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2003/03/17 毎日新聞朝刊
[論点]イラク攻撃、日本はどうする─自立した防衛構想を
佐伯啓思・京大教授
◇日本の安保構想欠如の「つけ」が来た、米支持以外の選択肢がない点こそ問題
 単独でのイラク攻撃も辞さずとするアメリカと、これを阻止しようとするフランスなどの対立が最終的な局面を迎えている。この中でわが国は、またまた難しい立場におかれている。一方には、対米全面支援の立場があり、他方には、反戦平和主義がある。この状況の中で、われわれは何を考えればよいのか。
 まず、今回のアメリカのイラク攻撃には十分な正当性はない。テロとの戦いという「新しい戦争」の中から出てきた予防的先制攻撃の考えは、国際法上も疑問があるし、あまりに危険なものだ。また、大量破壊兵器の破棄に関する国連決議1441を持ちだすならその延長上にある現在の査察を強化し、その結果を検討すべきであろう。もしも既成の国連決議をもちだすならば、これは国連中心の立場に立つわけだから、単独攻撃は当然すべきではないことになる。
 むろん、だからといって、大量破壊兵器に関するイラクの疑惑が放免されるわけではなく、問題の所在がそこにあることも間違いない。ただ、問題解決の手段として、多大な犠牲を払う攻撃を直ちに強行するしか選択肢がないとは思えない。したがって、日本がすべきことは、まずは、イラク問題の国連中心的対応へ向けた努力しかないはずだ。
 にもかかわらずアメリカが単独攻撃にはいればどうするか。これは、支持する以外の選択肢は日本にはない。日米安保条約はこのような事態を想定したものではないものの、日米同盟の立場と、9・11後、対テロ戦争支援を日本も表明したことを前提にすれば、それ以外の立場(中立や反戦、イラク支持)は取りえない。しかし、問題は、まさに、アメリカを支持する以外の選択肢が日本にはない、という点にこそある。
 北朝鮮の危機を考えれば、対米協力こそが国益だという議論がある。また、テロという野蛮から「文明」を守るためにはアメリカとの協力しかないという議論もある。しかし、現実的選択としてはそうであっても、両論とも、議論としては本末転倒である。「国益」や「文明」を守るためには、自立した防衛の構えがなければならない。自立した防衛力や安全保障構想、情報力があって、初めて、それなりに対等な、他国との同盟関係や協調行動もとりうる。さもなくば、「協調」は単なる「従属」に過ぎない。
 湾岸戦争以降、わが国は、結局、独自の安全保障構想も持てず、対米従属も解消できずにきた。まだ「普通の国家」ではないのである。有事法制が精一杯であって、集団的自衛権さえまだ使用できない、という状態である。この「つけ」がまたまわってきた。アメリカが単独攻撃に移れば、日本はこれを支持せざるを得ない。だが、「せざるを得ない」ということの屈辱をかみしめるべきである。自立した判断と選択肢を持ちえるためにも、憲法改正論議を含めた防衛構想や安全保障構想(アメリカへの支持によって日本もテロのターゲットとなりうる)への道を今すぐ開かねばならない。
◇佐伯啓思(さえき けいし)
1949年生まれ。
東京大学経済学部卒業。東京大学大学院修了。
滋賀大学助教授を経て、京都大学教授。
 
 
 
 
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