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2003/05/23 読売新聞朝刊
イラク決議採択 米の勝利、国連が認知 「占領」にお墨付き
◆大量破壊兵器問題 あいまいさ残す
 国連安全保障理事会が二十二日採択した戦後イラク管理に関する決議は、国連を無視する形で対イラク武力行使に踏み切った米国の戦勝を、国連として公式に認知するものだ。イラクにも、国連にも突出した力を見せつけた米国は、今後、国際社会を主導する形で、決議で示されたイラク再生の道を歩むことになる。
(ニューヨーク 勝田誠、本文記事1面)
◆決議の骨子
 ▽米英には占領国として特別の権限と責任、義務がある
 ▽国連は人道支援などで重要な役割を果たす
 ▽国連事務総長は「特別代表」を任命
 ▽イラクとの貿易・金融取引の禁止を解除
 ▽国連査察団のイラク復帰問題を検討
 ▽「イラク開発基金」を設置。支出は米英が取り仕切る
 ▽「石油・食糧交換プログラム」を6か月以内に終了
 ▽12か月以内に決議の履行状況を見直す
 
 採決は、ネグロポンテ米国連大使が「予告」した通り、米国が決議案を常任理事各国に提示してから二週間で行われた。米国はその間、各国主張を取り込む形で百か所近くの文言を書き換えて“妥協”を図った。
 しかし、統治と石油という最重要部分に限れば、「戦争で血を流した国だけがすべての権益を得る」(ラムズフェルド米国防長官)という米国の考えは不変だった。修正案は、「各国が苦い薬を飲み下しやすいように味付けをしただけ」(外交筋)に過ぎない。
 統治面では、米英による戦後処理の全権掌握に、安保理が「お墨付き」を与えた形だ。米英は、イラク復興人道支援庁(ORHA)などを通じて、暫定政府設置など政治プロセスを指揮することが認められた。
 一方、役割を限定された国連には一切の最終権限は与えられていない。アナン事務総長が任命する特別代表の任務も、人道支援と復興活動における国連各機関内の調整作業や、占領国との連絡に制限されている。
 東ティモールやアフガニスタンのように、国連が政治日程を決め、その青写真に基づき、行政機構を次第に再生していくような道程とは全く異なる。
 また、石油などの輸出収入が預けられる「イラク開発基金」運用の方針決定は事実上、米国が行う。米国は「一刻も早い資金移管を求めている」(外交筋)と言われており、すぐにでも復興資金などに充当する権限を行使したい考えだ。さらに、今後のイラク石油の価格決定権は米国が握る。
 仏、露など各国が手にしたのは、「石油・食糧交換プログラム」廃止まで半年間の移行期間が設けられ、各国企業が持つ輸出契約が消滅するリスクが減ったことだけに過ぎない。
 一方、決議は、米国の武力行使の発端となった大量破壊兵器を巡る問題について、イラクの武装解除義務を改めて確認した。
 ただ、国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)と国際原子力機関(IAEA)が大量破壊兵器の存在確認と廃棄を宣言してから経済制裁を解除すべきだとし、査察官の復帰も求めたフランスの主張は盛り込まれなかった。本来、経済制裁解除の条件は、湾岸戦争停戦決議である国連安保理決議687の22項で、イラクの大量破壊兵器解体と明記されており、フランスの立場は、米軍もいまだに大量破壊兵器を発見できない段階で、単にフセイン政権が崩壊したからとの理由だけでは制裁解除の要件を満たさないという、建前論での抵抗でもあった。
 しかし、決議は、UNMOVICなどの役割を今後、米英が検討する可能性を指摘するだけに終わった。米政府は「近い将来、査察官が役割を担う可能性は皆無」(ネグロポンテ大使)と明言しており、結局、早期制裁解除によるイラク国民の「利益」を前面に押し出す形で、仏などの異議を封じ込めたと言える。
 決議が採択され、イラク戦争支持派と反対派の二派に分断されて機能停止していた安保理は、かろうじて結束を取り戻した。ただ、今の安保理は、戦前の安保理ではない。ある常任理事国大使は、「戦争は外交を従属させる。『戦後』の現実を受け入れなければ、安保理は米国に無視され続けるだけだ」と語った。
◆「制裁解除で生活向上」期待/イラク国民
 国連安全保障理事会が採択した決議に、対イラク経済制裁の解除が盛り込まれたことで、国民は暮らしの向上に期待をかけている。また、戦勝国である米英両国が、復興事業での「特別な地位」を得る点について、イラク人反フセイン各派の間では、「やむを得ない」(関係筋)との受け止め方が強い。
 対イラク国連経済制裁は、一九九〇年の湾岸危機をきっかけに、フセイン体制の弱体化を目指して発動された。だが、これによって、イラク国民の生活は極端に窮乏、医薬品不足で乳児死亡率が著しく増加するなどの事態も発生した。
 その一方で、フセイン大統領、親族、政権中枢らは、トルコやシリアを経由した石油密輸や石油販売先からのリベート徴収などで巨額な富を得ていた。
 こうした経済制裁の非合理性は、イラク戦争の前からすでに明らかになっており、国連組織の官僚的体質と相まって、「イラク復興には国連を介した援助は必要ない」(クルド愛国同盟のタラバニ議長)との声まで出ていた。
 経済制裁解除後、イラクの石油、天然ガスを管理する「開発基金」の運用は、事実上、米国が行うが、反フセイン各派は、フセイン政権の打倒が米国の軍事力に頼ったとの事実がある以上、米国の意向に従わざるを得ないのが実情だ。
 米軍駐留反対を声高に叫ぶイスラム教シーア派組織にしても、米軍主導の復興事業が既成事実化される中、「バスに乗り遅れまいと、協調姿勢を見せ始めている」(米復興人道支援庁=ORHA=筋)という。全体として見れば、米英の「占領政策」はほぼ順調に受け入れられているようだ。
◆米の石油支配 半恒久化警戒も
 だが、石油利権を巡っては、北部油田地帯のキルクークを支配下に置きたいクルド人勢力など、反フセイン各派が激しい駆け引きを繰り広げており、米国の“石油支配”が半恒久化することへの警戒感も強い。
 「暫定政府」を早急に立ち上げ、ORHAからの権限委譲を受けたい反フセイン各派と、権限委譲は時期尚早と見るORHAの間では最近、溝も目立っている。米国がイラク国民の人心をどう掌握しながら新生イラクの国づくりをリードするか、課題は依然多い。
(バグダッド 相原清)
 
<対イラク経済制裁>
 1990年、イラクのクウェート侵攻を受け、国連安保理が科した制裁措置。原油などの輸出禁止、海外からの投資禁止などが柱。「制裁は国民生活を圧迫する」との国際世論を背景に、96年に石油禁輸を一部解除し、人道物資購入目的の石油輸出を承認するなど、緩和措置も取られた。
 
 図=国連決議で示されたイラク復興の枠組み
 
 写真=22日、国連安保理で行われた対イラク決議案の採決で、賛成の挙手をする米国のネグロポンテ(右)、英国のグリーンストック両大使(AP)
 
 
 
 
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