速力を上げ、さらに約3秒前にラ号が左舷船尾57度22メートルに近づいたとき、突然左旋回を始め、105度旋回したときラ号の船首部とシ号の左舷船首部とが70度の角度をもって衝突しており、ラ号がシ号の左転に気付いたときには、既に時間的にも距離的にも衝突を回避することが困難な状況にあったと認められることから、シ号が一方的に衝突の危険を生じさせたと言える。
よって、海上衝突予防法の定形航法を適用することは妥当でなく、同法第38条及び同法第39条に規定する船員の常務によって律するのが相当である。
(原因に対する考察)
A指定海難関係人の質問調書中の供述記載及び同人の当廷における供述並びに同人の河内海上保安官に対する供述調書写中の記載により、同指定海難関係人は、衝突前何らの動作もとっていない。しかし、シ号を視認したのち同艇の航走状況を監視しており、シ号に間近に近づいたとき同艇が速力を落としたことに気付いたが、その後シ号が突然速力を上げ左旋回してくることまで予測することは通常困難なことであり、この時点では既に時間的にも距離的にも衝突を回避することが不可能な状況にあったと認められる。
したがって、A指定海難関係人が衝突回避動作をとらなかったことは本件発生の原因をなしたと認めない。
しかしながら、同指定海難関係人は、海技免状を受有しておらず、ラ号を1人で操縦することができないことを十分に承知していたにもかかわらず、独断で同艇に乗り込んで操縦に当たったことは船舶職員法の規定に反し、遺憾なことである。
一方、B受審人に対する質問調書中の供述記載及び同人の当廷における供述により、同受審人及びG操縦者は衝突までラ号の接近に全く気付いていなかったと推認される。ラ号が左舷後方から接近していることに気付かないまま左旋回したことは、両人の見張りが十分でなかったからであると判断される。
したがって、B受審人が見張りを十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。
また、C指定海難関係人は、毎年夏季の休日を利用して九王海岸で会社の関係者や知人などが集まって行うレジャーを取りまとめる主催者の立場にあったとはいえ、このレジャーは自由参加による親睦のための集まりであった。しかもラ号については、同人から参加者に対し、無資格者のみで航走することのないよう指導がなされ、またA指定海難関係人もこのことを十分承知していた。それにもかかわらず、本件時A指定海難関係人が独断でラ号を操縦し、C指定海難関係人はこの事実に気付いていなかったことに徴し、C指定海難関係人の所為が本件発生の原因をなしたとは認めない。
(原因)
本件衝突は、愛媛県越智郡大西町の九王海岸において、ラ号とシ号の両艇が相前後して航走中、先航するシ号が、見張り不十分で、左舷後方から無難に追い抜く態勢で接近するラ号の前路に進出したことによって発生したものである。
(受審人等の所為)
B受審人は、シ号に無資格のG操縦者と2人で乗り、同人を前部座席に座らせて操縦を行わせ、自らは後部座席に座って操縦を見守って航走する場合、左舷後方から接近するラ号を見落とすことのないよう、後方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、後方から近づいてくる艇はいないだろうと思い、後方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、左舷後方から無難に追い抜く態勢で接近しているラ号に気付かず、G操縦者に左転しないよう注意をしないで同艇との衝突を招き、ラ号の船首船底部及び左舷船首部に軽微な擦過傷を、またシ号の左舷前部に亀裂、ステアリングハンドルに曲損などを生じさせ、自らが肝挫傷と記憶障害を負ったほか、G操縦者が頸椎骨折により死亡するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
A指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。
なお、A指定海難関係人が、有資格者と乗り組むことなく単独でラ号の操縦に当たることは厳に慎まなければならない。
C指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。