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2003/04/11 毎日新聞朝刊
イラク戦争 長期化の様相一転、勢いづく米政権強硬派
 
 【ワシントン河野俊史】米英軍による対イラク攻撃は、一時浮上した長期化の様相から一転して21日目の電撃的な決着(フセイン体制崩壊)となった。途中で増派が決定された10万〜12万人の米軍部隊は順次イラク入りしているが、大半は戦闘終了後の駐留任務にあたる見通しだ。イラク側の戦闘能力が予想以上に低かったことが最大の要因とみられるが、米国内では「ハイテク兵器と奇襲作戦を駆使した少人数の戦争」を提唱してきたチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官の強硬派ラインが勢いづくのは必至の情勢だ。
 チェイニー副大統領は9日、ニューオーリンズで開かれた全米新聞編集者協会の年次総会で講演し、「戦争初期にはテレビ局に出演する退役軍人らから(今回の)作戦計画を批判されたが、日がたつにつれ、計画の賢明さがより明白になった」と発言、ブッシュ政権の作戦計画が妥当なものだったことを強調した。
 湾岸戦争(91年)当時の約半分の米軍兵力(約24万人)で短期決戦を目指した今回の作戦計画をめぐっては、イラク南部ナシリヤの戦闘で多くの犠牲者が出たり、補給路が延び切って前線への補給が遅滞するトラブルが批判の対象となり、米政府は急きょ10万〜12万人の増派決定を余儀なくされた。首都バグダッド攻略は周囲に包囲網を築いた上で、陸軍第4歩兵師団などの増派組が到着するのを待って着手されるとの見通しが強まっていたが、米軍は「正攻法」の一方で、市街地の大統領宮殿などへの急襲攻撃を繰り返した。当初は威力偵察や「心理戦」を狙った示威行動とみられていたが、結局、この急襲攻撃がバグダッド陥落の突破口になった。
 10日付の米ワシントン・ポスト紙は軍事専門家の話として(1)訓練を積んだ装備のしっかりした軍隊(2)驚くほど技量に欠けたイラク側の反抗(3)バグダッドに焦点を絞った3月末のブッシュ政権の決定――の3点を作戦成功の理由にあげている。米軍は本格的な市街戦を避けるため、急襲作戦や特殊部隊と連動したフセイン大統領爆撃計画を駆使してチャンスを模索してきた。これらの非伝統的な作戦手法はブッシュ政権に強い影響力を持つネオコンサーバティブ(ネオコン=新保守主義)人脈の間で提唱されることが多く、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官をはじめ国防総省のシビリアン(文民)の間で支持されている。
 結果的にせよ、新たな作戦手法が奏功したことでネオコンに近い政権内タカ派が息を吹き返すのは確実だ。精密誘導弾の比率拡大をはじめとする軍事革命(RMA)の進展とも連動して、新しい戦争観が創出される可能性も出ている。
 
 
 
 
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