(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年7月28日08時12分
瀬戸内海 伊予灘
2 船舶の要目
船種船名 |
押船第七順永丸 |
バージ第七満永丸 |
総トン数 |
235トン |
1,795トン |
全長 |
30.00メートル |
82.50メートル |
幅 |
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15.50メートル |
深さ |
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7.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
2,059キロワット |
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船種船名 |
貨物船第十一永久丸 |
総トン数 |
199トン |
全長 |
58.46メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
3 事実の経過
第七順永丸(以下「順永丸」という。)は、主にセメント輸送に従事する2基2軸の押船兼引船で、A、B両受審人ほか6人が乗り組み、海水バラスト約1,000トンを積載して船首2.37メートル船尾2.85メートルの喫水となった鋼製バージ第七満永丸(以下「満永丸」という。)の船尾凹部に船首部をかん合し、直径60ミリメートルのナイロンロープ2本を使用して両船を結合し、全長約93メートルの押船列(以下「順永丸押船列」という。)を構成して、船首2.80メートル船尾4.02メートルの喫水をもって、平成10年7月27日15時40分兵庫県姫路港を発し、大分県佐伯港に向かった。
A受審人は、船橋当直をB受審人、一等航海士及び甲板手による各直に機関部職部員1人を加えた4時間ごとの輪番制で実施し、翌28日03時ごろ釣島水道を航行中、濃霧となったことから昇橋して指揮を執り、伊予灘を豊後水道に向け南下した。
07時15分ごろA受審人は、佐田岬の北東方約10海里の地点で、霧が薄れ視程が1.5海里ほどに回復したので、入直中の甲板手に当直を委ねることとしたが、再度霧により視界が制限された際に報告することについて、次直者に確実に引き継ぐことを指示することなく降橋した。
B受審人は、07時35分ごろ昇橋し、前直の甲板手から針路、速力及び先ほどまで濃霧が続き船長が昇橋していた旨の引継ぎを受け、
08時00分佐田岬灯台から027度(真方位、以下同じ。)3.1海里の地点で、一等機関士と共に船橋当直に就き、針路を218度に定め、機関を全速力前進にかけ、折からの北東流に抗し、9.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、自動操舵により進行した。
08時02分B受審人は、レーダーにより左舷船首2度2.7海里に第十一永久丸(以下「永久丸」という。)の映像を認め、動静監視を行い続航していたところ、同時05分ごろ濃霧となり、視界制限状態となったが、そのころA受審人からこれから休むので頼む旨の連絡を受け、また、先ほどまで同人が長時間在橋していたことから、昇橋を促すことになるのをためらい、A受審人に視界制限状態になったことを報告せず、順永丸押船列は、船長による指揮が執られないまま進行した。
08時06分少し過ぎB受審人は、佐田岬灯台から021度2.2海里の地点に達したとき、永久丸のレーダー映像を左舷船首5度1.5海里に認め、同船と著しく接近することを避けることができない状況であることを知ったが、針路を変更して同船と船間距離を隔てれば無難に航過できると思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めることもなく、右舷前方に漁船群のレーダー映像を認めていたことから、左転して針路を208度に転じ、永久丸と右舷を対して航過するつもりで、霧中信号を開始して続航した。
08時08分B受審人は、永久丸のレーダー映像が、方位にほとんど変化がないまま右舷船首4度1.0海里に接近したことから手動操舵に切り換え、同時10分さらに左転して針路を198度とし、同時11分少し過ぎ右舷前方至近に永久丸を視認し、衝突の危険を感じて左舵一杯をとったが及ばず、08時12分佐田岬灯台から019度1.3海里の地点において、順永丸押船列は、153度に向首したとき、その右舷後部に、永久丸の船首が前方から76度の角度で衝突した。
当時、天候は霧で風はほとんどなく、視程は約0.2海里で、潮候は上げ潮の中央期であった。
A受審人は、自室で休息中、激左転している気配に気付いて急ぎ昇橋し、右舷前方至近に永久丸を視認したがどうすることもできず、事後、その措置に当たった。
また、永久丸は、船尾船橋型の貨物船で、C受審人ほか2人が乗り組み、空倉のまま、船首0.80メートル船尾2.45メートルの喫水をもって、同月28日05時50分佐伯港を発し、大阪港に向かった。
C受審人は、出航操船に引き続き機関長と共に船橋当直に就き、全速力で豊後水道を北上中、08時ごろ佐田岬沖合において、霧により視界制限状態となり、機関を極微速力前進とし、霧中信号の吹鳴を開始した。
08時01分C受審人は、佐田岬灯台から302度1,000メートルの地点で、針路を043度に定め、極微速力前進のまま、折からの北東流に乗じ7.0ノットの速力で、手動操舵により進行した。
08時02分C受審人は、レーダーにより左舷船首7度2.7海里に順永丸押船列の映像を探知し、同時06分少し過ぎ佐田岬灯台から357度1,350メートルの地点に達したとき、同映像を左舷船首10度1.5海里に認め、同押船列と著しく接近することを避けることができない状況であることを知ったが、それまで映像の方位がわずかに左方に変わっていたことから、左舷を対して航過できると思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めることもなく続航中、同時11分少し過ぎ左舷前方至近に順永丸押船列を視認し、危険を感じて機関を停止し、続いて全速力後進をかけたが及ばず、永久丸は、049度に向首し、ほぼ行きあしが停止したとき、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、順永丸押船列は、順永丸の右舷後部外板に、永久丸は、船首外板にそれぞれ凹損を生じたが、のちいずれも修理された。
(原因)
本件衝突は、霧のため視界が制限された伊予灘において、南下中の順永丸押船列が、レーダーにより前路に認めた永久丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかったことと、北上中の永久丸が、レーダーにより前路に認めた順永丸押船列と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかったこととによって発生したものである。
順永丸押船列の運航が適切でなかったのは、船長の船橋当直者に対する視界制限時の報告についての指示が適切でなかったことと、船橋当直者の視界制限時の報告及び措置が適切でなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は、船橋入直者に、霧により視界制限状態になった際の報告について指示する場合、次直者に同報告について確実に引き継ぐことを指示すべき注意義務があった。しかるに、同人は、同報告について次直者に確実に引き継ぐことを指示しなかった職務上の過失により、霧により視界制限状態になった際、自ら指揮を執ることができず、永久丸との衝突を招き、順永丸の右舷後部外板及び永久丸の船首外板に、それぞれ凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、霧により視界制限状態になった伊予灘を南下中、レーダーにより前路に認めた永久丸と著しく接近することを避けることができない状況であることを知った場合、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、必要に応じて行きあしを止めるべき注意義務があった。しかるに、同人は、針路を変更して同船と船間距離を隔てれば無難に航過できると思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかった職務上の過失により、永久丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は、霧により視界制限状態になった伊予灘を北上中、レーダーにより前路に認めた順永丸押船列と著しく接近することを避けることができない状況であることを知った場合、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、必要に応じて行きあしを止めるべき注意義務があった。しかるに、同人は、同押船列の方位がわずかに左方に変わっていたことから、左舷を対して航過できると思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかった職務上の過失により、順永丸押船列との衝突を招き、順永丸及び自船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。