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2・3 インマルサットのシステムと装置
2・3・1 インマルサットシステム
(1)インマルサットの生立ち
 インマルサット(国際海事衛星機構、INMARSAT)は、International Maritime Satellite Organizationから作られた略語であるが、機構の正式名称のように使用されている。このような衛星を使用した船舶通信は、初めはアメリカの応用技術衛星と呼ばれる衛星シリーズによって行われた。このシリーズの衛星の初期のものであるATS−1とATS−3の両衛星はVHFの中継器を使用して、1960年代の後半にGrace LineのSS Santa Lucia号で陸上移動用の無線機を利用して、陸上との間での通信が行われたのが恐らく船舶衛星通信の最初であろう。使用空中線には利得が約12dBの交差ダイポールの八木アンテナが使用されている。現在もインマルサットで使用されているL−バンドの電波による衛星船舶実験は、続いて1969年8月に打上げられたATS−5衛星を使用して北極海を航行中の砕氷タンカーManhattan号によって行われた。このATS−5衛星は打上げの失敗から、その空中線が0.78秒ごとに0.05秒程度しか地球を向かないという欠陥衛星であったため、限定された実験しかできなかった。その後、1974年に打上げられた応用技術衛星シリーズの4番目の最後の衛星ATS−6は、空中線が開傘する大型の衛星であり、同様な実験が継続されるとともに、固定通信用のC−バンド(4/6GHz)の通信衛星も使用するなど衛星通信を利用した船舶の運航管理の実験もいくつかの船会社が参加して行われた。
 こうして、L−バンドの電波による船舶衛星通信の実用化が可能であることが実証されたので、たまたまアメリカ海軍から本格的な衛星の完成までの短期間の艦隊通信用の衛星の打上げを依頼されていたコムサットゼネラル社は、海軍の了解を得て、その他の海事通信会社と共同でこの衛星に民間海事通信の中継器を搭載して打上げ、1976年より商用のサービスを開始した。この衛星が現在なお生き残っているマリサット衛星である。
 一方、国際海事機関(IMO、当時は政府間海事協議機関IMCO)の無線通信小委員会では、GMDSSの研究に先立って1960年代の末から海事衛星通信についての研究を開始した。1972年にはこの小委員会のもとに海事衛星専門家パネルを設けて、その技術的要件、経済的評価、その実行のための組織などについての審議を進め、1974年には国際組織設立のための条約草案を含む報告書が作成された。これと同時期、国際電気通信連盟(ITU)の関連組織でも同様の研究を進め、1971年の世界無線通信主管庁会議ではL−バンドの海事衛星業務用の周波数割当を決定するなどの役割をはたしてきた。
 これらの動きの結論として、IMCOは、1975年4月に国際海事衛星組織の設立に関する政府間会議を招集し、以後併せて3回の政府間会議、3回の中間作業部会、法律専門家会合におけるソ連と東欧を含む40数か国の協議の結果、1976年9月に国際海事衛星機構(インマルサット)に関する国際条約(政府間の取決め)とその運用協定(出資をする通信事業体の取決め)が採択された。これらの条約と協定は、関係各国の批准その他の手続きにより、1979年5月にはその発効要件を満たし、インマルサットは設立された。我が国の場合、通信事業体にはケィディーディーアイ(株)が指定された。
 この結果、インマルサットは、ロンドンに事務局を置き、50数か国の参加を得て今日その衛星システムを運用しているとともに、IMOの会議にもオブザーバーとして参加している。
(2)インマルサットの概要
 インマルサットの設立目的は、その条約の第3条に明示してあり、海事通信の改善のための宇宙部分を提供することによって、遭難及び人命の安全に係わる通信、船舶の効率的運航と管理、海事公衆通信業務、無線測位の能力改善に貢献すること、となっている。しかし、最近、航空機の衛星通信に対する要求が拡大しており、それに伴って海事通信及び実行可能なときは航空通信の改善に関し条約改正が行われた。更に海事通信及び実行可能なときは航空通信、陸上通信及び海域部分でない水域での通信の改善と、二度の改正が行われた。後者については未だ発効を見ていないが、海事衛星通信を主体とするものの、航空移動衛星通信と陸上移動衛星通信についてもインマルサットの衛星が使用できることになった。これらに伴って、機構の名称の変更も論議されている。また、この条約の改正以前にも、その条約の例外規定により、南極の昭和基地、北海油田など船舶外での使用も例外として認められていた。
 インマルサットの発足の当時は、すでに前述したアメリカのマリサットシステムが業務を実施しており、その他に欧州各国の共同宇宙開発機関である欧州宇宙機関(ESA)も独自の海事衛星MAROTSを1977年頃に打上げる予定でその開発を進めていた。インマルサット条約の第8条では、そのシステムを保護するために、締結国が、機構と同じ目的の別の衛星を提供又は使用しようとするときは、インマルサットと両立し、機構に著しい経済的な影響を与えないためにその通知が義務づけられ、機構の理事会はこれにより、具体的な調整手続きを決めている。インマルサットの発足に当たってはまず、太平洋、大西洋と印度洋の3マリサット衛星を借上げる形で、マリサットの業務が引継がれることになった。しかし、これらのマリサット衛星は打上げ後、インマルサットの発足当時でも5年余りを経過しており、運用システムとしての予備衛星の必要もあった。ESAが開発していたMAROTS衛星は、その後、衛星のバスをOTS(Orbital Test Satellite)からECS(European Communication Satellite)に変更したため、MARECSと名前を変えた。1982年12月と1984年11月にそれぞれ大西洋と太平洋に打上げに成功し(他に打上げ失敗1)、これらの衛星もまた、インマルサットに借上げられて、運用衛星に加えられた。更に、固定地点間の国際通信の中継をする衛星を運用している、インマルサットの兄貴分の衛星組織のインテルサットのV号衛星の内の5機に、海事通信用の中継器(MCS)を搭載する契約をした。それらも順次打上げられ(内、打上げ失敗1)、更に、第二世代の衛星の調達と打上げも進められ、その第1号(F1)が1990年10月30日に打上げられたほか4基のすべてが軌道におかれ、また第三世代の衛星インマルサット3の計画も進められている。これらの各衛星の諸元を表2・5に示す。
 また、従来の3静止衛星の構成では、南アメリカの西海岸沖に若干のカバレージ外の海域ができていたが、大西洋衛星の一つが、西に移動され、図2・10に示す4静止衛星の構成とすることによって、このカバレージの欠陥は解消され、前記第二世代の衛星は表2・6に示すようにその4か所に配置され、第一世代の衛星が予備として配置されている。
 インマルサットの衛星と通信をする地上局(海岸地球局)は、それぞれの国の通信企業体が建設し、運用することになっている。図2・10にはそれらの局が、計画中のものを含めて示してあり、各大洋の衛星ごとに海岸地球局の1局が回線網管理局となっている。
 船舶がインマルサット衛星経由で通信をするためには、船上に船舶地球局を搭載しなければならない。現在ほとんどの船舶が装備している船舶地球局は、インマルサットA船舶地球局と呼ばれるものである。このインマルサットAの無線装置は、径が1m前後の空中線を使用して、電話、テレックス、ファクシミリ、中速のデータ通信等での使用を考慮したものである。表2・7にインマルサットの各種業務の主要な諸元を示す。
(3)GMDSSとインマルサット
 GMDSSでA3水域を航行する船舶に装備を要求されるインマルサットの設備には、上に述べたインマルサットAの他に、将来の標準Aの代りとしてのインマルサットBと、更にインマルサットAよりもより簡単な全指向性の空中線を使用するインマルサットCがある。また、それらと組合わせて使用するものに、高機能グループ呼出(EGC)受信機と静止衛星用L−バンド非常用位置指示無線標識装置(EPIRB)がある。
(4)インマルサットAとインマルサットB船舶地球局
 インマルサットB船舶地球局は、インマルサットA局の機能を引継ぎ、デジタル音声などのデジタル通信技術を使用した無線設備であり、テレックス電話、FAXのノイズの少ない安定した通信が可能となった。また、装置にオプションとして、モデム・インターフェース・ユニット(MIU)を組込み、装置にパーソナルコンピュータを付けることにより、通信スピードが最大9.6kbpsのデジタルコンピュータ通信が可能である。オプションでハイ・スピード・データ(HSD)を組込むことにより、更に高速な(最大64kbps)データ通信が可能である。HSDを付けることで、画像データや大容量のデータをすばやく送ることができる。現在の新造船では、殆どがインマルサットBの無線設備を装備するようになっている。
 GMDSSでは、現存するインマルサットAでは、SOLAS条約第4章第4規則の規定にある“陸上から船舶向けの遭難警報を受信すること”という規定を満足しない可能性がある。これは、現在のところ船舶への個別呼出しが主体であり、ある海域の全船舶一斉呼出しが必ずしも可能ではなく、このため後述するEGCの機能が必要となる。したがって、この要件を満たすにはインマルサットのシステムで解決するか、EGCの併用装備、又はインマルサットA自身にEGC的な機能を持たせるなどが必要となる。
 インマルサットAにはクラス1から3までの種類があり、そのうち、クラス2の複信の電話並びに単信の電話と電信の受信が可能な装置は、電信の送信ができないのでSOLAS条約適用船のGMDSS用の装置としては適さない。クラス1の複信の電信と電話並びに単信の電信と電話の受信が可能な装置及びクラス3の複信の電信と単信の電信受信が可能な装置のみが対象となっている。すなわち、GMDSS用のインマルサットの装置は少なくともテレックス(直接印刷電信)の送受信が可能でなければならない。
 無線設備規則ではインマルサットC及び高機能グループ呼出受信機を含めて、第40条の4に性能基準があり、また、その条文に基づく告示で細かい規定がなされている。
(5)インマルサットCの船舶地球局
 インマルサットC船舶地球局は、原則として無指向性の空中線を使用する軽量、小形の送受信装置で、600bps(ビット毎秒)のテレックスを主とした通信がなされ、音声による電話通信はいまのところ不可能である。このような装置は、インマルサットの設立の当初より、小形の船舶用としてその開発が考えられていたが、その需要の動向がいまひとつはっきりしない点もあり、のびのびになっていたものである。しかし、遭難通信という観点からみれば、むしろ好ましい装置であり、GMDSSの審議の進展とともにその開発が進められた。GMDSSでは、インマルサットA又はBと同等の扱いを受けており、日常の利用を別にすれば、A3水域用のインマルサット装置としては、これを備えておけばよい。
 このインマルサットC装置は、1985年にその技術開発モデルがインマルサットによって開発された。その基本性能は表2・7にあるように受信性能指数であるG/Tとしては−23dB/Kで、これにより安定台なしの0dBiの無指向性空中線が使用できる。この局は、1,530〜1,545MHzと1,626.5〜1,646.5MHzを5kHz間隔で送受信できる。さらに、後述するEGCの装置との関連で、クラス1から3までの三つの種類の装置がある。クラス1は、メッセージの送受信のできる基本的なインマルサットCの装置で、EGCとは無関係な装置である。クラス2は、メッセージの送受信のときの受信はメッセージとEGC装置とが切換えで使用できるもので、GMDSSの装置としては不適となる場合もあると考えられる。クラス3は、独立したEGC受信機をもってメッセージの送受信とEGCとが互いに独立しての動作をすることのできるものである。無線通信機としてのその他の性能を示すと、送信のEIRPは、14±2dBW、変調方式は、BPSK(二位相シフトキーイング)(1200シンボル/秒で、符号化率1/2の畳込み符号を使用し、誤り訂正符号も使用)である。
 
表2・5 インマルサット衛星の主要諸元
  第1世代衛星 第2世代衛星 INMARSAT-2 第3世代衛星 INMARSAT-3
MARISAT INTELSAT-V MARECS
打ち上げ年 1976年 1982−1984年 1982−1984年 1990−1992年 1995年頃
打ち上げ時重量 655kg 1,869kg 1,014kg 1,143kg 約1,900kg
打ち上げ機 デルタロケット アリアンロケット アトラスセントール アリアンロケット デルタIIロケット アリアンロケット 未定
特徴 スピン 3軸制御 3軸制御 3軸制御 3軸制御
ビーム グローバル グローバル グローバル グローバル
(ビーム成型)
グローバルースポットビーム
(ビーム成型)
Lバンド衛星EIRP 24.5dBW 31.8dBW 33.5dBW 39dBW 48dBW
Lバンド
周波数帯域
衛星−移動体 4MHz 7.5MHz 5MHz 18MHz 34MHz
移動体−衛星 4MHz 7.5MHz 5.5MHz 23MHz 34MHz
チャンネル容量 (インマルサットA回線換算) 12回線 30回線 40回線 125回線 1000回線
寿命 7年 7年 7年 10年 13年
 
表2・6 インマルサットシステムの衛星配置
(1992年6月現在)
海域 現用衛星(軌道位置) 予備衛星
太平洋 インマルサット−2(F3)(178°E) MCS−D、マリサット(F1、F3)
インド洋 インマルサット−2(F1)(64.5°E) MCS−A、マリサット(F2)
大西洋東 インマルサット−2(F2)(15.5°W) マレックスB2
大西洋西 インマルサット−2(F4)(54.0°W) MCS−B
 
表2・7 インマルサットシステムの主要諸元
インマルサットシステム インマルサットA インマルサットB インマルサットC インマルサットM インマルサットAero
サービス対象 船舶 船舶 超小型船舶 陸上移動体 小型船舶 陸上移動体 航空機
商用サービス開始時期 1976年 1993年 1991年 1992年〜1993年 1990年
主要提供サービス 音声(FAX) テレックス 音声(FAX) テレックス データ 蓄積型メッセージ通信 音声(FAX) データ 音声(FAX) テレックス
移動体空中線タイプ パラボラ(直径80cm程度) 同左 ヘリカル/クロスダイポール ショートバックファイア/フェーズドアレイ フェーズドアレイ/ヘリカル
移動体G/T −4dB/K −4dB/K −23dB/K −10(海事) −12(陸上) −13(高利得) −26(低利得)
移動体送信EIRP 36dBW 33dBW 16dBW 25dBW 22.5(高利得) 13.5(低利得)
移動体空中線利得 20〜23dBi 同左 0〜3dBi 14(海事) 12(陸上) 12(高利得) 0(低利得)
キャリア間隔 50kHz 20kHz 5kHz 10kHz 17.5kHz
音声符号化 FM 16kbps APC-MLQ 6.4kbpsマルチバンド励起 9.6kbpsマルチパルスLPC
 
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図2・10 インマルサットの4衛星配置







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