阿嘉島の蝶 part11
タテハモドキの“散卵”
上林利寛
AMSL調理担当
Butterflies in Akajima Island, Part11
Scattered egg−laying by the peacock pansy, Precis almana(Linnaeus)
T. Kamibayashi
タテハモドキ(タテハチョウ科)。名前は「モドキ」ですが、れっきとしたタテハチョウの一種です。近年、国内での生息域が琉球列島〜九州南部(宮崎、鹿児島県の沿岸地域)からさらに北上し、今日では熊本県の宇土半島、天草諸島、八代平野などの沿岸地域に土着したと考えられています。(40年ほど前までは九州南部でも一時的に観察できる迷蝶だったそうです)。この様に熱帯・亜熱帯性の南方系の蝶が北上し生息域を広げることは昨今の地球温暖化と何か関係があるのかもしれません。
本種は阿嘉島でほぼ周年、日当たりの良い畑や草原、荒地などで観察できます。又、花を訪れることも多くタチアワユキセンダングサや畑のニンジンの花などで蜜を吸っています。(写真1)とは言っても、縄張り意識が強くほとんど単体で行動するので注意深く探さなければ見つかりません。阿嘉島での幼虫の食草は主にイワダレソウ(クマツヅラ科)です。たまたま、2002年5月18日午後2時頃、本種の産卵行動を目撃したのですが、多くの蝶のそれとは違っていて、直接食草に卵を産みつけることはありませんでした。では、どこに卵を産みつけたのでしょうか?それはイワダレソウと混在していたイネ科(ハイキビと思われる)の植物でした。(写真2)この様な産卵行動はタテハモドキにとっては普通で、食草の周りに所構わず“散卵”し、時には石や切り株に産みつけることもあるそうです。
研究所に持ち帰った3個の卵は産卵から4日後の早朝全て孵化しましたが、その幼虫は全長が2mmにも満たない小さなものでした。この小さな幼虫が食草のイワダレソウに辿り着くには長い道のりが待っています。クモなどの外敵に襲われる危険も多くなるでしょう。実は、産卵直前の雌のタテハモドキはお腹の中に1000個以上の卵を持っていてシロオビアゲハの約4〜5倍の量はあるそうです。やや雑駁に思われるこの産卵行動ですが、沢山の卵をいろいろな場所に産むことで、幼虫の生き残りの機会を増やそうとしているのでしょう。飼育の結果は、卵期約4日間→幼虫期19〜20日間→蛹期8〜9日間→成虫(3匹ともに夏型の個体、性別は不明)でした。
天草地方では本種が普通に見られる様になってから同じタテハチョウ科の在来種、キタテハがほとんど見られなくなったそうです。幼虫時の食草の異なる2種ですが、生息場所がほとんど同じなので、キタテハの方が何処かに追いやられてしまったのかもしれません。
写真1. |
ニンジンの花を訪れる秋型の個体(性別不明)。翅の形、紋様には季節変異があり、夏型と秋型の2つのタイプが存在する。詳細は「阿嘉島の蝶Part4」に記載。 |
写真2. |
ハイキビ?(イネ科)の茎に産みつけられた2つの卵。直径0.69mm、この小さな卵をフィールドで無作為に探し出すのはとても困難です。 |
写真3. |
イワダレソウ(クマツヅラ科)を食べて成育する孵化から5日目の3匹の幼虫。 |
夜間観察で見つかったホネナシサンゴ科の一種
Underwater observation of a species of coral anemone, Corallimorphidae at night
阿嘉島臨海研究所では、毎年夏になるとサンゴの産卵調査のために満月前後の数日間、夜間潜水観察にでかける。けれども、毎晩サンゴの産卵がみられるわけでもなく、むしろ見られないことの方が多い。目的を果たせないのは残念なことだが、そんな日は生物の夜の姿を観察する絶好の機会でもある。夜にこそ、その本来の姿を見せる生物も多い。このホネナシサンゴの一種も、そうした生物の一つで、昼間はしぼんで瘤のような形をしているが、夜になると先端に鮮やかなオレンジ色の珠をもつ触手を伸ばし、“花”を開く。この触手先端の球が、ホネナシサンゴ科の大きな特徴の一つである。写真の個体は、直径約1.5cmで赤紫色をしているが、直径1cmほどでオレンジ色の体をもつものも見つかっている。この2つの個体は、おそらくは別種のものと思っているが、写真からこれがホネナシサンゴの仲間であると判定して下さった千葉県立中央博物館の柳 研介博士によると、その分類は現在大変混乱しているらしい。
採集・撮影:岩尾研二
日時:2002年7月29日
採集場所:阿嘉島マジャノハマ
編集後記
編集 岩尾研二(研究員)
“ウミマジムン”という言葉をご存じでしょうか。座間味でのオニヒトデの地方名で、「海の魔物」という意味です。その名のとおり、おととしの秋から“ウミマジムン”は、慶良間の海を荒らしまくっています。本誌の中で述べられているとおり、座間味村でもダイビング協会の方々を中心とした駆除活動に大きな努力が注がれていますが、それにもかかわらず、今もたくさんのサンゴが被害に遭っています。今年の夏には、いったいどれくらいのサンゴが生き残って産卵できるのでしょうか。本誌で紹介されたCREOの活動によって、慶良間の海が沖縄本島に幼生を供給する源であることが、よりはっきりしてきました。沖縄本島周辺のサンゴ礁のためにも、早く健全なサンゴ礁にもどって欲しいものです。今回は、小笠原諸島と千葉県館山のサンゴについでの話題も寄せられました。和歌山県串本の方では、平均水温が上昇しているのか、これまであまり見られなかったサンゴ種が増えているそうです。先の2つの海域のサンゴの生息状況が、これから変化していくのか、大変興味がもたれます。願わくば、黒潮に乗って“ウミマジムン”が運ばれませんように。
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