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2003/04/04 毎日新聞朝刊
[社説]パレスチナ 和平なしに中東安定はない
<イラク戦争と世界>
 ブッシュ米大統領はイラク攻撃に踏み切る1週間前に声明を発表し、中東和平実現への具体的な道筋を示す「ロードマップ」(指針)を近く発表すると明らかにした。イラク開戦に備えて、パレスチナはじめアラブ社会に対して中東和平を重視している姿勢を示す狙いが込められていた。
 しかし、イラク戦争がますます激しくなりそうな局面にある現在、和平プロセスの展望は見えない。パレスチナ過激派がイラクに自爆攻撃要員を送り込むなどイラク戦争をパレスチナ問題に絡めようとする動きも活発化している。
 1年前の今ごろは、イスラエル軍の自治区侵攻とパレスチナ武装勢力のイスラエル人に対する自爆テロ、さらに報復と反撃の繰り返しが展開されていた。パレスチナ自治政府のアラファト議長は、武装勢力の自爆テロを抑えることができず、イスラエルのシャロン首相は、米国の黙認を追い風に軍事力路線を突っ走った。
 中東和平実現のためには、パレスチナとイスラエルの二つの国家の共存しかない。しかし、米国、ロシア、欧州連合(EU)、国連の4者による和平努力は、イラク危機が深刻になるにつれて中断したままだ。
 この間、イスラエルでは1月の総選挙でシャロン首相が党首を務める右派リクードが大勝した。同じ1月に予定されたパレスチナの議長選と評議会選は、自治区がイスラエル軍の占領下にあるため無期延期を余儀なくされた。
 イラク開戦直前の先月18日、パレスチナ評議会は、首相職の創設を承認した。アラファト自治政府議長から首相に任命されたアッバス氏が組閣作業を続けている。首相職創設は、米国やEUが強く求めていた。パレスチナ国家樹立に支持表明を行った昨年6月のブッシュ大統領演説でも、アラファト指導部の刷新を条件にしていた。
 イラク開戦から2週間。イスラム社会は反米ムードで覆われている。フセイン政権がどうであれ、アラブ社会に攻め込んだ米国への反発が強まっている。
 91年の湾岸戦争では、エジプト、シリアなども多国籍軍に部隊を派遣したが、今回そうした動きは全くない。イラク戦争がいつ、どのような形で終結するかにもよるが、戦後の中東地域に深い傷跡を残すことが十分に予想される。
 イラク戦争終結後に提示されるとみられる中東和平ロードマップが確かな道筋をつけられるかどうかの保証はない。イラク戦争によってもたらされる新たな憎悪感情を克服できるかが大きな課題だ。
 中東和平の成否は、パレスチナとイスラエルの双方に影響力を行使できる米国の出方にかかっている。それだけに米国の責任は重い。イラク戦争のために中東和平が遠のいてはならない。すでに戦後のイラク復興に関して各国の思惑が交錯しているが、パレスチナ問題の恒久的解決なしには、中東地域の和平も安定も達成されない。
 
 
 
 
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