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2003/04/15  産経新聞朝刊
【異見自在】米が仕掛けた「悪夢払い」
高山正之・帝京大教授
 
 9・11テロはアフガニスタンを経てバグダッドで一応の結末を見た、ことになるらしい。
 しかし今度ほど筋の通らない話も珍しい。早い話、あのテロの捜査で最初に浮かんだのはイラクでもサダム・フセインでもなくサウジアラビアだった。
 テロ実行犯十九人のうち十五人がサウジ出身だし、やがて判明した首魁(しゅかい)ビンラーディン氏もまたサウジ出身だった。
 彼らの資金源をたどれば駐米サウジ大使夫人が浮かぶ。
 怪しいのはサウジとみんな思った。だからサウジのアブドラ皇太子からの見舞金が米国に拒絶されたときも別に変には思わなかった。
 しかし国連で米国が主張したのは「イラク」だった。大量破壊兵器を隠し、査察を拒む。われわれは座して次のテロを待つつもりはない、と。サウジが消えた。これが筋の通らない最初の展開だ。
 国連では米国の言い分はつぶされ結局、米英だけのバグダッド攻略になるが、このときの口実は大量破壊兵器がどうのこうのではなく「圧政にひしがれたイラクの民を解放する」に変わっていた。
 米国がこういう言い回しをするのは何か悪さを働くときに限られる。ハワイ王朝を乗っ取ったときも、フィリピン、パナマを騙(だま)し取ったときも、「暴政から人々を解放する」だった。
 ちなみにサダムの評判は悪いが、彼はイスラム圏では珍しい世俗政治体制をとった。例えばサウジはワッハーブ派の宗教政治で女性はベールをかぶることを強要され、夫以外の男性と話すのもだめ。不倫は重罪となる。
 そういう不条理をサダムは排して女性を「解放」し宗教の自由もうたった。現にアジズ副首相はキリスト教信者だった。
 その意味ではるかに民主的な治世だった。「いや彼は政敵を排除し恐怖政治を敷いた」という。それなら中国の方がもっとひどいだろう。要するにこれも筋が通らない。
 そんな無理をしてまで米国はなぜサダム排除に執着したか。こういう分からないことだらけの事件を解くとき、国際政治学に「反実仮想」という手法がある。事実に反した想定の意味で、別に難しい話ではない。例えば日本が真珠湾攻撃をしなかったらと仮想する。そしたら米国はどうしたか。それを検討すると歴史に働く国家の意思が結構、見えてくるものだ。
 今回は「もし米国が進攻をやめサダムを残したら」と想定する。
 イラクは経済封鎖下にあり、エシュロンや偵察機が監視を続ける。何も悪さはできない。イラン、シリアだって牙を失ったままだ。つまり不安はない。
 ただ一カ所サウジに問題がある。この国は一握りの王族が統治し国会もない。彼らはつい最近も四百台のベンツを連ねてスペインで遊んだように甘い生活を送る。遊興費の元は石油代金で、彼らはそれを投機にも回している。いずれもがコーランに背く罪だ。
 一方、ワッハーブの戒律に縛られた国民の不満は限界にある。いつ革命が起きてもおかしくない。加えて親米の要ファハド国王は健康に問題がある。
 米国にとって不安要因は次期国王、アブドラ皇太子にもある。彼はアラブ民族派で、サダムとも仲がいいし、パレスチナ人にも同情的だ。
 要するにサウジは極めて近い将来、革命が起きて王朝が倒れるか、親米とは程遠いアブドラが国王になるか。そのときサダムが元気でいれば、どっちの形であれサウジはイラクと手を結ぶ公算が大だ。つまり石油埋蔵量の世界一位と二位が反米で手を握ることになる。
 そうなれば今はおとなしくしているシリアもイランも、そしてパレスチナまでが息を吹き返してくるだろう。
 これは米国の石油戦略を脅かし、イスラエルには信じられない悪夢になる。クウェートで荒稼ぎした英国も困る。
 以上が反実仮想の導き出す中東の将来図だ。
 ワシントン・ポスト紙のウッドワード記者の「ブッシュの戦争」には9・11の当日、ユダヤ系のウォルフォウィッツ国防副長官が「イラクをやれ」と言ったとある。早めに不安の芽サダムを摘み取り、サウジの政変を待つ。それ以外にこの中東の近い将来に起こる激変に対処する手段はない、と思ったか。彼もまた反実仮想で分析していたのだろう。
◇高山正之(たかやま まさゆき)
産経新聞編集委員を経て、現在、帝京大学教授。
 
 辛口コラム「異見自在」は高山正之氏が産経新聞の編集委員だった平成10年から13年まで3年余りにわたって毎週1回、連載されました。今回、イラク戦争での番外編として掲載します。
 
 
 
 
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