2. 設計ツールとしてのCFD技術の現状と課題
現在の通常船舶の船型設計におけるCFD技術の利用度をみると、1+Kの推定では実用化段階にあるが、自航要素や伴流値の推定については参考程度というのが大方の状況である。高速船になるとさらに、波長が長くなるため計算領域を大きくとる必要があること、トランサム船尾部の波紋計算がむつかしくなること、多軸船による付加物抵抗推定精度の向上が必要であること、波浪衝撃圧の推定、風圧力の推定が必要であること等、新たな問題が生じる。高速船の設計にCFD技術を援用するためには、これらの技術課題を克服する必要がある。
本節では、主にNavier−Stokes方程式を数値的に解く手法によるものをCFDと称することとする。まず、世界的にどのようなコードが普及しているかを述べ、高速船の設計ツールとして活用する際の問題点を整理する。
2.1 船舶関係で使用されているCFDコード
国内外で開発されたCFDコードは数多くあるが、船舶系の大学および研究所で開発されたコードに注目して、その概要を表−4.2.1にまとめる。計算スキームについては、この表に示されたもので大方がカバーされており、あとは精度向上、使い勝手の良さの改良、複雑形状船型への対応等が課題であると思われる。
海外の動向について簡単に触れると、米国で開発されているUNCLEは米海軍の資金で開発され、利用状況は米国内に限定されているようである。一方、欧州では特にCOMETコードに注目すべきであろう。このコードはハンブルグ大学船舶研究所(IfS)(当時、現在はハンブルグーハーブルグ工科大学 TUHH)のペリッチ教授等のチームで開発されたもので、船舶関係へのアプリケーション例が多い。また、欧州の研究機関にも共同研究を通じて配布されているようで、今後益々欧州の多くの機関でこのコードが利用されるものと思われる。さらにペリッチ教授はイギリスのソフトウェア会社adapcoに入ったため、国際的な戦略で、COMETコードの普及を図るものと予想される。我が国独自の船舶関係CFDコードを確立するとき、COMETコードは脅威的な存在であるといえよう。
一方、船級協会がCFDコードを提供している例がある。一例としてDNVはNAUTICS WAVEをリリースしており、波浪外力等の推定ができるとしている。ただしここでいうCFDによらず、ポテンシャル流を基礎としていると思われるが、船級協会がリリースすることは、そのコードによる性能や安全性を評価したものでないとその船級を与えないといった戦略的な利用が考えられる。
最近ではWEBでもCFDコードを紹介しているページが多数あるので、動向調査には便利である。本報告をまとめる時点で開設されているWEB例を紹介すると
がある。
2.2 プロジェクト関係
近年、EU諸国が国境を越えて活発な共同研究プロジェクトを実施している。CFD関連の主なものとしては次のプロジェクトがある。
(1)FLOWMART
EUのプロジェクトであるFP5の1プロジェクトで2003年終了予定としている。COMETとFLUENTを用い、単胴船および双胴船周りの計算を実施。将来的にはウォータージェット、プロペラを考慮した計算を実施予定としている。参加機関は、Strathclyde大学、LEROUX NAVAL、NTUA、FBM Marine Ltd、ALPHA Marine Ltd、SSPA、MARINTEK、Newcastle大学、TMBL LMG Marinである。
(2)FANTASTIC
これもFP5のプロジェクトである。CFD等を使った船型最適化をめざしている。当初計画では2002年終了となっているが、進捗状況は明らかにされていないようである。参加機関はFINCANTIALI、SIREHNA、FSG、BAZAN、HSVA、MARIN、TUB、NAPA、FLOWTECH、SSPA、Charmers工科大学、CIMNE、CETENAである。
(3)MARNET−CFD
“A thematic network in CFD for the marine industries”が趣旨で、WS−Atkinsを中心にEUの多くの大学、造船所が参加している。EU諸国の造船所が一体となってCAD/CFDによるシステム構築を意図しており、米国、極東地域の造船業界に対する十分な競争力を得ることを意図している。
(4)SKIPRO 2001
MARINTEKが中心となって取り組まれている5カ年計画プロジェクトで、予算規模は総額で約6億円程度(3300万NOK)である。20ほどのプロジェクトよりなっている。その中のひとつにWAVERESプロジェクトがある。これは、ポテンシャル理論による非線形自由表面条件を考慮した造波抵抗推定用のソフトウェアである。ShipShape、NAPA等のCADからデータから瀬系データを取り込み、造波抵抗を推定するシステムになっている。
欧州のプロジェクト関係の詳細は、たとえば
にまとめられている。そのほか、欧州の主要な研究機関のホームページにもプロジェクトやソフトウェアプログラム情報が掲載されている。
2.3 高速船に対するCFDの応用例
2002年9月末にフランスで開催された第5回数値水槽シンポジウム(NuTTS)で、ハードチャイン付き高速艇が入射波中を航走するときのCFDによるシミュレーションが発表されている。COMETを用いた計算で抵抗、運動が求められている。 Caponnetto, M., “Sea keeping simulation of fast hard chine vessels using RANSE”
そのほか、HSVAやSSPAでトリマラン周りの流場シミュレーションを実施した例があるが、実際の船型設計にまで活用されているかは明らかでない。
2.4 CFDを高速船設計に利用するときの技術課題
現状のCFDコードは、中速程度の排水量型船舶が定常航走するときの抵抗値はかなりの精度で計算でき、実際に設計現場でも利用されている。しかしながら伴流分布形状については参考程度の利用にとどまっている場合が多く、また、複雑な形状を有する物体周りの計算、さらに波浪中運動を伴う計算ではまだ精度が十分でなく、定性的な現象がようやくとらえられているのが現状である。
欧州で開発されている高速船の設計に、CFDがどの程度利用されているかは不明であるが、現在の技術レベルを考えると、実際にCFDが高速船の設計に活用された実績はほとんどないと思われる。
以下に、高速船設計にCFD技術を利用する際に問題となる点を列挙する。
(1)自由表面の捕獲
高速船の場合、船首部の波浪衝撃圧の推定が重要となっている。従来の自由表面適合型の手法(surface tracking、surface fitted)では限界があり、自由表面捕獲型(surface capturing)の手法による必要がある。この代表的なものとして、VOF法、Levelset法、密度関数法がある。既存コードと各種方法の関係は表−2.1に示した。なお、密度関数法はVOF法と類似の手法である。
波浪衝撃圧を推定する方法の一つとして、最近粒子法の研究がさかんに行われている。粒子法では、精度よい摩擦抵抗等を求めることや、外部流れを計算することは現時点では難しいと思われるが、一発大波による衝撃圧の推定には適した方法の一つであろう。今後の研究に待たれる。
(2)船尾波の計算
トランサム船尾の場合、船尾の切れ上がった部分で船尾波が大きくなること、船尾部の水切り位置に格子依存性があること等の問題点がある。水切り位置の推定は抵抗推定精度に直接効くので、重要な解決すべき課題である。またトランサム船尾を格子分割する際、構造格子系ではマルチブロック法を使うなど、格子変形が小さくする工夫が必要である。
(3)ウォータージェット(WJ)の性能推定
WJを模擬した計算例はいくつか見受けられるが、ほとんどがインテーク部の流れ解析や圧力損失推定等で、ポンプの性能まで考慮した性能シミュレーション例はなさそうである。船舶運航時のWJの性能は陸上試験結果をベースにする事が多いので、船舶に装備された状態で運用されている場合のシミュレーションができることは、精度の高い推進性能推定に必要である。
(4)シャフトブラケット等の付加物
プロペラで推進する高速船は、多軸船が一般的である。このためツインスケグ船型、ツインボッシング船型、シャフトブラケット船型など、より複雑な形状を有した船型になる。このため、数値計算もこれらの形状を表現する必要があり、非構造格子系の利用が不可欠である。計算領域全体を非構造格子系で構成するとき、精度よい抵抗値の推定のためには境界層厚さ方向に細かい格子を配置することが必要となるが、これをすべて非構造格子系で実行すると、非常に多くの計算格子が必要となる。このため、物体近傍は構造格子系、物体より離れたところでは非構造系といったハイブリッド格子系が利用される。図−2.1に、高速フェリーを想定した2軸船の船尾近傍流のシミュレーションを海技研において試みた結果を示す。さらなる効率的で簡便な格子分割法が、設計ツールとして利用する際の鍵となろう。
図−2.1 2軸船まわりの計算例
(5)波浪中運動シミュレーション
この分野は、現状では主として流場をポテンシャル流場で扱ったパネル方が一般的である。最近では非線形波問題を時間領域で解くことも試みられている。この分野の詳細な調査は「高速船の波浪中動揺、波浪荷重推定法の高度化」で調査されているのでここでは触れない。CFDによる波浪中シミュレーションは、COMETコードを用いた計算例や、SURFコードを用いた海技研での計算例がある。さらにCOMETコードを使って波浪中を航走する高速船のシミュレーションを実施している。しかし定量的な評価がなされておらず、精度的な疑問が残されているように推測される。
波浪中を航走する船体は運動を伴うため、運動に応じ、計算領域の格子再分割が必要になる。特に大変位を伴う運動の場合は、船体近傍の格子が負の体積を有する場合が生じ、解適合格子法を改良したような手法の開発が必要である。さらに、船首バルブの水面貫通、船尾部での離水と着水の繰り返しが発生する場合があり、自由表面捕獲法自体の改良が必要になる場合がある。 図−2.2にCOMETで計算されたスラミング計算例を示す。
図−2.2 スラミングの計算例(ICCMのホームページより)
(6)最適化への応用
高速船に限らないが、最適化手法を用いて船型改良をする場合、最適化に適した、船型の数式表現法の研究がある。これはより少ないパラメータで、より自由度の高い船型を表現するにはどのような関数系を用いればよいかということの研究につながる。NURBSにより、コントロールポイントを直接設計変数とする方法、母船型からの変化量を、簡単な関数で近似する方法等が考えられるが、秀でた方法はまだ模索中と思われる。
さらに、最適化を実施する場合は、大量のCFD計算が必要となるので、計算の効率化、高速化も重要な研究開発課題となる。
(7)キャビテーションの推定
高速船になると、プロペラ設計時にプロペラキャビテーションが重要な問題となる。近年、2相流モデルなどによるキャビテーションの数値シミュレーションの研究が盛んに行われている。これを舶用プロペラに応用した例は未だなく、今後の大きな研究課題である。さらに船尾振動まで合理的かつ定量的に推定できる手法の開発も、高速船の船型開発とプロペラ設計には重要な課題である。
2.5 おわりに
高速船の設計に必要なCFD技術課題についてレビューした。EU諸国では多くの機関が連携して、CFDを用いた設計技術の改良、開発を進めており、我が国にとってもEUの動きを十分見据えながら、ここで掲げた課題の解決を図る必要がある。
表−2.1 船舶関係機関で開発された主なCFDコード
コード名 |
開発 |
備考 |
自由表面解法 |
格子系 |
SHIPFLOW |
SSPA チャルマース工科大学 |
境界層、NS、ポテンシャル流と領域分割 |
自由表面適合 |
物体適合構造格子 |
UNCLE |
ミシシッピ州立大学 |
擬似圧縮近似 |
自由表面適合 |
非構造 |
COMET |
ハンブルグ− ハーブルグ工科大学 |
非圧縮、非定常、SIMPLE法 |
VOF |
非構造 |
CFDSHIP-IOWA |
IOWA大学 |
非圧縮、非定常、MAC型による圧力解法 |
自由表面適合 |
物体適合構造格子 |
PARNASSOS |
MARIN |
非圧縮、定常 |
剛壁近似 |
物体適合構造格子 |
FINFLO |
ヘルシンキ工科大学 |
定常、擬似圧縮近似 |
自由表面適合 |
物体適合構造格子 |
HORUS/ISIS |
ECN |
|
VOF(ISIS) |
構造/ 非構造格子 |
NEPTUN |
HSVA |
|
レベルセット法 |
物体適合構造格子 |
MGSHIP |
INCEAN |
自由表面適合 |
物体適合 |
構造格子 |
NICE |
海技研 |
定常、波無し、擬似圧縮近似 |
剛壁近似 |
物体適合構造格子 |
NEPTUNE |
海技研 |
定常、擬似圧縮近似、多重格子法による高速化 |
自由表面適合 |
物体適合構造格子 |
SURF |
海技研 |
定常、擬似圧縮近似 |
レベルセット法 |
非構造 |
WISDOM |
東京大学 |
非圧縮、非定常、MAC型による圧力解法 |
自由表面適合 |
物体適合構造格子 |
TUMMAC |
東京大学 |
非圧縮、非定常、MAC型による圧力解法 |
MAC |
直交格子 |
OPU-FLOWPAC |
大阪府大 |
非圧縮、非定常、圧力速度同時緩和 |
自由表面適合 |
物体適合構造格子 |
NEOSHIP |
三井昭島 |
FLOW−3Dをベース |
VOF |
直交格子 |
|
注) |
MARIN:オランダ、ワーゲニンゲン |
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SSPA:スウェーデン、イエテボリ |
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ENC:フランス、ナント |
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HSVA:ドイツ、ハンブルグ |
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INCEAN:イタリア、ローマ |
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