| 
 4、 エスニシティと高齢化 
 現在のマレーシアにおける人口高齢化の水準は低く、高齢化問題への関心は高くないのが現状である。しかし、一九九五年に国家高齢者政策が成立したことにも現れているように、問題への関心は高まりつつあり、そのことを捉えて早期に取り組みが始まりつつある利点を主張する向きもあるが、9 そうした利点を生かせるかはひとえに正しい高齢化状況の理解と的確な対策にあるといえよう。そこで、マレーシアにおける高齢化問題のもうひとつの側面であるエスニシティを取り上げよう。すでにデータとしても提示してきたように高齢化率はエスニシティによって異なるし、家族との関係のあり方にもそれぞれ特徴がある。10ここでは、高齢者の居住状況にしぼって、その現状をまず捉えてみよう。 
 マレーシアにおける高齢者居住の実態についてのデータは、調査の範囲が国レベルや地方レベルなど多様であり、また時系列で見ても断片的で情報も少ないが、エスニシティ別のデータが利用可能な調査結果を年次順に見ると、以下のようである。 
(1)一九八六年 ASEAN調査11 
 この調査は、東南アジア諸国機構(アセアン)が一九八四年から開始したプロジェクト「人口高齢化の社会・経済的帰結」によって行なわれた。対象国は、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの五カ国である。マレーシア国内の調査対象地は、スランゴール、ネゲリ・センブリアン、マラッカの。二州の都市部と農村部で、そこに居住する一、二五四人が有効回答者である。対象者年齢は、マレーシアの定年を勘案した五十五歳以上の男女である。 
  
表6 高齢者の居住状況、1986年調査 
|   | 
合計 | 
男 | 
女 | 
マレー系 | 
華人系 | 
インド系 | 
 
| 単身で居住 | 
5.2 | 
3.3 | 
6.8 | 
7.8 | 
2.7 | 
2.8 | 
 
| 配偶者と居住 | 
9.1 | 
11.1 | 
7.4 | 
13.5 | 
5.3 | 
4.7 | 
 
| 配偶者とその他の非家族と居住 | 
0.5 | 
0.7 | 
0.3 | 
0.2 | 
1.4 | 
0.9 | 
 
| 配偶者とその他の家族と居住 | 
48.9 | 
68.8 | 
31.9 | 
44.2 | 
47.1 | 
42.8 | 
 
| その他の家族と居住 | 
34.5 | 
14.0 | 
52.0 | 
26.3 | 
32.4 | 
31.6 | 
 
| その他の非家族と居住 | 
1.8 | 
2.1 | 
1.6 | 
1.3 | 
1.4 | 
3.2 | 
 
| 配偶者、家族、非家族と居住 | 
na | 
na | 
na | 
3.2 | 
3.7 | 
4.7 | 
 
| 親族と非家族と居住 | 
na | 
na | 
na | 
3.5 | 
6.0 | 
9.3 | 
 
| 合計(%) | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
 
| 回答者数 | 
1,254 | 
577 | 
677 | 
601 | 
435 | 
215 | 
 
 
 | 
 
 
資料:  | 
 National Population and Family Development Board. Malaysia, 
Malaysia Country Report on Socio-Economic Consequences of the Ageing Population 
Survey 1986, n.d. 
表中のnaの部分は、原資料のミスによるものと思われる。また、エスニシティ別の合計は1251となるが、これについても誤植があるものと思われる。  | 
 
 
  
 調査結果(表6)によると、配偶者とその他の家族と同居している高齢者(ここでは五十五歳以上の者)が四九%、その他の家族とのみ同居している高齢者が三五%である。以上のことから子供との同居か否かは明確ではないが、七〇%から八〇%ほどの高齢者が家族と同居している実態が報告されている。なお、配偶者のみと同居は九%、単身者は五%であった。しかし同表に示されているように、同居の実態はエスニシティにより多様である。マレー系の状況は、華人系、インド系とは異なると言ってよい。一言でまとめれば、マレー系の高齢者は、単身であるいは夫婦のみで居住することが特徴的である。 
  
(2)一九八八―八九年 MALAYSIAN FAMILY LIFE SURVEY12 
 これはマレー半島の五十歳以上の回答者一、三五七人の調査である。参照した論文では、回答者のうち六十歳以上で、成人の子供を一人以上持っている者(六百六十人)が分析の対象とされている。それに従って、高齢者居住の基礎データを見ると、既婚の回答者(配偶者あり)の六九%が成人の子供と同居していること、また配偶者なしの者(離死別を含むと思われる)の七三%が成人の子供と同居していること、単身居住者は、既婚者の二%、配偶者なしの者の一四%であることが報告されている。エスニシティ別には、マレー系の六〇%、華人系の七六%、インド系の八五%が成人子と同居という結果が報告されている。ただし、調査回答者のインド系のサンプルが多すぎたために、加重平均して調整した結果が同時に示されている。それによると、マレー系の五八%、華人系の七四%、インド系の八一%が、子供と同居していることが報告されている。13 
  
(3)一九九七年、UNIVERSITY OF MALAYA SURVEY14 
 この調査は、クランタン、ネゲリ・センブリアン、ペナンの三州の都市部と農村部に住む、五十歳以上を対象者とし、有効回答者数は八百二である。六十歳代と七十歳以上の高齢者の居住状況をまとめてみると、配偶者のみと同居はそれぞれ二一%と二〇%、単身居住は九%と一四%、子供(家族)やその他と同居は七〇%と六六%である。ここでも、マレー系において単身および夫婦のみの居住が相対的に多いことがわかる。この二つの居住をあわせた数値でみると、マレー系は約三〇%、華人系は約九%、インド系その他は六%となっており、マレー系における高齢者の居住実態の特徴がはっきりと数字に表れている(表7)。 
  
表7 高齢者の居住状況、1997年調査 
|   | 
合計 | 
男 | 
女 | 
マレー系 | 
華人系 | 
インド系他 | 
50歳代 | 
60歳代 | 
70歳以上 | 
都市部 | 
農村部 | 
 
| 単身で居住 | 
8.7 | 
4.0 | 
12.3 | 
10.3 | 
3.9 | 
0.0 | 
3.4 | 
9.3 | 
14.0 | 
5.8 | 
11.7 | 
 
| 配偶者と居住 | 
17.0 | 
20.7 | 
14.1 | 
19.6 | 
5.3 | 
5.5 | 
10.2 | 
20.9 | 
19.5 | 
9.0 | 
24.9 | 
 
| 配偶者とその他の非家族と居住 | 
4.1 | 
4.6 | 
3.7 | 
4.4 | 
5.3 | 
0.0 | 
4.2 | 
3.6 | 
4.7 | 
2.5 | 
5.7 | 
 
| 配偶者と子供(家族)と居住 | 
25.3 | 
36.5 | 
16.7 | 
24.0 | 
30.3 | 
31.5 | 
39.0 | 
22.2 | 
14.0 | 
30.8 | 
19.9 | 
 
| 子供(家族)と居住 | 
5.9 | 
0.6 | 
9.9 | 
5.8 | 
5.3 | 
6.8 | 
6.4 | 
4.3 | 
7.2 | 
6.0 | 
5.7 | 
 
| その他の非家族と居住 | 
4.0 | 
1.1 | 
6.2 | 
4.4 | 
1.3 | 
2.7 | 
3.4 | 
3.6 | 
5.1 | 
3.5 | 
4.5 | 
 
| 配偶者、子供(家族)、非家族と居住 | 
20.8 | 
27.0 | 
16.1 | 
20.7 | 
21.1 | 
21.9 | 
25.8 | 
22.8 | 
12.7 | 
24.5 | 
17.2 | 
 
| 子供(家族)と非家族と居住 | 
5.5 | 
5.5 | 
20.9 | 
10.7 | 
27.6 | 
31.5 | 
7.6 | 
13.2 | 
22.9 | 
18.0 | 
10.4 | 
 
| 合計(%) | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
100 | 
 
| 回答者数 | 
802 | 
342 | 
460 | 
653 | 
76 | 
73 | 
264 | 
302 | 
236 | 
400 | 
402 | 
 
| 配偶者あり | 
67.2 | 
88.8 | 
50.6 | 
68.7 | 
62.0 | 
58.9 | 
79.2 | 
69.5 | 
50.9 | 
66.8 | 
67.7 | 
 
| 子供あり | 
66.2 | 
69.6 | 
63.6 | 
61.2 | 
84.3 | 
91.7 | 
78.8 | 
62.5 | 
56.8 | 
79.3 | 
53.2 | 
 
 
 | 
 
 
資料:  | 
Tan Poo Chang et. al., Evaluation Programme Needs of Older Person in Malaysia, University of Malaya, 1999.  | 
 
 
  
5. 高齢者居住の特徴と今後の政策課題 
 以上の調査データに、一九八四年のWHOによる調査15、一九九四年のMALAYSIAN POPULATION AND FAMILY SERVEYによる調査16、一九九六年のMALAYSIAN MEDICAL ASSOCIATIONによる調査17などの結果を加えて、マレーシアの高齢者全体の居住実態をみると、一九八〇年代から一九九〇年代末にかけては、およそ七〇%以上の高齢者が子供または配偶者以外の家族と同居していると考えられる。ただし、マレー系の高齢者については前述の三つの調査結果にあるように、単身居住や高齢者夫婦のみの居住が多いことが特徴的である。一方で、華人系やインド系では、子供との同居が相対的に多いことが特徴である。 
 今後も都市化と高齢化はきびすを接するように進行し、都市人口は増加し高齢化率も上昇すると推計されている。そのため家族の変化も大きく、高齢者自身ならびに高齢者を抱える家族へのケアは大きな問題となる。ここまで触れてきたように、マレーシアの都市化や高齢化の特徴は、エスニシティによる差異があることである。一九九一年の人ロセンサスによると、華人系では都市部の高齢化率が七・四%とより高く、マレー系(ブミプトラ全体の数値)では農村部の高齢化率が六・六%とより高い。高齢化は、華人系で進行する速度が速く、マレー系では相対的に速度はゆっくりである。二〇二〇年の高齢化率の推計によると、華人系で一四・四%、マレー系(ブミプトラ全体の数値)で七・九%と大きな開きが生じると考えられている。18 
 現在までのところ、マレーシアの社会経済政策の主たる柱はブミプトラ政策であり、全国民の社会的、経済的格差を解消する政策が長年とられてきた。しかし、その実態は良く知られているように、マレー系に対する多面にわたる優遇策である。マレーシアにおける高齢化問題への対策はこれからが本番であるが、高齢化のインパクトはマレー系よりも都市部により多く住んでいる華人系の人々に早い段階で大きな負担となって現れる可能性は高い。政策レベルで、そのことを充分に配慮して取り組まないと、華人系さらに将来はインド系の高齢者やその家族にしわ寄せが来ることもあろうし、ひいてはエスニシティ間の新たな格差問題にもなりかねない。マレーシアに限らず多様な民族構成を持つ社会が多い東南アジア地域では、人口や社会開発政策に関する国際協力において、こうした特性を配慮した取り組みが求められる。19 
  
 
●注記 
1  | 
World Bank, World Development Report 2000/2001, 2001.  | 
 
2  | 
ibid.  | 
 
3  | 
U.N., World Population Prospects. The 2000 revision Highlights., Web version. 2001.  | 
 
4  | 
Amarjit Kaur, Historical Dictionary of Malaysia, The Scarecrow Press, Inc., 1993.  | 
 
5  | 
Department of Statistics Malaysia, Urbanisation and Urban Growth in Malaysia, 1996.  | 
 
6  | 
嵯峨座晴夫、「高齢化と政策的対応」、石南國・早瀬保子編『アジアの人口問題』、2000年、大明堂。  | 
 
7  | 
U.N. ESCAP, The Aging of Population in Malaysia, 1989.  | 
 
8  | 
Tan Poo Chang & Ng Sor Tho, Ageing in Malaysia, in Ageing in the Asia-Pacific Region, Routledge, 2000.も参照。  | 
 
9  | 
Department of Statistics Malaysia, Senior Citizens and Population Ageing in Malaysia, March 1998.  | 
 
10  | 
Ngin, C. and DaVanzo, J., "Parent-Child Coresidence and Quasi- Coresidence in Peninsular Malaysia,"Southeast Asian Journal of Social Science, 27-2,1999.  | 
 
11  | 
National Population and Family Development Board.Malaysia, Malaysia Country Report on Socio-Economic Consequences of the Ageing Population Survey 1986,n.d.  | 
 
12  | 
Davanzo, J. and A. Chan, "Living Arrangements of Older Malaysians: Who coresides with their adult children?," Demography, 31-1, 1994.  | 
 
13  | 
Chan, A. and J. DaVanzo. "Ethnic Differences in Parents Coresidence with Adult Children in Peninsular Malaysia,"Journal of Cross-Cultural Gerontology, 11-1, 1996.  | 
 
14  | 
Tan Poo Chang et.al., Evaluating Programme Needs of Older Persons in Malaysia, University of Malaya, 1999.  | 
 
15  | 
Andrew, G. et.al. (eds.), Aging in the Western Pacific. A Four Country Study, WHO, 1986. (cited from Tan P.C. and NgS.T., Current and Emerging Family Patterns in Malaysia, Paper presented at NPFBD Malaysia, Aug. 1995.)  | 
 
16  | 
National Population and Family Development Board. Malaysia, Family Profile Malaysia, n.d.  | 
 
17  | 
Narimah Awin (Director of Family Health Dept. Ministry of Health Malaysia), "Health and Ageing -research, education, policy and practice-", Presented at the WHO meeting on Ageing and Health, Adelaide, 26-30 Oct.2000.  | 
 
18  | 
注9の文献参照。  | 
 
19   | 
なお高齢者施設などの居住については、とりあえず以下の文献などを参照。萩原康生「マレーシアの社会福祉」(『世界の社会福祉アジア』旬報社)1998年、(財)アジア人口・開発協会、『アジア諸国の都市化と開発調査報告書−マレーシア国』2002年。  | 
 
 
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