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2003/04/16 産経新聞朝刊
【正論】イラク戦争 米国支持の日本は復興支援でも存在感を
杏林大学教授総合政策学部客員教授 田久保忠衛
 
 <<心から米英軍に同情す>>
 保安官として真面目に秩序の維持に努めようとすると罵詈誹謗を浴びる。イラク攻撃の前には「国連決議なく戦いを急いだ好戦国」、戦闘が開始されるや「イラクだけでなく、アラブ全体を怒らせてしまった」、「一般市民に多数の被害者が出ている」、ひとまず戦いが終わったいまは「イラクの復興は国連が中心になるべきだ」など非難の喧(かまびす)しいことは尋常でなかった。心から米英軍に同情する。ことの本質を無視した日本の一部新聞とテレビは今後も米政府の「失敗」だけを追い続けるのだろうか。
 舞台は急速に復興問題に移行しつつある。面子がからんでいるのか、石油その他の利権、債権がからんでいるのか、国際政治上の発言の増大を狙っているのか知らないが、またぞろ仏独露の三国が「国連中心」を言い募り、中国は実に巧妙にこの三国に一定の距離を置くかのような態度を取り始めた。仏独露のいずれも腹の内で米国との和解を望みつつ、口先だけで楯突くいい加減さを外交巧者の中国は素早く読み取っているに違いない。
<<戦火鎮まり、また口出す仏独露>>
 コンドリーザ・ライス大統領補佐官は、記者団に「イラク解放のために生命と血を捧げた国々だけが国の再建の主導権を取る」と述べたが、米国人大方の本音ではないか。戦火の鎮まった時にしゃしゃり出てきてあれこれ注文をつけるこの三国はついこの間までは世界の反戦・平和を代弁しているような顔をしていたのだから滑稽でもある。
 イラクの戦後復興には戦争とは別の意味の困難が伴おう。シーア派内部の複雑な事情、クルド族、反体制派内の思惑の交錯、トルコをはじめシリア、イラン、サウジアラビアなどの周辺国家の動向など容易ならざる難問が山積している。関係国の中で最も周到な準備を続けてきたのは米国だ。トミー・フランクス米中央軍司令官の下で駐留米軍はすでに治安回復にあたっているとし、ジェイ・ガーナー米軍退役将軍の下に設けられた復興人道支援機構(ORHA)は数百人の規模の米国スタッフがイラク南部で活動を開始した。
 血と生命の犠牲を覚悟の問題に直面すると国連安保理は小田原評定を繰り返し、そのうち当事者がテレビのカメラを意識するようになると機能しなくなる。今回の過程で無力ぶりはいやがうえにも証明されたではないか。国連の歴史でも朝鮮半島と湾岸戦争以外にこれといったきな臭い仕事をしなかった国連は人道援助など「後方支援」に全力を挙げてもらったらいい。
<<早急にイラクへの人的物的行動>>
 日本もかなり前から、復興支援のメニューを検討していたようで、抜かりはないと信じるが、ORHAによる支援に協力するため英国、スペイン、アラブ首長国連邦などから、南部の港ウムカスルに続々と食糧や水が届いていると伝えられている。
 イラク国民に喜ばれる人的、物的行動をはやくしなければならない。どこの国にも筋を通すと称して「国連決議がなければならぬ」などと紋切型の言いがかりをつける向きがいるが、それを気にして米国支援の姿勢明確化で得た日本の地位に傷をつけるわけにはいかぬ。
 九・一一テロが発生した時からの私の持論は、テロリストおよびそれを支援する独裁国家には先ず民主主義国としての厳然たる態度を示し、かつ日米同盟上の配慮を示すの二点である。同盟論の見地から法律の枠内の矮小化された議論に終始しているだけでは役所の議論の域を出ない。
 いまから二十二年前の八一年にイスラエルのF15、F16戦闘機九機がイラクの仏製オシラク原子炉を攻撃し、破壊した。イラクの原爆製造を阻止するための奇襲攻撃であった。この攻撃がなかったら、九一年にサダム・フセインは核を手にしたままクウェートを十九番目の、さらにサウジアラビアを二十番目の省にしていたろう。
 にもかかわらず、日本と欧州はイスラエルを「国際法違反の暴挙」と非難し、米政府も「事前連絡は受けなかった」とツムジを曲げた。が、核の拡散を望まぬ国々はイスラエルを罵(ののし)りつつ心中「よくやってくれた」と感謝したのではないか。これが国際政治である。
 米国がイラク攻撃に失敗していたら、また日本が独仏露路線に乗っていたら、どうなっていただろうか。
(たくぼ ただえ)
◇田久保忠衛(たくぼ ただえ)
1933年生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
時事通信社・那覇支局長、ワシントン支局長、外信部長、編集局次長を経て、現在、杏林大学教授。
 
 
 
 
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